Because of……
愛しているのに。
愛しているのに、誰よりも。
どうして君はいつだっておれを見ない。
誰よりも君を守りたいのに。
どうして守らせてくれない。
愛しているのに。
愛しているのに、誰よりも。










そこに、人がいた。
仙人は梅の木の下で丸くなっている人の隣に腰をかけた。
「どうかしたか」
人は、答えなかった。
仙人は予想通りの反応に、人を見やった。
なまっちろい顔にたいして美しくもない顔。仙人にしてみれば他の人となんら変わりのない、寧ろ人に紛れてしまう。
人の顔が向けられているのは、梅の木が咲き誇る森だった。人と同じく白い梅の花。ともすれば、塵のように見えてしまうのに、美しく咲き誇る素晴らしき美しさ。
梅の森は仙人も好きだった。ひらひらと花びらの落ちる音が聞こえるまでの、美しい景観。
「妾も好きじゃ」
心が癒される。などとは言わない。
心が寄せられる。この見事なまでの梅の生き様に。
「ここで、休んでいけばよい」
起き上れるようになったら、立ち上がればいい。起き上れないのならば、休んでいけばいい。心は、そう容易いものではないのだから。
本当は人の記憶を読み取ることも出来るのだがしなかった。
「…………い」
何故なら、人は話し出すのだから。仙人にはとうに分かっていた。
「何処を探しても、いない」
そして、読み取ることをせずとも分かっていた。人の心は容易く扱えないが、色が物語っていた。
「どっかに、行っちゃった……」
その間も表情は無く、梅の花をじっと見ているだけだった。
その顔色は悪いものではなかった。しかし、良いものとも言えない。
「何処へ、行ったのじゃ?」
「わから、ない………」
「そうか……。探すことをやめはしないのか」
「愛しているから……」
人は、言った。
愛している。その言葉に、いくつもの意味が乗っていた。
「愛しているから、いないと、ここが……さびしい」
空っぽの心を押さえる。
きっと、その心は今まで感じたことのないものになっているのだろう。
だから、仙人は意地悪をしたくなった。
「その内。時間が経てば忘れてしまえるぞ。なんなら妾がそうしてやろう。必要なくなってしまうと思うぞ」
「………いや、だ……」
「いや、とな?」
人は、首を振る。拒み、泣きそうに。
「だって、忘れたくない。愛しているから。だから、ここにいてほしい。たとえ、今、ここにいなくても……」
その声があまりにも必至で、しかし言葉にして伝えることの困難さを物語っているようだった。
仙人は、ふっと笑む。
これだから、人は面白いのだ。どんなにもう関わるまいと疎んじようと、こうして人一人忘れることも出来ず、かと言って忘れることも望まず、変わらず愛し続ける人もいる。愛がどんなに形なく朧で脆いものかも分かっていながら。
「ねえ……、どこ……どこに、いるの………?」
心は、ここにある。けれど、まるでここにないようだ。
ずっと探し続けている。たった一人の人間を。
「そうか……」
仙人は、記憶をとってやろうとは思わなかった。悲しみを忘れさせてやろうとも。
この人は、探し続けていたほうがいい。ずっと、大切なたった一人の人を探し続けていなければ恐らくは耐えられない。
否、耐えることは出来るだろう。ただ、心が抜けたままになるだけだ。ここになくとも、探し続けねば、心まで失いかねない。
「見つけたら、どうするつもりじゃ」
「守る」
「守る?」
「今度こそ、……守る」
遅くなってしまったけれど。
守る、その言葉が響く。やけにはっきりとしたものだった。
そこにあるのは後悔、寂寞、空虚。
「ああ、美しいな」
梅も、人も。―――だから、人の元を離れられない。









そうして、人は、その梅の下で待ち続けている。
仙人は偶に人の元を訪れる。何時見ても人はちっとも動いてやせず、梅の木の根元で膝を抱えて蹲っている。そうやって、探し続けているのだろう。
まだ人は見つけられてはいない。探し続けている人を。
それから、仙人の元にはいくつもの命が訪っては過ぎ去り、幾年も過ぎて。けれど、人は見つけることが出来ず、それでも待ち続けている。
約束したわけでもないのに、探し続けている。愛した人を。










愛しているのに。
愛しているのに、誰よりも。
守りたいのに。
守りたいのに、誰よりも。
愛せないし、守れない。
遅くなってしまってごめんねと言いたくても、この声は届かない。
愛しているのに。
愛しているのに、誰よりも。
誰よりも君を守りたいのに。
もう遅くなったりなんかしないよ。





これからは、ずっとそばにいれるのに。
二人で一人になれるのに。
君は、いない。









     
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