まどろみのなかでとかして
「ん…」
 こそばゆい。身を捩らせると、背中からくすくすと聞こえてきた。
「わら、うな…ぁ」
 くすくす。もう一回聞こえる。
「ごめん」
 消えない。くすくす。笑う、声。
 こそばゆいそれとともに、背中で漏れる。
 微睡を覚える事後。とぅろりと瞼が下がりかけていった。お湯につかった後の心地よさ、情事の身を包む気だるさ。一糸纏わない生まれたままの姿でベッドに転がる解放感。
 滑る、肌。同じく、何も纏わないそれ。
「ゆいとさん」
 必死の抵抗はするりと無言で圧される。不快には感じない。それがいけないのかもしれない。
「も、だめ」
 本当ならこのまま身を任せて、思う存分愛されたい。ふわふわとした心地よさじゃ足りないから、おなかの中から喉へと刺し貫かれたい。刺激が欲しい。けれど、陽が昇れば一週間の始まりで。生徒と先生に戻らなければならない。
 ひどく、惜しい。
 二人でいる時間が、無限に続けばいいのに。二人の時間だけになればいいのに。
「ゆいとさん」
 拙い、舌足らずなそれを好むと知ったのはつい最近。
問うと、気を許して、可愛いのだと言う。幼さの混じったそれを可愛いのだと、好きなのだと、愛を紡がれた時は面映ゆくこそばゆくもあってぎゅうっと身を縮めた。同じくすくすというものとともに、やはり同じように首筋から唇と隙間なく愛されたのは懐かしい思い出だ。
だめだのいやだの言いながら、愛されることが殊の外嬉しくてひっそり宝箱に仕舞っている。自分と、この人だけが開けられる。他の誰も触れることがない。
「立神」
「…っ」
 ああ、もう。ほら。
 だから、だめだと。いやだと言うのだ。
 この人はいつだって分かってる。
「ゆいとさん!」
 キッと睨みつけ、後悔する。
 物言わぬ人が、ニヒルに笑みを浮かべていた。そう白くはない肌に舌を這わしながら、赤い花を散らさない程度の触れ合いをしていたそこをゆっくりと、艶めかしく這う。
 唇を噛み、眉根を下げる。
「だめ、だってば…」
「うん。だから…」
 今日は、ちょっとだけ無理しようか。
 薄く笑った顔の、なんと無慈悲なことか。抵抗も説得も拒絶して、腕を引き、待ち焦がれた箇所へ唇を落とす。
 愛に飢えていることも、愛されることが好きなことも知り尽くし、逃げることなど出来やしない腰を掻き抱く。
「いつもそればっかり」
「そうだね」
「知らないでしょう? 俺、いつもキツいんですよ」
「そうだね」
「俺、風紀委員長なのに。真嗣に揶揄われるんです」
「うん」
 ああ、もう。本当にしょうがない人。
「ゆいとさん」
 背中へ、腕を回す。
 俺を愛してくれた人で、唯一で、すごく優しい人。それなのに、こんなにもしょうがない人。ワガママで、自己中心的で、いっつも俺ばかり許してあげている。
 でもあなたのためなら、身体の痛みだって、疼きだって我慢してあげたくなる。
「いいですよ」
 待っていた、と唇が乱暴に塞がれるのはすぐ。
「ん、ふ、ふぅ」
 舌が絡め取られ、口内がいっぱになる。すぐにつ、と伝う唾液。おさまりきらなかったそれが優衣人の手を伝う。
 いっぱいいっぱになって、息を紡ぐのも苦しい。唇が離れる隙間もなく、鼻も塞がれているかのよう。
 腰を支えていた手が、するりと後孔を這った。昨夜の痕跡が残ったそこは容易に指を受け入れ、くっちゅくっちゅと音をたてる。
「んんっ、ん!」
 入れるよ。
 言葉も、なかった。
 けれど、目は合って、瞬間に理解した。
 受け入れる準備が整っていないところへ、突き刺すような感覚が腹からどんと来た。
「ん、はっぁあああああっ」
「っ、…」
「ゆいとさっ、ゆいとさん!」
「りゅう、じん」
 なんて可愛い人。こんな時だけ拙い声だなんて。
「っ、しめるな」
 無理だってば。情事の時だけは一際カッコいいあなたが漏らした可愛いところ。
 眉間に皺を寄せ、快感に身悶え耐える姿のなんと男らしいことか!
 いつか優衣人を優しい人だと好きになった。
 涙を流す姿に呆れもせず、ハニーミルクを淹れてくれた。
 付き合うことになって、優しい部分が限定されていることを知った。男らしい一面や、意地の悪い面。自分本位な思考、甘えてねだる姿。優しい以外の面がたくさんあって、それがほんの一握りの面なのだと知った。
 はじめて抱かれた日は、痕をつけておいてこっ酷く抱かれた。
「立神っ」
「ゆいとさんっ、ゆいと、さ!」
「好きだ…好きだ。愛してる」
「うん……おれ、も。すき。あいしてる」
 好き。とは、よく言われる。愛してる、とも。
 けれど、情事の最中に言われるそれも好きだった。汗を滴らせ、自分だけしか視界に入れないその目が紡ぐ言葉が。
「あ、あああっ。……っ、……っ!」
「っ、……」
 声もなき、荒い息を吐き出す。
 流石に朝からはやりすぎだろう。後孔がしまらなくなっている気がしてならない。中のものを掻き出す時にまた感じてしまって、自分だけイかされることになるのだ。へたをうてば、煽られた優衣人に押し流されてもう一回。二回。
 一度だけ。互いに制御がきかなくて、二人揃って学校を休んだことがある。
 すると、一限目が始まるか否かという時に幼馴染が押し掛けて来た。けたたましい音をたてて玄関を開け、どすどすと足音を響かせ、寝室に乗り込んできたのだ。
『ヤるのはいいが限度ってもんを覚えろ、この一般ド庶民どもが!』
 怒鳴り込んできたかと思えば、くるりと踵を返してすたこらさっさと帰って行った。
 寝ぼけ眼だった立神へ、苦笑した優衣人が説明してくれて漸く状況を把握したのである。顔から火をふくかと思うと同時に、現実逃避して「アイツ土足じゃねーか」と零すと、苦い笑いが隣から漏れた。
 恥ずかしくてベッドから出られないと駄々をこねると、キスの雨を降らして無理矢理起こされたのだ。結局学校は休んだので詮無きことではあるが。
 ここでへばってしまってはあの時の二の舞を演じることになりかねない。
 ぐっと膝に力を入れた。
 瞬間、
「っあああああ!」
 ずどん、と奥へ響く。
「な……」
 なんで。言葉は、続けることが叶わなかった。
「ムリ」
 それが、我慢できない、ということだと気付き抵抗する直前に律動は再開された。
「やっ、も、ば、ばかぁああ!」
「うん。僕もそう思うよ」
「…っ」
 そういうこっちゃないのだと。文句も全部吸い取られ、首筋に噛み付かれた。
 優衣人は徐に顔を上げ、にっこりと笑う。
「立神」
「はひっ」
「あと、何回できる?」
「……はひ?」
「こうなったら一回も二回も一緒だよ。大丈夫。僕が怒られるから。立神は寝てていいよ」
「ムリ。ムリです。お願いしますやめてっ、あ、あぁっ! やめ、やめてって! いったぁあ!」
「ムリはきかないから。僕に付き合ってね」
「やだ、も、やだっ。しぬ、しんじゃ、しんじゃうから!」
「大丈夫。人工呼吸でもなんでもして生き返らせるから」
「ひぃっ」
 それはつまり死なせる気はないということで、とどのつまり、失神しても生き返らせてヤり続けるということではないか。暗に、ヤり殺す宣言をされていないだろうか。
 あれ? この人司書じゃなかった? そんなバカみたいな体力どこにあるんだ?
「これでもアイツの兄だからね。体力はそこそこあるよ」
 アイツ、とは歌って踊れるアイドルの弟ではないだろうか。もしかしなくても。ただでさえアホみたいに体力バカなのだ。その兄でそこそこということは……。
「ん? 立神。どうしたの?」
 考えただけで失神した立神は、知る由もない。
 よもやものの数秒で突き揺さぶられて、無理矢理起こされることになろうとは露ほどにも考えていなかった。いや、考える余地すら与えられなかった。
「いいよ。寝てて」
 ちゃんと体力回復してね。
 優しいその声が、その時だけはとびきり悪魔のような声に聞こえたのだが。それすら知るはずもなかった。

     
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