序
「あよいしょっと!」
どすん。
地を揺るがす音に続き、首が失われた。
「参りましょう」
「あいよっす」
戦槌を担いだ男は、単衣姿の美しい女の後に続いた。
年の頃は裳着を越えたかどうかだろうか。面差しに色はなく、雪原を写したのような肌にあまりにも白く映えていた。
その後ろを歩く男のいでだちは貧しく、襤褸を纏っていた。肩につるはしによく似た大きな戦槌を担いでいたが、身の丈に合わない。一見すれば男に似合わない大槌に目を剥くだろう。
奇妙な男たちは、夜闇を味方につけていた。
人気はない。
月明かりのみが男達の行く末を知り照らした。
都をあやかしが跋扈するようになり、早幾年。
あやかしはあやかしの、人には人の領分というものがあり、古に作られてより長きに渡る歴史の中でそれが侵略されたことはあれども、闊歩することはなかった。あやかしは悪く人に害なすものと、害をなさないものとがあり、人がそれを理解するには難しく。それを理解し、互いを侵略しないために、いわば己が身を守るためだった。
しかし、近年。あやかしはまるで人のように領分を越え、それだけにとどまらず、人へ害をなすようになった。
これをよしとしないのは当然であり、人としての権利を守る措置でもあった。
古来より人の生活をひっそりと守っていた陰陽寮が表立ち、対あやかしの戦力となって久しい。
陰陽寮の陰陽師は都を闊歩するあやかしを払い、武士と組んで平穏を日夜守るのが務めである。
武士はあやかしを払えない。払えるのは、陰陽師だけである。
しかしながら、陰陽師が払うまでの間にその身を守る術がないため、武士が護衛を任じられているのである。
陰陽師が祓い、武士が守る。
どちらかが力及ばず倒れることも許されない天秤は、実に微妙な力加減で成り立っているのである。
「オンキリキリオンキリキリ」
「冬花。やべえぞ! 押してきた!」
「オンキリキリオンキリキリ」
祓え言葉を唱える間、武士はあやかしをたたく。が、物理的な力で敵う相手ではないので、時間稼ぎにしかならない。
「オンキリキリバサラソワカ!」
ぐぅおおおおおおお!
顎をこれでもかと開き、無数の手を伸ばして抗う。
力と力が拮抗し、精神をがりがりと削るようだった。
かっと開いた双眸が、負けじと睨み返す。
ふつり、と力が消えたかと思うと、さらさらと消えていく。
「今度ばかりはひやひやしたぜ」
「行くわよ」
「おうともさ」
ひらりと単衣を翻し、冬花は夜道を歩いた。
今日は、月がない。あやかしの往来である。
いくら陰陽師と雖も無限にわいてでるものを相手取っていてはきりがない。こんな夜更けに出歩く阿呆は放っておくに限る。
「首なし、今日は帰りましょう」
「いいのか?」
「他の方達もそうするでしょう」
「あいよっと」
今がちょうどきりの良い時だ。
月明かりもない時分。みずみず敵の手中に入り込む必要はない。
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