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「立神、このクソみたいな企画はなんだ」
ピリピリと緊張感の漂う会議室。
生徒会が進行し、風紀は他の委員会の先頭に並ぶ形である。
会議が始まって一分も経たないうちに、暗雲が立ち込めた。会議が始まった途端挙手し、先の暴言をのたまってくれた生徒会長在原真嗣のせいである。
代々生徒会と風紀委員会は、会長と委員長が犬猿の仲だった。例に漏れず、在原と風紀委員長蘇我立神も会議で口を開けば暴言ばかり。見ている方はハラハラして会議どころではなくなる。
が、先代までと違い、二人の口の悪さは類を見ないほど。
それは、二人が幼馴染であるが故かもしれない。物心ついたときから顔を合わせており、気付いたら物怖じせず本音と多少の暴言を吐くような間柄になっていた。
「テメエ言ってくれるじゃねぇか。そっちこそ、この間の早漏もいいとこの予算は梃入れしたんだろうな」
「ハッ、この俺が一般ド庶民に見合うようなものをわざわざ見繕ってやったぜ。感謝しろよ、貧民」
「ほう。それは楽しみだな。但し、今度また目も当てられない予算持ってきたらテメエのケツを肉便器にしてもらえるよう全校生徒に触れ回ってやるよ」
バチバチッ。二人の間を閃光が走る。
「あーあー。またやってる」
蘇我の隣で観察していた副委員長有村が、机に肘をついて溜息をついた。
「会長、会議中です。言葉を謹んでください」
書類をとんとんと整えて、会長の隣に座る副会長三条院かをるは小言を述べた。
毎度のことなのでお互いに慣れたものだが、こうも毎回だといちいち止めるのも面倒だ。
しかし、毎度の如く、三条院には救いを求める視線が集まるので諦めている。
「黙っとけ、かをる。俺はこの身の程も弁えない一般ド庶民に礼節ってもんを叩き込んでやる」
「言ってくれるじゃねぇか。お貴族様の先走り汁でも舐めさせてくれんのか?」
「ああ。ひんひん喘いでケツ締め付けさせてやるよ!」
「上等だ。その小せえもんを咥え込んで萎えてやるぜ!」
しかもたちの悪いことに、この二人の暴言はほぼ聞くに耐えない下品極まりないものなのである。会議に召集される面々は恐ろしくて想像すら出来ないが、二人の応酬に反応してしまいそうで戦々恐々としている者すらいる。
三条院はそんな事情も全て把握済みだが、野郎の下半身事情なんて知ったことじゃない。
「会長、あまりそういった言葉を選ばれないほうが懸命かと」
「先輩は黙ってろ!俺はこのガバマンを調教するまではやめねぇからな!」
「ハッ、テメエなんかの粗チンじゃケツ穴も受け付けずにゆるっゆるになるわ!」
「日本人ハ下ネタ好きといウのハホントだったンだナ!」
「先輩、違います」
続いて、書記須藤が止めに入るが応酬を悪化させるばかりか、中国人留学生で会計の李寒雨は間違った知識を身につけた。すかさず、庶務のが平凡な顔立ちを崩しもせずに訂正する。
三条院は収集がつかなくなっていることに溜息を漏らし、自らも立ち上がり在原の肩を押さえつけて座らせる。
「兎も角、下半身が暴走しようと構いませんから、会議を終えてからにしてください」
さらっと、麗しい美貌に似合わないとんでもないこと。口にして。
一番聞きたくない人から聞いてしまった言葉を、会議に出席していた面々は聞かなかったことにした。
銀フレームの似合う知的な副会長は、この学園全生徒の高嶺の花だった。手の届かないところにいる、けれどその顔を遠くから見ただけで、或いは佇まいをちらっとでも目に入れるだけでその気品に溢れた立ち居振る舞いに心を奪われる。
なので、そんな御仁から下ネタなど聞きたくないのが本音である。
三条院に押さえつけられた在原は尚も立ち上がろうとしたが、風紀委員長が副委員長に押さえつけられたこともあり、会議は再び始まった。
何度かドンパチがあったが、会議は滞りなくなんとか終わった。
このピリピリした空気から早く逃れたいと、先を競って出て行った。
生徒会と風紀も、仲良くそれぞれの執務室に戻った。
そして、現在。
蘇我は在原に引きとめられ、会議室に残った。
皆が帰るのを見送って、在原は蘇我の隣に腰を下ろす。
「おい、立神。何があった」
そして、開口一番に向けられたのは蘇我を気遣うものだった。ついさっきまで悪口雑言下品を極めた言葉を並べ立てていたとは思えない、案じるような面差しで。
蘇我は、口を閉ざした。視線は机に向けられたままである。
だんまりを貫く蘇我に、在原は焦れて促した。
「今日はやけに大人しかったじゃねぇか。バカどもは気付いてなかったようだがな」
かをるあたりは気付いているかもしれないが、と口には出さず。
蘇我は、尚も閉口した。視線も逸らさない。
その様子に在原は嘆息した。
長い間幼馴染をやっているが、こうなる理由はいつも決まっていた。だてに幼馴染をやっていない。
「……彰彦か」
刹那、ピクリと肩が震えた。
正解。
やっぱりと思う気持ちが強く、それがそのまま溜息として出て来る。
「何があった」
在原は再び言葉を重ねた。
長年幼馴染をやっているが、何をトチ狂ったかこの幼馴染はもう一人の年上の幼馴染である彰彦に片想いしていた。それはもう小さい頃から。
しかし、在原にとって彰彦とは誰彼構わず女ならば遊びまくる人間として論外な男だった。今でもあの男のどこがいいのかわからない。
それでも蘇我は彰彦に懐いていた。
だから、応援はしていなくとも、様子を見守るくらいはしていたのだ。
蘇我が高校にあがり、彰彦と付き合いだして止めたりもした。あの男だけはやめておけ、と何度も言った。
実際、彰彦は平気で何股もかけたし、蘇我は泣いてばかりいるようになった。情緒不安定になり、彰彦のためだけに時間を使うようになった。それではもたないと言い聞かせても、蘇我は彰彦しか見ていなかった。
その矢先にこれである。
「立神」
声音を強くして、呼びかける。
すると、蘇我はのろのろと在原を見やった。その双眸に、涙をためて。
「……うざいって」
濡れた瞳を拭おうともせず、いや気付いていないのか。
ぼろ、と涙が落ちたのを皮切りにして、表情がどんどん崩れて行く。
「どっかいけって、彰彦さんが……」
「あの男……」
在原は、舌打ちした。
いつかはやると思っていたが、本当にやりやがった。
蘇我は彰彦だけを一途に慕っていた。だから、付き合うと以前より彰彦に近付くようになったし、浮気を許せないと咎めるようにもなった。だが、あの男がそれをよしとするはずがないのだ。
何故なら、彰彦は蘇我に恋愛感情などちっとも抱いてはいないから。
昔から何をするにしても、蘇我が何も言わなければありはらと同じ扱いだった。遊ぶときも、勉強を見てもらうときも。よくて近所のガキくらいにしか思われてないだろう。
そんな男が、根負けして付き合わされたような蘇我に女関係のことに口出しされて黙っているはずがない。黙っていただけでも我慢したほうかもしれない。
とうとう来るときが来た。
「真嗣……悪ぃ」
珍しい謝罪の言葉に、在原は素っ気なく別にと返した。
もう涙は出ていなかった。あの一筋だけだろう。
それは、蘇我の心が壊れた証のような気がして、やるせなさを感じた。
     
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