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イライライラ。
蘇我の機嫌は地を這っていた。
在原の尋問まがいの聴取を受けてから、周りに悟られまいと努めていたが結果は虚しいもので。他の風紀委員にも伝わるほど。
いちいちビクつく周囲に、自分が悪いとわかっていても鬱陶しくなり更に機嫌は悪化する。
この負のループを有村はめんどくさいと早々に投げ出し、蘇我の目の前で机に突っ伏した。これにより、蘇我の機嫌は数々の不良と戦って来た歴戦ぞろいの強者たちも裸足で逃げ出すほどとなった。もっとも、執務中に席を立つなんて火にガソリンをまくような真似は出来なかったが。
蘇我は目の前の書類に向かうのをやめ、眉間を凝りほぐす。
だめだ。
周囲に当たり、効率は悪くなっている。
気持ちの整理がつくまで仕事に没頭しようと考えたものの、これでは逆に邪魔だ。
「見回りに行って来る」
適当に理由をつけて、蘇我は執務室を立ち去った。
蘇我のいなくなった執務室では、他の風紀委員が安堵の溜息をつき、やっと仕事に取り掛かった。
「あーあー」
むくりと起き上がった有村は、いなくなった風紀委員長の酷く荒れた様子に幼馴染の姿を浮かべた。

―――もう少し様子を見ろ

いつも通り書類に向かいながらも、命令口調の珍しい頼みをしてきた御仁を。
「これはいつまでっすかねー?」








見回りと言っても、学園には監視カメラがついている。
しかしながら、死角で行われる卑劣な行いは見回りをしなければ見つからない。風紀委員会が屈強の猛者の集まりなのはそう言った理由からだ。
それも委員長自らが厳選した言わばエリート。それは、風紀が加害者側に回った前例を教訓にして代々受け継がれている。
人気投票である生徒会選挙と異なり、風紀が指名制であるのもそのためだ。風紀の長となるものは特に厳重な審査の上で選ばれる。
蘇我の人格は少々難があるが、それを凌ぐほどの堅物思考に生徒会との釣り合いも考え選ばれた。本来、生徒会と馴れ合うことは風紀の緩みにも繋がりやすいために幼馴染である蘇我が選ばれないはずだった。
しかし、二人は生徒会長と風紀委員長の肩書きを得る前から白昼堂々と下品な口喧嘩を繰り広げていたので、優秀さもあって選ばれた。適度な距離を生徒会と保てることから、風紀を正す協力関係を築けることも期待されている。
その期待が実っているとは考えにくいが。
一通り見回るが特に異常はなかった。
外はまだ部活生の声が聞こえ、陽も赤く染まるにはまだ時間を要しそうだ。
このまま執務室に戻っても、暫くは委員たちも仕事をしなければならないだろうし、帰ってまたあの空気を浴びるのも嫌だった。
さて。どうしようか。
屋上にでも行って一服するか。と、風紀の長を務める者とは思えない考えに耽っていると、視線の先に図書室が見えた。
高等部の敷地内には、図書室が二つある。第一図書室と第二図書室だ。
第一図書室は主に児童文学や東西文学など、主に読書用のものだ。
第二図書室は新しい後者の方にあり、生徒はこちらを使うことが多い。おぼっちゃま学園であるため、社会や大学のためのレポート提出などが求められる。故に、生徒は資料が多いこちらを使うことが多い。
視線の先あるのは、第一図書室だ。あまり生徒が使わない、古い後者の一角にある。蘇我も資料を読むことが多いからか、自然とこちらまで足を運ぶことはなかった。古典や歴史的文学作品が読みたければ第二図書室の方にあるし、そちらの方が近い。
普段は行かない図書室ということで好奇心が疼いた。
ささくれ立った心が、他人の視線に苦痛を感じていた。
誰もいないだろうと、蘇我は第一図書室に向かった。
要するに一人になりたかったのだ。
どれだけ荒れても誰にも迷惑をかけず、他人の視線もないところに行きたかった。
第一図書室に着き、今時珍しい古い引くタイプのドアを開ける。すっかり見放されている第一図書室は、ドアからして古かった。
今年度の予算案に改築を組み込もうか、と仕事から抜け切らない頭でノブを引く。
ギィッ。
立て付けの悪い音がした。
やっぱり変えた方が良さそうだ。
開いたドアから中へ身を滑り込ませる。第二図書室と違って誰もいない静けさが包み、それが心地良い。
古い本のにおいもして、ささくれだった心が落ち着いて行く。
このまま寝てしまおうか。
そんなことを考えたとき、
「こんにちは」
柔らかい声音が聞こえた。
まさか人がいるとは思わず、眉が寄った。
だが、声のした方を見て俺は心に蹲った感情が取り払われるのを感じた。
そこにあったのは、笑顔。
温かな、太陽の光が差し込む中、自分に向けられたもの。
とくん。
心臓が不自然に脈打った。

―――うぜえ


不意に、冷たい声が脳裏に蘇った。
そして、あの日から一筋しか出なかった涙が次から次へと零れ落ちる。
「……ぐっ、……う、……」
拭いたいのに、手が動かなかった。
それでも涙はボロボロと落ち、床や制服にシミを作った。
「あぁあああああああっ、あ、ああぁあああああああああああ!」
蘇我は、温かさに引き寄せられるように見知らぬ人にしがみついて泣いた。
     
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