12
生徒はどよめいた。
鬼の風紀委員長と呼ばれる蘇我立神が、規定どおりの服装をしているからだ。常日頃、鬼と呼ばれながらも、ネクタイはしたことがなく、ボタンは全開。タンクトップやシャツを中に着る。スラックスも腰まで。と、この学園においてだらしない格好をしても唯一公認されてきたような人物である。
実際のところは、生徒会長の在原真嗣や副会長の三条院かをるなど、生徒会の面々が注意を重ねているが、一向に風紀委員長含む風紀委員会の風紀は乱れたままだった。
しかし、今日、蘇我は風紀委員会の名に相応しい出で立ちで登校してきたのである。
それだけではない。ボタンは上まで閉まっており、ネクタイもされている。スラックスもきっちり履かれているのに、纏う色気が半端ではないのだ。
まるで体の隅々から漏れ出ているような、艶気めいたそれは朝から拝むには眩しすぎる。生徒たちは遠巻きに眺め、ひそひそと言葉を交わすしかなかった。
実は、生徒たちの間で流れている噂があった。
昨日、蘇我立神が横抱きにされて運ばれたというのだ。相手は不明であるが、大勢の生徒が見たと言う。
しかし、鬼とも呼ばれるだけあって、蘇我立神は体格がいい。百七十後半はあり、風紀委員会の長を務めているだけあって、筋肉も人一倍はついている。とてもではないが、「お姫様だっこ」などされるような人物ではない。
殆どの生徒がこの噂を一笑した。
が、この漏れ出る色気は明らかにそういうものだ。生徒たちは、噂が真実と認めるしかない。
「おい、立神」
そこへ颯爽と現れたのは、生徒会長在原真嗣。喧嘩ばっかりの幼馴染である。
在原は立神をじろじろと上から下まで見やる。その格好と雰囲気に眉を跳ね上げると、つかつかと歩み寄った。
そして、立神の目前まで来ると、きっちりと着られた制服のシャツを引き裂いた。
ビリビリィッ、と派手な音。
束の間、しんと静まり返る。
「うっわ、マジかよ。最近落ち込んでるし、なんか姫抱きされたとか聞いたからどうかしたのかと思ったら……おまえ、大丈夫か?」
本気で案じている声が、立神を見上げる。
一方、立神は意識を飛ばしていた。
今日、制服をきっちりと着ていたのは、恋人となった第一図書室の司書優衣人のせいである。
昨夜、情事のとき、体中を舐められ、吸い、キスマークを残された。唇が触れたところはない、というくらい。剰え、その上から更に噛み痕を残された。思い切り噛んだ痕を。
朝起きて、自分の体を見た立神は恥ずかしさのあまり死ぬかと思った。
優衣人は見せてもいいと言っていたが、それは立神の学校での立場やプライドを考えると無理だった。よって、こうやって制服をきっちりと着て風紀委員会らしくしているしかなかったのだ。
だが、この幼馴染はそうした努力を無にしてくれたのだ。
全校生徒の前に晒された肌。
残された情事の痕。
最早、意識を飛ばす他逃げ道はなかった。
「おーい、立神?りゅーじーん?」
ひらひら、と目の前で翳される掌。
立神は我に返ると、在原を押しやって、すたすたと歩きだす。学校とは逆方向に。
「って、おい待てこら。立神!」
しかし、そうは問屋が卸さない。
在原がすぐに後ろから羽交い絞めにする。
「はーなーせぇええええ」
「ばっか、おまえ今日会議なの忘れたのかよ!」
「知るか!俺は今すぐ帰るんだ!」
「おいおい……あ、かをる!おまえも手伝え」
「なんなんですか、一体……」
「こいつ会議サボって帰ろうとしてんだよ」
「なんですって!」
「はなせー!三条院このヤロー!」
「誰が逃がすものですか。サボらせてたまりますかってんだ」
「おまえ口調変わってんぞ」
「ほら、行きますよ」
「いーやーだーぁ!はーなーせー!かーえーるぅうううううううう!」
結局、逃げること叶わず、立神は生徒会の執務室に強制連行されたのである。
立神は知らない。この後、嫉妬深い恋人による恐ろしい攻め立てにあうことを。
     
return
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -