「ああ、いい日だなぁ」









私は生まれつき体が弱かった。二十歳になれるか、と生まれた時に医者に宣言された。心臓が弱かったらしい。
両親は生まれたばかりの子供が長く生きれないと知って絶望し、泣き崩れたという。全国、そして世界を周り医者を探したが残念ながら現代の医療の限界だった。
更に、私のせいで入院費や様々な出費が嵩んで働き詰めになり、相次いでこの世を去ってしまった。私が十代後半に差し掛かった頃だ。
しかし、神は私を見捨てていなかったようで、入院は出来なくなったが担当医の好意によって私は通院出来ることとなった。
私は働きながら自分が生きる術を得ていた。
両親が私に生きてほしいと強く願った結果なのか、私は二十歳から二度誕生日を迎えることが出来た。治療は出来ないままだったけれど。
そんな時である。運命とも言える人に出逢ったのは。
勤め先の喫茶店に訪れた嫋やかな女性と私は恋に落ちた。一目で私たちはお互いに恋をした。
それから間もなくして、私たちは交際に発展した。
彼女と過ごす時間は今までの何倍も喜びに満ちていた。世界が色付くようで、私は生きていることが楽しいとはじめて思うことが出来た。
交際から一年。私は彼女と籍を入れた。
彼女の両親には体の丈夫ではない私と生きることを反対された。けれど、離れることなど出来ずに押し切って、婚姻届を提出した。
彼女は両親に縁を切られたが、それでもいいと微笑んでくれた。
生活は決して良くなかった。私は通院しながら働いていたから自分の食い扶持を稼ぐだけで精一杯だったし、彼女も働いたことのない綺麗な手をあかぎれだらけにして働いてなんとか生活していた。
それでも、二人で囲む食卓、共に寝る布団は心地よかった。
やがて、私たちの愛が認められたように、彼女は私との子供を身籠った。
生まれた子は、男の子と女の子だった。
元気な産声をあげて、私の手の中でずっしりと重たい子供。おさるさんみたいな顔でちっちゃくてしわくちゃだらけ。
「この子の名前は聖にしよう。私たちにとっては何よりも尊く、宝物だ。それに、コウキなんて強そうだろう?」
屁理屈ぽい名付けに彼女は笑って、生まれたばかりの子供の名前を呼んだ。
子供は泣いて返事をした。
なんて可愛いんだろう。
私たちの宝物。そして、強い子。
私たちの愛しい子。
ありがとう、生まれてきてくれて。
ありがとう、私たちの子供になってくれて。
彼女が退院すると、私たちは子育てに追われることになった。
聖は元気いっぱいで、よく食べてよく寝てよく泣く。夜中にいきなりお腹が空いたと泣き喚く。
親を翻弄するところは図太さがしっかりと名前に影響されているようだ。我ながらいい名前をつけたかもしれない、とほくそ笑む。
彼女は仕事を辞め、その分私が働くこととなった。体調も良くなっていたし、聖が大きくなるまでは子育てをがんばって欲しかった。
彼女もそれに同意してくれて、私たちは三人で食卓を囲み、布団で寝ることとなった。
だが、聖が二歳になった年。私は入院することになった。働き詰めだったところに、更に仕事を増やしたために良好だった体調も悪化してしまったらしい。
そして、聖が三つになった頃。今日を生き抜けるかも分からないという状態だった。
「パパ、だいじょうぶ?」
「ああ、聖の顔を見たらちょっと元気が出たよ」
「ほんとう?」
「本当だよ。でもちょっと眠たいからこのままでいいかな?」
「うん。こうきもいっしょにねるね」
「ふふ。いい夢が見れそうだね」
一生懸命隣で目を閉じて、寝たふりをしてくれる聖に思わず笑みが零れた。
ちょこんとベッドの端に頭を乗せる聖の頭を撫でて、そうっと目を閉じる。
彼女は聖を置いて働いている。
私の体がもうあまり長くないと分かったときから、頑として働くと言って聞かなかった。
働いている間、聖は私が見ることにして、彼女は昼夜も忘れて働き続けている。
私を生かすために。
いつかの両親と同じだ。
ただ違うのは、もう私が見送る番ではなくなってしまったことだろうか。
「流清さん、ただいま」
「ああ、おかえり」
微睡みの中を漂っていると、病室に彼女が入ってきた。
清らかだった彼女は、今ではすっかり汚れ切っていて。でもそんな姿も美しいと思う。
「聖は寝てしまったよ」
「本当ね。よく寝てるわ」
「私は眠り疲れてしまったから、聖が代わりに眠ってくれているみたいだね」
「流清さんもちゃんと眠ってね」
「うん」
彼女はぐっすり眠っている聖を抱いて、椅子に腰掛けた。
何を話すでもなく、私は聖をじっと見つめ、彼女は私を見つめる。これは、入院したときから変わらない習慣。
ふと、窓の外を見やると燦々と日が照っていい天気だった。
こんな日は、いつかの日のようにピクニックに行きたいな。公園でレジャーシートを敷いて、三人で作ったお弁当を広げて。おにぎりもサンドイッチも入って、おかずは唐揚げと卵焼き、ブロッコリー、プチトマト。ちょっとだけ豪華なお昼ご飯。
聖が一番にサンドイッチにかぶりついて、ほっぺたをポテトサラダまみれにして。折角拭いてあげたのに、卵の入ったサンドイッチでまた汚して。反対の手では、おにぎりを食べてとせがんでくるから、二人でかぶりついて。
お昼ご飯を食べたら、すべり台を一緒にすべって、彼女とブランコに乗せて、私は後ろから押してあげる。次はジャングルジムでぐんぐん上がって行くくせに途中で手を滑らせて落ちて、わんわん泣くのを二人で落ち着かせて。
ああ、なんて、
「ああ、」
なんて、
「いい日だ」
「パパ?」
「流清、さん……?」
おやすみ。聖、瑠璃。
「流清さん!!!」
今日はいい天気だから、後で庭で日光浴でもしようか。聖は元気に走り回るだろうから、今日こそは一緒に遊びたいな。
ちょっと疲れたら、お弁当でも買って三人で食べよう。
瑠璃の作ってくれたおいしそうなサンドイッチも、聖の作った不恰好なおにぎりも、私の作ったちょっと濃い味の唐揚げもないけれど。たまにはいいだろう。
「………ああ、いい日だ」
聖、早く起きて。
パパと一緒に遊ぼう。
瑠璃、お弁当は何にしようか。
そうだなぁ、焼きジャケとか食べたいな。
「いい、日だなぁ……」
「流清さん!!!」
今日はなんていい日なんだろう。
     
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