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守ろうと誓った。

―――――僕と結婚してください

鉄壁の強さを纏う、聖を。

―――――聖のことが好きです。愛しています。だから、僕の人生の残りすべてを受け取ってください。

弱いところも、全部ひっくるめて。

―――――聖を守らせてください



もしも夜に怯えるのなら、僕は夜空の星を教えよう。
もしも朝に怯えるのなら、僕は夜明けの海を見せよう。

もしも強くなくてはならないと、怖がるのならば、弱い聖の愛しているところを数えよう。

そうやって、二人の時間を生きていこう。

そして、これからは、三人で―――――










聖の住むボロい安アパートで、一世一代のプロポーズをした。
レストランだとか、僕の部屋ではなかったのは、聖に夢から覚めて欲しかったからだ。
あのボロアパートは、言うならば、聖の地獄の具現化。
もし、僕の部屋やレストラン、それこそ夜景の見える展望台で派手にすればそれはそれは見栄えはいいだろう。しかし、聖の夢が覚めることはないだろう。
何故なら、外の世界でされた絵空事にされるからだ。
聖の地獄であるボロアパートでプロポーズしてこそ意味があるのだ。
そして、

―――……っ、い……はいっ……

ボロボロ泣いて、頷いてくれた。

―――……っが、と……あり、がと……あずさ…っ!!

ありがとう、と。何度も言ってくれた。
やっと夢から覚めることが出来る。地獄のような、生きるためだけに生きてきた生活から。
聖は、愛されるんだ。僕だけじゃない。お腹の子にも、僕の両親にも。
でも、それは言わなかった。聖はわかるはずだ。
だって、生まれてもいないのに、聖はまだ見もしないお腹の子供を愛しているだろう?
生まれてから―――否、人は息をしたその瞬間から、愛されないなんてことはない。










そう。
伝わっていると。
そう思っていたのに―――










「な、んだと……?」
僕は、愕然と秘書のセリフを反芻した。
「残念ながら、事実です」
秘書は目を伏せ、言いにくそうに言葉を紡いだ。
プロポーズから一週間も経たずして、聖は姿を消した。誰にも言わず、ひっそりと。最初からいなかったかのように。
そんな気配は微塵もなかった。
しかし、ここにいないのも現実。
何故だ。
あの時、プロポーズを喜んでくれたじゃないか。ありがとう、って婚約指輪をはめさせてくれたじゃないか。面映ゆそうに僕にも同じものをはめてくれて。
二人で指を絡めあって、照れて、笑った。
それなのに、何故。
真実は、すぐに訪れた。
あの日―――聖がオーナーに会いに行った日。帰ってきた聖は嬉しそうにしていた。事情は知っていたが、敢えて聴くと、店を辞められたのだと言った。
秘書から一人で店に行ったことは聞いていた。部下を店にやり、何かあればすぐ対応出来るようにした。
一人で行動したことを窘めつつ、次は僕も一緒に行くことを了承させた。もっとも、聖は大丈夫だと言っていたが、機嫌が良かったのかすぐに頷いてくれた。
翌日。僕は、昼食をとっていたレストランで一人の女に会った。
女は、勝手に相席し、嫌悪感を露わにされても気にも留めずなれなれしく話しかけてきた。
会ったことも見たこともなかったし、不気味でしかなかったから席をかえようとウェイターに声をかけた。
その時、女は僕の唇を無理矢理奪ってきた。
突然の行為に吐き気すらこみ上げてきたが、懸命に引き剥がし、尚も纏わりつく女を追い出すように命じた。
最悪の昼食だった。
しかし、それは最悪ではなかった。
この一面を、聖が見ていたというのだ。しかも、キスをされたところをしっかりと。引き剥がしたところなんて見ていないと言うのだ。
「ちぃっ……」
思わず、舌打つ。
まさか、こんなことになるとは。
「どうされますか」
愛されるのだと。愛してもいいのだと。教えた矢先にこれだ。
徐々に僕に心を開いてくれて、知らないところも知ることが出来るようになって。
そうして、ひとつずつ積み重ねていければいいと。そうしていこうと、思っていたのに。
「あい、つ……っ」
憎しみが募る。
犯人はすぐに知れた。
聖の勤めていたクラブのオーナー。そして、共犯はオーナーのバックにいるお偉いさんの娘。
自分達の利益のために手を組み、僕達を陥れ、罠にはめた。
迂闊だった。嬉しいことが重なりすぎて油断していたのだ。
「バックごと潰せ。オーナーの方は、二度と顔も見せられないように」
「畏まりました」
何より許せないのは、本意ではないとはいえ、聖を裏切ってしまったこと。
その心に、傷をつけてしまったこと。
「聖……っ」
名を呼ぶことは、まだ許されるだろうか。










聖をすぐに見つけることは出来なかった。
あちこちに姿をくらませ、一所に留まることはないからだ。
漸く居場所を掴めたと思ったらいなくて、次を探す。その繰り返し。
よくもまあ、これだけ逃げおおせるものだ。感心するしかない。
それは、苛立ちと―――不安。
僕のそばにいない、消えてしまったことは勿論。
けれど、なによりも聖はお腹にひとつの命を抱えているのだ。
一度は堕ろそうとまでするほどに愛した命。その愛は僕にとっても同じだった。
もしかしたら、二つの命を一度に失うかもしれないという恐怖。それが日々僕を苛んでいた。
そうして日々は過ぎ。とうとう臨月に入った。

―――たしかにあいつは身ごもることが出来る。でも、男でもあるんだ。危険は女よりも大きい。

あいつのかかりつけの医者が言った言葉が、日に日に僕の頭の中で大きくなっていた。
そして、

―――見つかりました!!

カナダの奥深い山に、聖がいるという情報を掴んだ。
これまでの奇行はパスポートを作るためであること。海外へ渡ることへの目くらましであることに気付く。
本当に僕はだめだ。
聖がいないと、僕は何も出来ない。こんな簡単なことですら分からない。

聖。
守らせてくれ、と言ったけれど。
僕は、聖の存在に守られていたんだ。
今更気付くなんて―――。
     
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