愛してる
 しっとりとにおう汗が好きだ。肌をなぞり、零れ落ちていくそれを舐めて掬い取りたい。
 肌理細やかなそれではないけれど、しっかりとした筋肉とそれを覆う皮膚は堅く、女の柔肌宛ら吸い付くようなものではなかった。しかしながら筋肉とあつい皮膚で覆われた身体へ吸い付くと、汗のにおいとちょっぴりしょっぱさが口の中に漂って仄暗い愉悦を覚える。優しく触れるだけのそれでも腰を震わせてあえかな声を漏らすので好ましい。赤い花を散らすと、抑えた声が愉悦を直接刺激して、耐え忍んでいる肉竿へと直帰していくのでもっと好きだ。だが、優しく触れるだけのものも捨てがたい。筋骨のある逞しい身体が可愛く鳴き声を漏らすのは滅多に見れないのだ。
 嫌いなことはある。
 筋肉に覆われた身体付きを嫌ってはいないようだが、抱きにくいだろうと卑下するのは好ましくない。
 女のような柔肌、男を誘う可憐で美しい顔立ち。肉竿を奮い立たせる小鳥のような鳴き声。それらを求めているわけではないのだ。
 だから、セックスにいたると声を抑えようと必死になり、淫らに身体を開かないようにと躍起になる。
 違う。違うのだ。
 そうしてほしいわけじゃない。
 勿論、セックスを厭っているわけではない。寧ろ、抱くと頬を染めて唇を柔らかく緩めるのだ。好きなのだ、とわかる。
 愛している。愛されている自覚もある。
 それは、同じだとわかっている。
「アキ」
 口をついてでた言葉は、名前。愛している男の名前だった。
 アキはちょっとだけのけぞっていたけれど、視線だけ寄越して返事をした。言葉はなかった。
 呼んだはいいが、何か用があったわけでもない。
 セックスの睦言のようなものだった。
 女のそれではない乳房から、乳頭にかけて舌を滑らせると再び顔が見えなくなった。少しだけ寂しい。
 アキの汗のにおいに混じって、むせるような甘たるいにおいが混ざる。このにおいは好きじゃない。乳頭にピンポイントでデコレーションされたそれを一枚ずつ舐め取るように味わう。ちょっぴりのしょっぱさに混じった甘たるい色のそれはアキの味を消してしまうほどだった。
 自分から言い出したこととはいえ不本意でもあり、けれども弱々しい声を漏らして喘ぐアキは悪くないもので。
 まあ、なんというか。複雑な気分だ。
 聖なる日。意中の人物へあまいあまいお菓子を贈る日。昨今は義理だのなんだのあるようだが、可愛らしいパッケージとあまたるいお菓子は、雰囲気を醸し出す。
 丁寧に舐めても、丹念に余すところなく尽くしているのでなくなってしまうのは思いのほか早かった。
 アキはなくなったことに気付いていない。のけぞり、声を塞いで、色に狂っていた。
 なくなった、と一言伝えてもいいかもしれない。或いは、このまま黙って甘たるい胸やけするデコレーションのない色づいた肌を舐めしゃぶってふやかせてしまってもいいかもしれない。
 或いは、
「アキ」
「ん、だ……さっき、からっ」
 もう片方でも、胸やけしてもいい。
 反対側に舌を這わせる。ちょっぴりのしょっぱさで慣れた口内が、むせかえるような甘さに悲鳴をあげる。
 予想だにしていなかったそれに、か弱く震えるようだった腰が大きくはねた。
「っ、ぁあ…!」
 甘たるい。同じ味が口内を占める。ちょっぴりしょっぱい汗の味はしなかった。
 むっとして、デコレーションで色づけられたそこに歯を立てた。
「あぁっ! なん、…っ」
「……」
 非難から、目を逸らす。
 乳頭に齧り付く。ガリガリ、ガリガリ。歯軋りするかの如く、甘たるいそれを味わうこともしなかった。
「っ、う、うぅっ」
 どうして。双眸が語る。
 どうして?
 考えて、やめた。
 甘たるいデコレーションの隙間から赤い花よりも濃い痕と、歯の形が浮き上がってくる。ちょっぴり小麦を混ぜた肌の色に赤はあまり映えない。それだけに、デコレーションから覗く赤はわかりやすい。
「痛かったな」
「ん…」
 優しく、いたわるように撫ぜる。
 いいよ、と優しい許しが目の奥にあった。
 赤く色づき、くっきりとついた歯のラインは、すぐには薄まらなかった。
「アキ」
 なんだ? 視線が、返る。
 乳頭を口に含む。唇だけでなく、口内に招く。
 瞬間、じゅわっと歓喜に口腔が迎え入れた。
 喉奥、身体のすみからすみまでありとあらゆる水分という水分を引っ張り出す。含まれた乳頭がかたく張りを持ち、ぴんとたって、かたさを帯びた。
「ああ!」
 じゅっぷじゅっぷと、まるで洗うようにして舐めつくす。洗濯をしているようだ。唾液でデコレーションを洗い、ちょっぴりのしょっぱさが出るまで。
「ふ、やめ、やめ…っ」
 ふと、赤子に戻ったようだと思う。母親の乳をせがむ小さな子供。
 ちらと視線を投じると、喉を鳴らす仔猫の姿があった。いや。子供だ。指をくわえている様は正しく。
「アキ。アキ」
「ん、なに、しろ…」
 どっちが子供かわかったもんじゃない。
 アキの手が、後頭部を撫ぜる。宛らそれは聖母だった。体毛の生えた胸板に押し付けられる。
 優しさ。慈愛。
 愛しさ。
 愛しさ。
 愛しさ。
 胸いっぱいに溢れるそれをどう表現したらいいだろう。
 小麦色のちょっぴりのった肌に、薄くはない体毛が優しく頬を撫ぜる。このまま眠ってしまいそうだ。
「シロー」
「うん」
 かたい髪を、梳く。その手つきがあまりにも優しくて、愛しさに満ちていて。
 思わず唇を奪った。
「っん」
 一瞬目を丸くして、それから腕を首へと回された。
 唇の隙間から甘たるいデコレーションを零す。あまいあまい、贈り物。
 ちょっとだけ顰め面をして、受け入れられた。
「ふ…、ん、ふぅ」
 デコレーションとアキを交換する。
 ちょっぴりのしょっぱさもない。あるのはアキの味だけ。悪くない。いや、いい。
 口の中がアキで満たされたことに愉悦を感じ、唇を離す。
 アキの唇の端からデコレーションが零れ落ちていく。
「たまには悪くないけど、やっぱアキがいいな」
「そりゃ、どーも」
 少しだけ上げられた口角は、多分精一杯。ぜいぜいと荒げられた息が耳に心地よく響く。
「な、アキ」
「なんだ」
「もっかいしたい」
「また?」
「アキの味しねぇんだよ」
「俺の?」
「そ。ちょーあまったるいの」
 ちょっぴりのしょっぱさ。筋肉に覆われた皮膚。ちょっぴり小麦色をのせた肌の味は早々離れられそうにもない。
「な。おねがい」
 もうデコレーションは取り払った。赤くなった乳頭がぴんと尖って、愛撫を待ち構えている。
「アキ」
 けれど、あまたるさは消えなかった。
 猫なで声に気をよくした風に、頭を撫ぜられる。
「アキ」
「いいよ。シロウ」
 待てが終わった犬は、飛びついた。
 ちょっぴりのしょっぱさが口の中で広がる。
 乳房から乳輪、乳頭と順に舐めていく。震える身体がたまらなく好きだ。
 厚い胸板は女のような柔らかさも、かと言って吸い付くようなしっとりとした滑らかさもなく、筋肉と厚い皮膚で覆われている。手持無沙汰になった手で胸から腰にかけて滑らせると、しっかりとした身体が間を小さくして呼吸をしているようだった。
 薄くはない体毛に触れた。
 いつぞや抱くのには見苦しいだろうと、今にもカミソリで剃ろうとしていたところに居合わせ、全力で止めたのは記憶に新しい。
 決して、嫌いではない。いや、正直に言おう。好きだ。
 なにも淑やかさや、柔らかさは求めていないのだ。しっかりとついた筋肉、あつい皮膚。ちょっぴり小麦色ののった肌。抱いた時に、腕いっぱいにある身体。
 体毛もそのひとつだ。剛毛というほどではないにしろ、決して薄くはないそれ。顔を埋めた時にふんわり鼻を擽る。真正面から眺めるとなんともまあ色香を感じで愉悦に直結するのだ。
 全力で止める恋人へ、胡乱げな目で見られたのも記憶に懐かしく。
 以来、体毛や身体に関して気に留めることはなくなったが、セックスの時はどうしても気になるようだ。
 ちょっぴりのしょっぱさで口腔を満たし、舌なめずる。
 アキは色落ちた視線を向け、拙い手つきでくしゃりと髪をかき撫ぜた。
「もう、いいのか?」
「んー……」
 本当はもうちょっと愛したい。愛したりないくらいだった。そう言ってはキリがないし、かといって愛したいのはひとつではない。
「こっち」
 髪を撫ぜていた手が、徐に手首を掴み、下肢へと案内する。
「たまには、こっちも愛してやって」
「っ、アキ!」
 ぱんぱんに膨れ上がった肉竿は、ぷるんぷるんと期待に跳ねていた。その下では蜜壷がどくんどくんと鼓動を刻む。
「   」
 言葉は、なかった。
 唇だけで、何を言っているかわかった。愛の賜物だろうか。
 ひとつ頷きを返して、ローションを垂らす。掌の上で温めて、人肌程度になるまで待つ。
 温まったローションを後孔に指に含んで濡らす。
 準備はしている。それでも、これは自分の役割だった。
 あまりすぐには開いてくれないそこも、指一本くらいは侵入を許してくれる。はじめはそれすらも許してくれなかったからか、愛情の積み重ねに思えてちょっとだけ嬉しく感じる。
 指を奥へ進めるごとに、拒むように吸い付く中。蠢く肉が、絡まり、しなだれかかっているようだった。
「ぐっ…」
「アキ」
「んっ」
 両手を広げて、胸へと導かれる。
 だいじょうぶ。だいじょうぶだから。とでもいうように、髪を掻き撫ぜて招いた。
「はぁ…んっ」
 未だに中を探られる感覚は慣れないのだと、アキは言う。
 女のようにしとどに濡れるわけでもないそこは、男同士で禁忌を犯すことを戒めるかの如く、きつく拒み跳ねのけるようで。
 けれど、それを捨てることは頭にははなからない。捨てない。
 拾って、大事に掌に抱えていたい。
「アキ。あとちょっと」
「ん」
 後孔の奥。探る。場所は的確に覚えている。
 アキと何度もセックスした。アキが好きなところも、感じるところも全部覚えている。そこまで辿り着くことが簡単ではないことも。
「アキ。キスしよう」
「キス?」
「ああ」
 唇を差し出す。上から、頬を掴み、降る。
 触れる程度のそれが、いつしか唇を食み合って、舌を絡め取るようなものへと変わる。ゆっくりとぅろりと時間をかけて。
 そして、アキの奥は緩やかに侵入を許した。
「はぁああんっ」
 のけぞる直前のアキの顎を掴み、口づけを終わらせない。
 声すら封じるかのようなキスをした。ぽろりぽろりと漏れ出るそれは、応えようとしている証だった。
「ふ、はぁっ! しろ、しろっ」
「アキ」
「しろ、あぁっ、そこ。そこぉ!」
 奥を突いて、曲げて、掻き回して。
 キスすら出来ないアキは、背中をのけぞらせて鳴いた。
 ぐちゅぐちゅ、とローションの音と、アキの体液が混ざって重なる。指を抜こうとすると、今度は許さない、と絡め取る。ちゅぽん、と抜かれるとアキが物欲そうな目を寄越した。
 次いで、三本の指で掻き混ぜると、大袈裟に跳ねた。
「あああぁっ!」
 すっかり愛しそびれていた胸へ舌を這わせる。瞬間、腰を捩り、いやいやと首を振った。
「なんっ、そこ、やっ。やぁっ!」
 乳輪をこりこりと食む。ちょっぴりのしょっぱさ。好きな味だ。
「しろ、いっぱい、しろう、いっぱいっ」
 髪を撫ぜる聖母の慈愛は、淫らに狂う喘鳴となった。
「アキ」
 もういいよね。
 言外に告げる。
 アキの目が、向く。
 期待を含んだ、怯えで隠したそれが覗いた。
 ぱんぱんに膨らんで、血管がどくどくと傍目でもわかるほど浮き上がったそれを後孔にあてがった。
「んぁ……しろ、の…」
「ああ。俺の」
「ん、ん」
 はやくはやく、と待ちきれない素振りで腰が揺れた。
 口角が上がる。
 見咎めたアキがほんのり恥じらった。止めようにも、どうにも止まらなくて、視線が外される。
「いれて……」
「ああ」
「んっ、あ、ああぁああああんっ!」
 みし、みしみしっ。アキの中を裂き、蹂躙するかの如く侵入していく。
 萎えかけたアキの肉棒を愛撫した。中が少し緩んで、すぐにしまる。
「アキ。いれて」
「ああっ、むり。むりぃっ! はいって! はやくはいって! おれのなかにきてぇっ」
「アキ。がんばって。俺も、入りたい」
「っん。あ、あああっ」
 半分くらい入った。まだアキの中に入りたいと、自身は隆起している。
「アキ」
 こちらを向いた隙に、唇を重ねる。
「っふ、あ……」
「んっ」
 白濁やらローションやらがついて手で、髪に指を通した。小さくない頭が手の中に収まった。
「アキ。アキ。アキ」
「しろ」
「アキ」
 口づける。刹那、ぐっと腰を進めた。
「ふ、ぅっ…!」
 漏れることの出来なかった声が、悲鳴となって聞こえる。
 唇を塞ぎ奪い、ぴったりと重ねあわせる。
「あ……あ……」
 アキは痙攣しかけていて、下肢は動かさなかった。唇だけ愛した。
「アキ。入った」
「………ん」
 小さな返事がなにやらこそばゆいやらなんやらで、自然と唇が緩んだ。
「大丈夫か?」
「たぶん」
「動くぞ」
 応えを待たずして、奥を穿った。
「はぁああんっ」
「っ、ぐ、……」
 きつくしめつけてくる中に、達さないようにするのが精一杯だった。
 引くと、中は行かないで、連れて行って、と言う。
 がつん、と奥を抉ると、漏れた白濁やらなんやらが溢れ、肌と肌が音を立てる。
「あっ、あっ、あっ」
「アキ…っ」
「しろっ。しろ…っ」
 唇を求めたのは、同時だった。
 重ねあわせたのも、また。
「イく、しろ、もうおれ、だめ、イくっ」
「はえーよ。俺はまだまだだ」
「なん…っ。はやく、イって! イってぇ!」
「ムリ。ヤダ」
「出してぇ!」
 先端に爪を食い込ませると、イくにイけなくなった。
 イきたいのにイけない苦しみは分かる。
 だが、肉竿を触ると、ぎょっと目を剥いた。
「や、やめっ、しろ! あああああぁああっ」
 大きな身体が、跳ねる。二度、三度。
 イきたいのにイけないばかりか、刺激を上塗りされて。
「アキ」
 おまえ、本当かわいい。
 自分の下で喘ぐ男。ちょっぴり小麦色をのせたあつい肌。決して柔らかくはない体躯。しっかりとついた筋肉。薄くはない体毛。体液を飛び散らせながらいやいやと泣き喚くのに、もっとして、欲しい、愛して、と正反対のワガママ。
 かわいい。おまえは、本当にかわいいよ。
「アキ」
「んっ、んっ」
 唇を噛み締めて、涙を堪えていた。
 早くイきたい。イかせて、と目が哀願していた。
 ああ。かわいい。
「んんっ、え、あ……ああああああっ」
「ぐ、ぅっ…」
 昂ぶった自身から欲望を解放した直後、せきとめていた流れを明け渡す。
「ひ、ぃいあああああっ、や、やだ、やだやだぁあああっ」
「ふっ、かーわい」
 正体をなくして喘ぐ恋人を、恍惚と眺めた。
 知っているか? これが、俺の恋人なんだぜ?
 全世界に自慢していた。
 コイツ、かわいいだろう?












「はい」
 手渡されたのは、可愛い紙袋。
「サンキュ」
 頬に口づけて、それを受け取った。
「あけていい?」
「あけろよ」
 中には、これまた可愛くラッピングされた箱がひとつ。
「へえ。今年は買ったのか」
「そ」
 ほら。早くあけてあけて。
 急かされるがまま包装紙も取り払う。箱も、いわずもがな可愛らしかった。
 開けると、中にはハートの形のチョコレートがひとつ。
『Happy Valentain』の文字と、『銀四郎』とホイップで書かれていた。
「かわいーじゃねぇか」
「だろ?」
 いやいやと泣き喚いて、喘いでいた姿は何処にもない。着る物もない素肌には、色香がふんだんに纏わりついていた。
「それ、店へ行って頼んだんだぜ?」
「マジかよ」
「恥ずかしかったんだからな」
 ニヒッ、と笑う。悪戯が成功した子供みたいだった。
「一緒に食べてくれる?」
 チョコを齧って、反対側を差し出す。
 きょとんとした恋人が、齧り付くのはすぐのことだった。
「これじゃあ、チョコまみれになっちまうだろ」
 折角買ってやったのに、とぶつくさ言いながら笑っていた。
「それも悪くないな」
「エロオヤジ」
「当然」
 とけるまえにはやく。食べるのも悪くはない。
 さて、どうしようか。
 恋人と笑いながら、チョコを食べ始めた。
 起きたらシーツを洗わないとな、と詮無きことを考えながら。

     
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