2
「俺さ、三歳の時に芸能界入ったんだ」
 フリードリヒと二人、ソファーに並んで座った。
「物心ついた時にはなんかこの世界がキラキラしてた。アイドル事務所だったけど、子役の仕事も貰えて楽しかった」
 俳優の仕事にのめり込んだ。与えられる色々な役。端役だったり、レギュラーだったり、その人ごとに色んな違う人生があって、俺とは違う考え方の役を演じた。
 この人間ならどう思う? これなら? と、まるでジグソーパズルを当てはめるみたいに謎解き感覚だった。
「それでも、アイドルデビューは夢だった。事務所の先輩がデビューしていくのを見ていて、たまにバックを踊ったりして、キラキラしてて憧れた。あの光の下にいつか行くんだって思った」
 あの時は、不可能なことなんてないと傲岸だった。
 いつしかロックに興味を持ち、同じ研究生とバンドを組んで異色のグループとして活動しているうちにどんどん夢は形を変えた。ただアイドルデビューをしたいだけの形のなかった夢が、メンバーと一緒に音楽活動をしたいっていう夢に変わっていった。
「結構すごかったんだぜ? 人気もあったし、デビュー前からファンもすごくてさ」
 しかし、状況は一変する。レオが飲酒と暴力沙汰でグループは無期限活動停止に追い込まれたのを皮切りに、俺がレオに殴りかかって芸能界を干された。事務所を辞め、戻れなくなった。
「ずっと苦しかった。嫌でも芸能界は眼に映る。キラキラして眩しすぎて、俺にはもう無縁な世界なんだって思うと……」
 レオを気に入っている大御所の力で、マトモに就職も出来ず、雇ってくれるところなんてなかった。姿形が変わっても何処かでのユウキが付いて回って、暴力沙汰をあげられて日雇いも出来なかった。
 だから、身を堕として金だけは持ってるオッサンの相手をしてきた。どんなに手酷いことをされても、金に困らなければなんでもよかった。
 最初は出来ないと泣いていたけれど、昔を忘れられることに気付いてからはヤケクソのように体を明け渡した。
「だから、俺、アンタが思ってるよりもすっげぇ汚ねえんだよ。暴力はふるし、平気でオッサンどもに売春するし」
 俺がしてきたことは、決して許されることじゃない。
 俺の生き方は、決して褒められたものじゃない。
 フリードリヒの隣に立てる人間に、とは言ったものの過去は拭えない。けれど、それをなかったことにして隣に立てるとは思えない。そんなことはしたくない。
 フリードリヒの隣に立つってことは、そんな簡単なことじゃない。
「アンタさ。俺をキレイだって言ってくれたけど。違うよ。汚れまくってるよ。生き方も身体も」
 それでも、アンタは俺を側における? キレイだって言える?
 フリードリヒを見遣る。真剣な眼差しが注がれていた。
 胸が高鳴った。
「ナリタダ」
「うん」
 声が震えた。このキレイな人に何を言われるのか分からなくて。
 拳を握る。侮蔑であろうとも、受けとめられるように。
 しかし、予想していたものはぶつけられなかった。
「綺麗だ」
 あの変わらぬ瞳で、俺を見つめていた。
「仮令、どんなに泥を被ろうとも懸命に生きたお前の心は美しい」
 フリードリヒの言葉がじんわりと胸に広がった。
「フリッツ」
「きっと、お前の生き方は生きにくいだけだ。人より難しい方を選んでいるのだろう。ちゃんと生きているのだから、誇っていい」
「ふり、つ」
 頭にふわっと手が乗った。優しく撫でられる感触に、胸から熱く苦しくなった。
 ボロボロと涙が溢れる。ホントらしくない。こんな姿見せたくなんてないのに。涙は止まる術を知らない。
 フリードリヒの手が背中から回された。耳元で感じる鼓動と、背中に感じる熱が優しく包み込んでくれているようだった。
「一ヶ月後、楽しみにしている」
 目を瞠る。それは、二ヶ月前に突き付けた宣言とも言える約束。
『三ヶ月後を覚えておけ!』
 一方的にしたというのに、ちゃんと覚えていてくれたのか。ずっと見ていてくれたのか。
「ふ、は……」
 変わろう。アンタの隣に立てる人間になるために、恥ずかしくない俺にならなければ。
 あの時、一方的に突き付け交わした約束を覚えていてくれたフリードリヒのために、そしてそのフリードリヒを好きな俺がそうしたい。
 久々の期待は、背負うには重たかった。
 だが、これでいい。これくらいでちょうどいい。
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 デビューライブまで、残り半月。
 この日、ライブ会場となるドームでリハーサルが行われた。
 スタッフとの入念な打ち合わせ。歌っては確認、と慌ただしい一日だった。
 今まで練習していたスタジオとは音の反響やパフォーマンス一つとっても違い、その誤差を埋めるためにも細かく打ち合わせを行った。
 その結果、自分達の中で満足がいくものが出来あがった。後は、練習でどれだけ向上出来るかである。
 リハーサルも終え、ドームを出ると凍えるように寒かった。冬将軍は来週と言っていたのに、もう冬本番かと思うような寒さに身を震わせた。
「うっわ、さみー!」
「リオン、鍋やろうぜ鍋」
「やだよ。今からとかオフクロも寝てるよ」
「リオン作れるだろ?」
「ハァッ? 今から?」
 アツヤもカムイも賛同し、多数決でリオンの実家で鍋をすることに決まった。
 俺はリオンに連れられ、実家近くのスーパーに来た。二十四時間営業だが、正直なところ品物はあまりよくない。安さと営業時間の長さが売りだ。
 リオンが材料を揃えている間に、俺はつまみや酒を物色するために一旦分かれた。
 メンバーの好きなものはなんだったか、とあやふやな記憶を引っぱり出す。
 すると、突然、何者かに手を引かれた。声をあげる暇もなく周りを取り囲まれ、一瞬にして店の外に連れ出される。
 店から少し歩いた細道。ゴミのように、俺は投げ捨てられた。
「っつ……」
 強かに腰を打ちつけ、呻く。
「誰だよ!」
 俺は誘拐犯に食ってかかった。そこに並ぶのはチャラついた男達。チンピラだ。
 チンピラどもはニヤニヤ気食の悪い笑みを浮かべ、俺を見下ろしていた。ぞっとするような、肌が粟立つような笑みに警鐘が鳴る。
「オタク、最近やらかしちゃったらしいね」
「そうそう。俺らの上がチョーお怒りでさ」
 誰だ。心当たりがありすぎて分からない。
 が、一つだけ言える。俺のパトロンではない。俺のバトロンは脂ぎった汚いオッサンどもだったけれど、すぐに足がつきそうなチンピラは雇わない。顔も分からないようなものを使う。
「テメエの顔を見れないようにしてくれ、だってよ」
 汚い笑い声がドッとあがる。刹那、背中を冷たいものが走った。
 最悪が、脳裏を過ぎる。
「てなわけで、恨むんなら俺達じゃなく自分を恨みな」
 ああ、こんなお決まりのセリフを言うやつらなんかにやられるのか。頭は冷静だった。
 そして、拳の雨が降った。
 チンピラが満足し、帰っていく頃には、俺は起き上がるどころか目を開けることも出来なかった。
 霞む意識の中、目尻から滴が落ちる。
 アンタの隣から遠ざかってしまうのかな。






「ふざけんなよ!」
 レオの飲酒と暴行が表沙汰になった日。俺は、メンバーの制止も振り切ってレオの胸倉を掴んだ。
「ハッ、なんだよ。いいじゃねえか。どうせ、お前はコネがあるんだろ?」
「レオ!」
 今まで、暗くを共にしてきた仲間だった。バンドをやりたい、あの光の下に行きたいっていう同じ夢を負った同志だった。
 それだけに、レオの行動は許せなかった。メンバーのことなんて頭からすっぽ抜けていた。
 ただ、ここまでやってきたことが無に帰してしまうことが悔しくてならなかった。メンバーの不祥事のせいで、俺達まで夢半ばで潰えなければならないのかと。
「いいよな、お前は。子役時代から注目集めて人気もあってよ」
 皮肉げに口角をあげ、レオは険を強めた。
 真正面から睨みあう。
「どうせ俺達はお前のオマケみたいなもんなんだよ。どうせ二、三年経ったら俺抜きでデビュー出来るんだろ?」
 人は怒ると、何かが切れる音がすると言う。
 しかし、この時聞こえたのはそんなものじゃない。
 火山が大噴火した音。耳にドッカンと、鼓膜が破れんばかりの音を響かせた。
「っの、バカ野郎!」
 握った拳を、ぶつけた。レオは顔面で受けた。
 悔しい。
 今までの練習も夢もパアになったことも。
 なんでもないことのように言われることも。





「ん……」
 ああ、夢だったのか。
 意識が覚醒し、うっすらと瞼を上げる。そこは異様な白さに包まれていた。右を見ても、左を見ても真っ白。精神病棟にでもぶちこまれたんじゃないかと思った。
 違うと気付いたのは、傍らに眠る存在を見つけたから。
 プラチナブロンドの長髪の、俺の好きな人。
 伏せて眠っていて、顔は見えなかった。残念に思いながら、ちょうどいいと思った。
 記憶は、あった。
 目覚めた時に、ぶわっと大量の記憶が舞い込んできた。
 暴漢に襲われたあの晩。遠退く意識の中、悔し涙を飲んだ。
 ああ、またダメになるのか。
 もう一度あの光の下に立ちたくて歩いた。楽しいかそうでないかと言ったら、きっと楽しい。
 けれど、それは、叶う夢だからこそ楽しかったのだ。あの日置いてきてしまった夢をもう一度取り戻せると思ったから。
 本当は、現実に直面するたびに涙を堪えていた。
 落ちてしまった筋力。狭まった音域。変わってしまった声質。理想と現実のズレ。
 そして、夢が叶わないことへの不安。メンバーやフリードリヒがいたからこそ、俺は泣かずにただ歩けた。
もうダメだ。
 俺は、知っている。男達は俺の顔を集中的に狙った。触れずともわかる。俺の顔が、原形を留めないで変形していることを。骨格から変わってしまっていることを。
「……っ」
 頬を、涙が伝った。咄嗟に、顔を隠す。
 涙は後から後から湧いてきて、止めようもなかった。声が漏れないように抑えるだけで精一杯だった。
 終わりだ。バンドとしてだけでなく、アイドルとしてももうあの光の下には戻れなくなってしまった。この顔じゃ光の下を歩けない。
 小さい頃から夢見た世界も、俺をとうとう見放したのだ。マスコミも今度こそは黙っていないだろう。以前は、レオの不祥事のこともあって同情的な意見もあったが、今度という今度はユウキの暴力性が露見したと言うに違いない。
「……った、に……」
 頑張ったのに。
そう言うしかないことの、なんと惨めなことか。
 記者会見の時は、メンバーが支えてくれて何でも出来るような気がしていた。不安が渦巻く中「やろうぜ」と背中を蹴飛ばしてくれた。発表も謝罪も出来た。もう一度あの光の下に立つという夢を追いかけられるならと。
 変わっていく自分も照れながら受けとめられるようになった。いい方向に変わってるんだって、胸を張れた。
 けれど、もうダメだ。
 俺は二度と光の下に立てない。
 二度とフリードリヒの隣に立てない。
 涙はベッドにまで滴り、染みを作った。染みは広がり、ベッドを濡らした。
 そして、抑えていた声も嗚咽に変わりかけた。
 刹那、
「っ、」
 目を瞠った。
 優しく包み込む腕の温かさを感じる。
 耳元では静かな吐息が、呼吸を刻む。
 息をのむ。
 だが、フリードリヒは何も言わなかった。俺を抱き締めるだけ。慰めの言葉も侮蔑の言葉も。何もない。そこにあるのは、静寂を打つ呼吸。
 荒れていた心が冷えていく。急速に引き、鼓動は早まった。瞬きすらも惜しい。
 気付けば、一度引っ込んだ涙が洪水のように溢れ出した。止めようと防波堤を気付いていたのに、決壊したかのように大粒の滴が落ちていく。
 涙は腕を濡らし、顔を濡らし。終には心を濡らしていった。
 俺は、声をあげて泣いた。大声でわんわん泣き喚いた。
 悔しさだとか、悲しさだとか。いろんなものがごちゃ混ぜになっていた。
 その間、フリードリヒは口を閉ざしていた。しかし、そこにある体温に俺の心は細波のように落ち着いた。
 本当は、大声で泣きたかった。みっともないからしなかった。悔しくて、こんなところを見せたくなくて。一人でコッソリ泣いて、後で平気な顔で皆に謝ろうと思った。
 けれど、抱き締められた瞬間、そういった抑え込んでいたものが噴き出した。
 我慢なんてするな、泣け。と、みっともないところもひっくるめて受け入れられたような気がした。
 そして、泣き喚くことによって最後の鍵もこじ開けられた。
「フリッツ……」
 本当は、一番したくなかったこと。
 フリードリヒの隣に立つために、啖呵もきって、見てろと宣言して自分自身を追い込んだ。
 もう一度光の下に立って、フリードリヒとやっと肩を並べられたら、秘めた気持ちを打ち明けようと決めていたから。
「たすけて……」
 その温もりに縋った。
 夢も何もかも潰えて。それでもまだ、悪足掻きをしたかった。諦められなかった。
 救いを求める声に、腕の力が強まった。






 顔は予想以上に変形していた。整形して元に戻すだけでも相当な時間を要するらしい。
 整形をするにしてもそんなに長い間休みはとれない。今すぐにでも練習したかった。
 しかし、フリードリヒの置いていった秘書の監視によりベッドの住人生活を余儀なくされた。
 あれから何日経ったのか。性格には把握していない。少なくとも、一週間は経った。本来なら、ライブ目前で追い込みをかけていてもいい頃だ。
 メンバーがここに顔を見せることはなかった。呆れているとかそんなことはないと思う。以前の暴力沙汰の時も、元凶はレオだと言ってくれたから。が、来てくれないとモヤモヤしたものがせりあがってきてなんだか落ち着かなかった。
 そして、目覚めてから二週間経った日。
 病院の中だというのに、ドタバタと慌ただしい複数の足音が聞こえてきたのは、朝のことである。
 今日も今日とて監獄生活を過ごすのかと、鬱々としていた。監視の秘書はあまり言葉を発するタイプではないらしく、静寂の音が五月蝿い空間に、秘書と二人という気まずい空間にも嫌になっていた。
 足音は俺の病室の前で止まり、次いで大きくドアが開け放たれた。
「ユウキ!」
 現れた人物に俺は目を丸くした。
「大丈夫か。痛いとこは? つか顔が痛い!」
「あーやっぱ残ったなー」
「そんなことはいい。お前ら、早く!」
 めまぐるしく交わされる会話に置いてけぼりを食らっていると、アツヤとカムイが包帯を取り出した。両手に持ち切れないくらい沢山の包帯が目に入る。
 リオンは包帯を受け取ると、俺の頭を掴んだ。
「いいか、動くなよ」
「ちょ、リオン、え、ちょ……まっ、おい!」






 包帯で頭をぐるぐる巻きにされ、口だけ緩い状態で俺は病室から連れ出された。
 車で二時間くらいして着いたのは、俺達がデビューライブを行うはずだったドーム。
「こ、れは……」
 ドームには、「GLITTEODDMANデビューライブ」と書かれた案内板。大勢の人。
 車から降りた俺らに注がれる数多の視線。飛び交う歓声。
「行くぞ!」
「リオン、これっ」
「見ての通りだよっ」
「アツヤ」
「やろうぜ、ユウキ」
「って……。カムイ」
 背中を叩かれ、一歩踏み出す。
 ああ、一歩を踏み出すのはこんなに簡単なことだったのか。なんて場違いなことを考えるくらい、頭は現実逃避に勤しんでいた。
 列の横、柵の中を悠然と歩くメンバーに連れられる。その間にもファンの歓喜の声が高まっていた。
 ドームに入り、楽屋に向かう。リハーサルの時に見た衣装が並んでいた。俺と、メンバーの分。
「これ……」
 メンバーを振り返ると、ニヤニヤと笑っていた。俺の反応を楽しんでいる感じで、戸惑いを覚えた。
 しかし、メンバーはそんな俺をよそに重苦しい空気もなく口を開いた。
「俺達のデビューライブだ」
「ま、不完全なところはあるけど、ユウキのその頭だったらウケはいいだろ。先生には止められてるけどな」
「倒れたら縫ってもらえばいいさ」
「お前ら……」
 言葉を見つけられずにいる俺に、メンバーはにかっと笑った。一斉に俺の頭をぐちゃぐちゃに撫で始める。
「バーカ! また邪魔されてたまるかよ」
「そうだそうだ。なんのために俺達はまた下積みしてたと思ってんだ」
「そう簡単にくたばれるならもうくたばってるって」
「寧ろ棺桶用意した方がいいんじゃねえの? そろそろカムイくたばる年だろ」
「んだとっ?」
 他愛ない応酬。軽口のやりとり。
 けれど、そこには予想していたような突き刺す棘はなく。自然と笑みが零れた。
「バーカ。……サンキュ」
「お? 泣くか? 泣くのか?」
「うっせ、泣かねえよ」
 泣きそうになって、堪えた。今度は、嬉しさが勝ったから。
 変な顔になって笑った俺を、メンバーは小突いて笑った。






 衣装に着替え、ステージ裏。俺達は、額を突き合わせた。
 イントロが流れ、観客の声が高まる。ヴォルテージマックス。最高のライブ日和だ。
「いいか、お前ら」
 メンバーの顔を見る。揃っていい顔してやがる。
「恥かきに行くぞ」
 宣言に、メンバーは力が抜けたように笑った。
「俺達は一度、活動無期限休止の憂き目にあった。次は俺が襲われた、踏んだり蹴ったりだ。こんなやらかしバンド他にねえよ」
 それでも、ここまで歩いてきた。踏んだり蹴ったりでも、ボロボロになって、自分に失望して、現実にボッコボコにされて。
「アイドルなのにバンドってどうかと思うよな」
 でも、やりたかった。光の下に立ちたかった。同じくらい、バンドが好きだった。好きなら両方やっちまおうぜ、って集まらなければ多分もっと簡単にあの光を浴びれただろう。
でも、こっちの方がきっと感じる光の熱さも眩しさも倍以上だ。
「こっからだ」
 ここまで来た。
 後は、進むだけだ。戻るための切符なんて要らない。そんなもん破り捨てた。必要なのは進むための運賃。
 休息の停車も要らない。
 特急快速でぶっ飛ばす。
「行くぜ!」






 暗転。
 ステージに立つ。マイクの前に立った。
 ぶるり。身震い。久々の感覚が、ゾクゾクと背を駆けた。気分は高揚している。
 マイクを取った。
 息を吸い込む。リハーサルとは違う空気が腹いっぱいになるまで入ってきた。
 吐く、言葉。奇声。吸った息を一気に吐き出す感じ。爽快感が突き抜ける。
 徐々にライトアップされるステージ。立つのは、四人。
 目を閉じた。走馬灯のように、過去がぶわっと押し寄せた。
 次に目を開けると、景色は変わらなかった。一笑する。
 そうだ。変わらない。
 呼吸が重なった。
 ドームが割れる程の爆音が劈いた。
 前奏の間、包帯の隙間から観客をじっと見つめた。熱気に蒸されている人々が、一心に俺達を見ていた。
 そして、俺は音を言葉に乗せた。






 曲が終わる。
 俺は、汗を飛ばした。たった一曲でびっしょりだった。
「今日は、『GLITTEODDMAN』のデビューライブに来てくれてありがとう」
 観客のヴォルテージは最高潮。気持ちいい。
 見渡す限り、キラキラと光り輝いていた。
 ああ、そうか。先輩達がなんであんなに輝いているのかずっと不思議だった。スポットライトの下だからだと思っていたけど、それだけじゃない。観客との一体感なんだ。
「今日は、ごめんは無しな」
 ライブでは謝るとかをしたくなかった。そんなもんは会見とかで幾らでも出来る。
「でも、デビューが決まってからここまで来るのにすげえ時間がかかって。みんなが来てくれて嬉しい。ありがとう」
 感謝なんて俺らしくない。メンバーも後ろで笑っていた。
「えっと、カムイ、パス」
 他に言葉が思いつかず、マイクを渡すと驚いたように目を丸くした。苦虫を噛み潰したような俺の顔を見て、苦笑する。
「ホントお前何年経ってもヘタクソだな。はい、『GLITTEODDMAN』のまとめ役のカムイです。今日は俺達のデビューライブに来てくれてありがとうございます」
 俺はアツヤの横に並ぶ。リオンは苦笑していた。
「俺らは下積みが長かったけど、こうやってデビュー出来てホントもうやったー! ってかんじです。何回ももうダメだ、って諦めて、でも諦め悪くてやりたくて。そんでここまで来ました」
 カムイの台詞に、目を瞠った。俺と同じようなことを考えていたことに驚く。
 アツヤとリオンを見ると、二人とも頷いていた。
「ですが、ここからです。俺達は、やっとここまで来ました。デビューっていう夢を叶えて、夢見ていた光の下に来れました。これから、俺達は、今度は光になります」
 そう。俺達はもう光の下に立つことだけを夢見る研究生じゃない。
 光の下に立ったら、光そのものになるのだ。俺達っていう存在が、スポットライトとか熱気とかで輝けるんじゃなく、俺たち自身で光を放つんだ。
 カムイからマイクを受け取り、ステージ中央に立つ。
「輝きを放とうぜ!」
 クサイ台詞を残して、俺達はステージを後にした。






「あーっ!」
 楽屋に戻り、いの一番に倒れこむ。
 長い間練習してなかったせいで外しまくった。やはり勘は戻ってない。
「おいおい、今ぐうたら寝てたやつが何やってんだ退けコラ」
 俺の横にカムイが倒れこむ。
「ジイサンどもは下がってな」
 アツヤが、その隣に。
「あーあー何が悲しくて男四人で寝転がらなくちゃなんねえのかな」
 アツヤの横に、リオン。
 四人で寝転がる。
 久々のライブでくたくただった。今横になったらもう起き上がる自信はないけど、一歩も歩けない。
 そして、夢の世界へと誘われた。






 目を覚ましたのは、深夜。真っ暗になった見慣れた部屋と、枕元のテーブルの時計で日を跨いでいることを確認する。
 携帯を取ると、メッセージが何件か入っていて、全てメンバーからだった。ちゃんと寝ろってことと、明日の練習は休みということ、ライブ最高だったとか、次の練習はいつにするとか。追うのも面倒になって、途中で諦めた。
「起きてたのか」
 扉を開く音に視線を向けると、フリードリヒが入ってきた。
「俺、いつ帰ってきた?」
「連れ帰った」
「え、フリッツが?」
「ああ」
 ということは、フリードリヒはライブに来ていたのだろうか。
 フリードリヒはベッドに腰掛けた。俺の額にかかった髪を梳く。手が心地よくてされるがままになった。
「ライブ、良かった」
「ホント?」
「ああ」
「うっしゃ!」
 ガッツポーズ。
 フリードリヒが認めてくれるなんて、いいライブだったかなって思えた。外したりとかしたけど、熱気も最高潮で関係なくいいと思えるライブだった。
「まったく。お前はとんだことをしでかしてくれるな」
「え?」
「私の目を奪ってばかりだ」
「ふり、つ……」
 真摯な目が、穏やかに細められた。
 途端、鳴りだす胸に思い出す。ライブが終わって、フリードリヒも満足してくれた今、弊害は無い。あったのは、俺の意志だけ。
「フリッツ。聞いて」
「いや、聞かん」
「え……んっ」
 言葉は、フリードリヒの唇に奪われた。
 唇は唇を塞ぎ、俺の言葉だけでなく吐息すらも奪った。唇の隙間から舌が口腔に侵入する。舌は傍若無人に蹂躙し、舌を捕えた。絡め、引っこ抜かれるのではないかと思った。扱くように撫ぜ、吐息が荒くなるのも構わずに喉奥まで侵入していく。
 俺は、侵入を許した。蹂躙する舌に応えることは出来ず、腰砕けでなされるがままだった。
 今まで、オッサン相手に売春してきたけどこんなキスは初めてだ。お尻がむずむずして、へなへなになるようなキス。
「ん、ふ、うふ……」
 息が出来ない。キスが降り注いで止まず、濡れる。
「は、ふ……う、ふ、ふ……っは!」
 唇が話され、解放と同時に呼吸が戻る。ただのキスでゼエハア息をする。
 フリードリヒは平然としている。
「ナリタダ」
 フリードリヒの声に、視線を向ける。息をするのに必死で、反駁も出来なかった。
 氷のような目が俺を見詰める。不思議と、冷たさは感じられなかった。
「愛している」
「え……」
 フリードリヒの告白に目を瞠った。
 これは、俺が告白したの? でも、今確かにフリードリヒの声で聞こえた。ホントに? どうして?
「愛している」
 もう一度。今度は、間違いじゃない。
「お前の生き方が愛しい。立って歩くのに、打ちのめされ、それでも歩き続けるお前を愛している」
「え……は……?」
「お前に助けを求められた時、嬉しかった。ボロボロなお前の生き方は好きだが、私は蚊帳の外でいたくない。傷つくお前と一緒に行きたい」
 言葉を失う俺に、告白は続けられる。
 真摯な眼差しが愛しさを含むものに変わるのに、そう時間はかからなかった。
 つとフリードリヒの手が頬に触れる。
「ナリタダ、お前は?」
 確信を得た瞳が、俺を射抜く。さあ、言えと答えを示す。
「す、き……」
 気付けば紡いでいた秘めた想いを、俺は否定も撤回もしなかった。
「知っている」
 だから、先に言いたかった。笑みと同時に、ベッドに押し倒された。





「もう、やあぁっ」
 ベッドに押し倒した後のフリードリヒの行動は早かった。
 服をあっと言う間に脱がし、自分も脱ぐと、俺の身体の隅から隅までキスをした。まるで騎士のようなキスは触れるだけのもので、食むでもなく俺の羞恥心だけを煽る。熱が俺の身に生まれる。
 耳からはキスの音が俺を嬲る。視界を閉ざしても、俺の耳から入る音が羞恥心を余計に煽って胸の中で何かが暴れた。
「言っただろう。お前は綺麗だと」
 フリードリヒはそう言って、やめることはなかった。恐ろしいことに、一回ではなく、俺が泣きだしそうになるまでキスをされ続けた。
「恥ずかしいのか? ふっ、可愛い反応をするな」
「フリッツ……ッ」
 笑声すらも愛しているに聞こえるなんて、相当末期だ。
 耳を塞ぐとやんわりとその手を纏められる。
「私の楽しみをとるな」
 ならばと、目を閉じれば今度は瞼にキスが降る。
「ナリタダ、お前の可愛い瞳を見れないのは辛い」
 そう言われてしまえば従ってしまうのが、惚れた欲目というやつで。
 そろりと目を開けると、花が開いたような笑顔があった。
「っ、」
 なんて顔をしているんだ。こっちが恥ずかしい。
 フリードリヒは、胸の尖りにキスを落とした。右、左、右、と順に。キスが好きなんだろうか。まるで愛を誓うみたいで、切なく胸が鳴く。
 ぴんと尖った粒を、指でなぞる。冷たい手の感触に身震いした。
「ふっ、素直だな」
 胸の尖りに舌が這わされる。舐めるというよりも愛撫という感じで、舌で愛されているようだった。
 反対の手では、触っていない乳首を優しく撫でる。こねくり回されているわけでもないのに気持ち良い。
 舌はへそを伝い、隆起した陰茎に触れる。先端をちろりと舐めて、尿道をノックした。ゾクッとした快感が襲う。
 見せつけるように舌が伸びた。一口でフリードリヒの口の中に陰茎が収まる。息をのんだ瞬間、打って変って壮絶な愛撫が始まった。じゅぼぼと、先走りを舐めとられる。裏筋を高速で舐め、陰嚢は下唇で食まれた。
「あァあああっ、あ、あっ」
 激しい愛撫に、すぐさまここ最近は右手がお友達の肉竿は絶頂を迎えようとした。
 しかし、寸前で愛撫が止められる。
「あ……」
 フリードリヒは、クツリと笑った。
「そう物欲しげな顔をするな。お前が欲しいのは、こっちだろう」
 手が、フリードリヒの硬くなった肉棒に導かれる。張り詰めて、硬くなった肉棒。
 息をのんだ。美味しそう、なんて思ってしまう自分に引く。
 フリードリヒは、俺の脚を大きく開いた。視界に広がる俺の恥ずかしい部分。
「やめっ」
 俺の制止も振り切り、舌は後ろのひくつく箇所へと辿り着く。外の淵をなぞり、指でこねる。きゅんきゅんと悦び、孔は肉塊を期待して欲しがった。
 舌が中に入る。そろり、そろり。
 中に入った舌は、浅く侵入したかと思えば、すぐに出ていく。かと思えば、また侵入して、今度はぐるんと掻き回した。
「んぁああっ」
 仰け反って喘ぐと、まるでフリードリヒに差し出すみたいな格好になった。
 快感は容赦なく続き、ちゅぽっ、ちゅぽっと出入りした。
「ん、あ、は、あっ、ああっ」
 そして指が入る。いきなり二本。
 指は、舌とタイミングをずらして出入りして、交互に快感が来る。休む間もなく与えられる快感に翻弄された。
「あァーッ、あ、あっ、あ!」
 三本、四本と増え、指は俺の中を我が物顔で歩き回った。
 やっと抜かれた時には息も絶え絶えで、肉棒が入口に触れたのにも気付かなかった。
 みしみしっ、と中に入る感覚。
「ああぁあああァ!」
 開かれる。
 奥を、フリードリヒに暴かれる。
 慎重に中へと肉棒は侵入した。身を固くすると、萎えかけた陰茎が扱かれる。
「ふぁっ、あ……」
「ナリタダ……」
 熱い声音に釣られて見上げれば、汗を滲ませた顔があった。
 快感を必死に耐えている。
 それだけで、俺の胸は高鳴った。単純なものだ。今の今まで死にそうだったのに。
「フリッツ……フリッツ……」
 手を広げれば、答えるようにとられる。重ねた手は熱かった。
「ん、ふ……」
 唇を重ねる。舌を伸ばし、抱き合う。
 水音が交わり、愛されているという事実に熱が歓喜する。
「動い、て」
「しかし」
「いいから、ね?」
 ねだると、フリードリヒは奥を穿った。容赦のない一突きに喘ぐ間もなく、肉棒は入口まで戻り、そしてまた奥を突く。奥の奥、イイトコロを的確に突いていた。
「んぁっ、ああっ、あんっ、ふりっ、あ、あアッ」
「ナリタダッ」
「いやっ、あァ」
 律動は早くなっていき、フリードリヒの絶頂が近いことを教えてくれた。
 奪うようにキスをした。
「ん、ふぅ、う、うっ」
 熱が身体中を支配する。
 俺も腰を振っていて、二人でイイトコロを突いた。
「う、あ、あっ、う、……っあああッ」
 一際奥を貫かれた瞬間、視界が白く染まった。
 中に飛沫が叩き付けられたのを感じて、俺は眠るように目を閉じた。






 そして、暴漢の真犯人がレオであることを突きとめたのも、ライブ会場を手配したのも全てフリードリヒであることを知ることになろうとは、この時の俺は予想だにしていなかった。
『たすけて』
 ただそれだけのために、フリードリヒが動いたと知り、俺はまだまだだということを思い知らされるのである。
 だけど、もう大丈夫。俺はこれからどんどんフリードリヒの隣に立てる男になっていくんだから。 
     
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