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―――――ゆーいっ、ほら、おいで

―――――あー、う?

―――――結、こっちだよ。父様とおかしを食べよう

―――――あ、ずるい。結、おかあさんとお昼寝しよう

―――――う?

―――――聖こそずるいじゃないか

―――――んべーっ。おかえし!

―――――あーあぅ!あ!

―――――あ、結が笑った!

―――――え、なんで?今のどこにそんな要素が!?

―――――聖の顔がおかしかったんじゃないか?

―――――そんなことないよねぇ?

―――――あー!










―――次のニュースです。本日、都内――区にて交通事故がありました。追突された車には五十代の男性と二十代の男性が同乗しており、病院に運ばれましたが、間も無く死亡が確認されました。警察が調査したところ、運転手による怨恨の線が濃く、事件の可能性があるとのことです。










「シン!」
すっかり定着した己の名前に、金髪の男は振り返った。
染められた頭髪は安っぽいが、面差しはどこか気品すらうかがえる。しかし、剃られた眉や唇に着けられたピアスが男を粗暴的に見せていた。
「今帰りか?」
今まさに帰ろうとしていた男は頷いた。
ネオンの光が眩しく、目に痛い。
早く帰って眠りたい、と男は欠伸を噛み殺した。
「そっか。今日もお疲れ。じゃあな!」
人当たりのいい同業者は、男の心情を察したのか苦笑交じりに手を振って行った。
男が身を置く世界にしては、どうも人が良すぎるきらいがある。同業者ならばもっとガツガツしてるものだが、どうにも憎めないのはこういった空気が読めるところや人の良さにあるのだろうと思う。
嫌いではないが、好きでもない。だが、あまりにも人が良すぎて嫌いと一概には言えない。
男は溜息をついて、煌びやかな街を後にした。



キラキラとした偽りの光が輝く街から離れたボロいアパート。そこが男の住処だった。
鍵も昔ながらで、泥棒がいつ入ってもおかしくはないような造りである。
しかし、男はその日の食い扶持が稼げればそれで良かったのでさして気にも留めなかった。むしろ、自分の稼ぎで住めるようなところは眠れない。
隙間風が入るくらいが丁度いいのだ。
男は部屋に入ろうとして、足を止めた。
部屋の前に人影がひとつ。見慣れた立ち姿に溜息が漏れた。
すると、影はこちらに気付き、唇にほんのりと喜色を浮かべた。
「ひさしぶり―――兄さん」
「ああ」
男は適当に返事をして、玄関を開けた。
自分を兄と呼ぶ影は後から入り、玄関の鍵を閉めた。
男はスーツを脱ぎながら、口を開いた。
「こんな遅くにどうした」
言外に、危ないという意味も込めて。
ここらへんはアパートもボロく、治安もあまり宜しくない。安いところにはそれなりの人間がいるものだ。
弟はごめんなさい、と謝った。どうしても会いたかったのだと。
別に謝ってほしいわけではなかったが、男は茶を淹れて出してやった。
「ありがとう」
自分とは四つ離れた弟は、祖父母の元に預けられている。成人している自分が引き取ることも出来るのだが、それはしていない。もとより、家族と縁を切るつもりだったので今後もその予定はない。
しかし、この弟はこうして偶に思い出したように会いに来る。何かあるわけでもなし、何を話すでもなし。
男は弟を嫌っているわけではないので、別に構わないのだが、夜中にここらへんを歩くことは危険だ。男の職業を考えれば、この時間にしか会えないというのも分かるのだが、会いたいのなら昼一日寝ないくらいどうにでもなるというのに、何を遠慮するのか弟は何度言っても聞きやしない。
「兄さん」
「なんだ」
「おうちに、戻らないの?」
男は、口を閉ざした。
途端、弟はしょんぼりと肩を落とす。
多分、弟の目的は連れ戻すことにあるのだと思う。一方的に出て行ったきり音沙汰を出していないし、弟や家族にも嫌われているわけではないのでより寂しいのだろう。
しかし、男は帰るつもりはさらさらなかった。
「あのね、兄さん……」
「一馬、それ飲んだらタクシー呼んでやるから帰れ」
「……うん」
それ以上は言わせず、とうとう弟は一言も口をきくことがないまま帰った。
男はシャワーを浴びて、布団に潜り込んだ。

―――おとうさまとおかあさまは?

―――よく聞きなさい、結。お父様とお母様は事故に遭ったの。頑張ったんだけど、もう帰って来れないの。

―――どうして?

涙を浮かべた祖母が堪えきれず嗚咽を漏らした。
祖父は祖母を抱き締めながらも、涙を流していた。
幼いながらにも、どうして、と問う声に応えがないことだけは分かった。
どうして?
だって、かずまとまってたんだよ。
ねちゃったから、おいていかれちゃったの?
おかあさまもおとうさまも、おいていったの?
祖父母は事故だと言っていたが、結は信じていなかった。
遊び疲れた結は一馬と一緒に寝てしまった。両親はその間に出掛け、事故に遭った。
そんな出来すぎた話があるか。
両親は自殺したのだ。結と一馬を置いて、二人で。

―――ゆーいっ、ほら、おいで

―――結、父様と一緒におかしを食べよう

―――結、あのね、結はお兄ちゃんになるんだよ。今日わかったんだけど、お母さんのお腹に赤ちゃんがいるんだよ

―――結、おいで。一馬にはじめましてをしよう

ずっと一緒だった。愛されてきた。
そう思っていたのに、二人は結と一馬を置いて逝ってしまった。この世界を厭って。
一緒だと、愛されていたのは錯覚だったのだ。
そうでないのならば、この寒さはなんだ。手足が悴むくらいの冷たさは、一体。
祖父母も結と一馬に優しくて。
けれど、それは嫌悪の裏返しだということを結はもう知っていた。
愛されてると錯覚し、大好きだった両親に置いて逝かれたように。また置いて逝かれるくらいならば。
その優しさも甘さも要らない。
冷たさの中で、震える方がマシだ。
結は、眠れぬことを誤魔化すように布団を頭から被った。

―――結

―――ゆーいっ

うるさい。
耳に響く声は、塞ごうとも隙間から入り込んでくる。

―――おとうさま!おかあさま!

両手を広げ、力いっぱい抱き締めてくれた温かな手に飛び込む自分が瞼の裏に焼き付いている。
あの笑顔すら嘘だったと知った日から、何も信じられなくなった。

―――結

―――ゆーいっ

もう呼ばないでくれ。
惑わされたくないんだ。
響く声に耳を塞いだ。
瞼の裏の情景に、封をした。
     
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