5
「真嗣」
名前を呼ぶと、幼馴染は一瞥だけくれて、書類を受け取るとそこらへんに放って視線を戻した。手をつけていた書類は期日が近い。デスクには並べられているものは殆どが今日までのもので、他の役員のデスクも同じだった。
役員は今出払っているようだ。堅物の副会長まで駆り出され、少数精鋭でやっている生徒会が恐ろしくもある。あの堅物までも引っ張り出して使いパシるなんて、この横暴な俺様は相当な暴君だ。
自らは執務室に閉じこもり、書類と向き合っている幼馴染は書類に署名し、印を押すと一息入れた。
そして、しげしげと執務室を物色していた立神に突拍子もないことを言ってのけた。
「立神、好きなやつでも出来たか」
「な・・・っ」
予想だにしていなかったセリフに立神は瞠目した。頬はうっすらと赤く染まり、動揺で目が揺れている。
なるほど予想は正しかったか、と真嗣は頷く。
「ここ最近やけにいい顔になってる。ちょっと前に捨てられたーってピーピー泣いてたときはどうなることかと思ったが・・・」
まさかこんな早くに次の恋が見つかるとはな、と暗に告げて笑う。まるで悪代官のようなそれに立神は仰け反った。
昔から一緒にいることが多かったせいか、真嗣は立神の心情をずばり見抜いてしまう。彰彦に恋したことだってそうだ。
それなのに立神は真嗣の変化なんてちっとも分からないが。
今回もまた真嗣は得意の心読みを披露してくれた。
「ま、いいんじゃねぇの?」
ニヒルな笑みを引っ込めて、真嗣は真剣な顔を作った。
ドキリ、と心臓が鼓動を打つのを感じながら、立神は黙秘した。
「彰彦と付き合ってからのおまえは精神が安定しなかったからな。捨てられたらどうしようとか、浮気をやめてくれないとか、泣いたり不安になったりグラついてて目も当てられなかったからな。それに比べたら、ずっといい」
ここ最近は捨てられたというのに、前よりも穏やかな感じがあった。真嗣と言い争うときは変わらないが、それ以外の他人と接しているとき。不安定で脆い駒が正常に回り出したような感じだった。
「ま、せいぜい頑張れや」
「・・・るせぇ」
立神は真っ赤になった顔をぷいと逸らした。









風紀の執務室に戻ると、がらんどうとしており、副委員長の有村しかいなかった。来る前は確かもっといたはずだ。
有村は立神が帰ったことに気付くと、おかえりとのんきな声で言った。デスクには足を乗せて寛ぎながら。
だが、こんなのはいつものこと。目くじらをたてていればこちらが疲れる。
立神はさっさと事情把握をした。
「他の連中は」
「出てるー。行方不明だってー」
切羽詰まった状況を、全然関係ないていで応える有村に呆れを覚えた。
生徒が行方不明になっているというのに。少しはふりくらいは見せればいいものを、と。
「状況は」
「友達が行方不明だーってここまで来たんだよ。トイレに行ってる間にいなくなったって」
「トイレ周辺は」
「いなかったって。今、周辺とトイレと校内にみんなバラしてる」
「俺も行く」
「おおーう」
いってらっしゃい、と有村にひらひらと手を振って見送られた。
本当にやる気ねぇな、あいつ。
いっそクビにしてやろうか。いやでも役には立つのだ。あれでいて。
けれど本人がやる気を出さねば全て面倒だとでも言うように手をつけない。
今回も動きたくないから、とかだろう。
本来なら、全体の指揮を統括する身にある立神は動くべきではなかったが、有村を残して来たので問題はない。あれでやれば役に立つから指揮はとるだろうし、何かあれば連絡は来るはず。
行方不明ということは連れ込まれている可能性だってある。間違いがないように、と山奥に建てられた学園ではあるが、何の因果か、道を外れて間違いを犯すものが多くなってしまった。
行方不明の生徒は可愛らしい顔立ちをしているらしく、余計その身が案じられる。
風紀の長を努める立場上長年の経験と勘が使える。今は一人でも多く使うべきだ。
立神はまだ見ていないという校舎から離れた小屋に向かった。昔は管理室に使われていたらしいが、新校舎が建てられてから使われなくなって久しい。
間違いが多く起こるうちの一つであり、周辺からぽつんと離れて建っているために人気も無い。
そのはずだが、小屋にはどうやら人気があった。ちらと見えた窓からの影に息を潜める。
周囲に不審な点がないか注意深く観察し、有村へ連絡を入れて応援を要請する。近くに他の委員がいるらしいので、間も無く到着するとのことだった。
立神は応援を待つつもりはなかった。嫌な予感めいたものがあった。
危険とわかっていても、その直感は長年の経験から得たものだ。バカに出来ない。
小屋のドアノブに手をかけ、開く。
「風紀委員だ。行方不明者北村はいるか?」
そして、そこには予想していたとおり最悪の光景に正に今なろうとしていたところであった。
手足を縛られ、猿轡を口に咥えさせられたあられもない姿の行方不明者が涙に濡れた目で立神を見ていた。




立神は逆上してきた強姦魔たちを軽くのして、被害者の拘束をといた。
慌てて駆け付けてきた風紀委員に強姦魔を押し付け、行方不明者も丁重に送るように言い付けた。
後は任せたと押し付け、その場を後にする。
ああいった無理矢理な行為は虫酸が走って仕方ない。受け入れたいと思ってもなかなか出来ることではないのだから、無理矢理となれば尚更だろう。
立神は思い出してしまった過去のことをしまいこんで、風紀の執務室に向かった。
「でもきっと嫌だったろうな」
縋り付いて、ねだって、漸く渋々と抱いてもらったが。
直して欲しいところもいってもらえないほど、そんなことすらどうでもいいという顔をしておきながら、癇に障っていたような人を。それでも忘れられないことが胸を痛めつけていた。
犯人たちは退学処分。被害者は一週間の休学措置を取って、心身共に休ませる時間を作った。一週間で慰められるか分からないが、休む時間くらいは与えてやりたかった。勿論、公欠扱いである。
こうして事件はひとまずの解決を見せた。
     
return
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -