4
―――――聖

それだけでよかった。

―――――聖

高望みなんてしない。

―――――聖

奪うつもりもなかった。捨てさせるつもりも。

―――――聖

梓、と。呼ぶ声に応えがあるから。










あれから、三日間。
聖はオッサン―――もとい、真行寺梓に監禁された。
快楽漬けにされ、梓なしではいられないまでにどろどろに溶かされた。
三日経ち、解放され、聖は突然舞い降りた吉報を信じられなかった。
驚き固まる聖をよそに、梓は金を渡してきた。それを受け取り、部屋を出た聖は一目散に走り出した。
数日ぶりのアパートの部屋に戻るまで、止まらなかった。アパートに着くと、布団を頭から被って潜り込んだ。
夢のような三日間だった。現実とは到底思えない、三日。
オッサンはずっと野獣のように、時にはがらりと変態くさく、聖を求め続けた。梓にすっかり飼い慣らされた聖は、与えられる快感に素直に応えた。
信じられない。この自分が、あんなオッサンにこうまで懐柔されるなんて。一生の不覚だ。
………でも。
そっと、腹を抱く。
ここに、梓のぶつけた熱があったのだ。なんの障害もない、熱が。
ほぅ、と小さく息づく。知らず頬は紅潮した。
ここに、梓の熱が……。
未だ飼い慣らされ疼く体を鎮めつつ、聖は夢の世界へ無理矢理旅立った。



それから、四ヶ月。
「おまえ、何した?」
聖は馴染みの医師のいる病院へ行った。
相も変わらずクラブで大金を巻き上げていたが、ここ最近酒どころか食事も喉を通らず。とうとう今日店でふらつき、オーナーに病院へ行くように言われてしまった。
稼ぎ頭とはいえ、無理して倒れられたら元も子もない。というのは、額面通りの意味だろう。
仕方なしに、昔から聖を診察してくれているこの医師に連絡をとり、早いうちがいいという言葉に従い夜間ではあるものの診察してもらった。
そして、冒頭の台詞である。
聖は首を傾げる他なかった。
「男でもあるから、だろうな。女に比べて出っ張らないのは」
「は?なにいって……」
「ここ」
戸惑う聖をよそに、医師は先程撮ったものを見せる。中央には、うっすらと何かの形があった。
「ここに、子供がいる」
「………え?」
何を言われたのか、理解出来なかった。
しかし、妙に頭が冴えていて、思い当たる節がすぐに出てきた。
「おまえは用心深いからな。俺もまさかとは思ったが……父親は誰だ?」
分かっているのか、とは言われなかった。
聖は体を開かれるくらいなら舌を噛んで死ぬ。それなのに、ここにこうして子供がいる。
四ヶ月前から、腹に命を宿すことを許した相手。
あんなことがあっても素知らぬ顔で店を訪い、聖を抱き、何度も監禁された。
その男との子供が、ここに?
でも、待って。
聖は許していた。抱かれている時だけは、欲した。男との命を。
けれど、男は?
聖は梓のことを何も知らない。名前と、会社を経営していること以外何も。
それだけの行きずりの男との子供。
梓は、欲しているのだろうか。物珍しく手を出しているのではないか。聖に好意があっても、子供までは欲していないのではないか。
聖の胸をもやもやと蜷局巻くものが鎮座した。
「…………おろ、す」
聖は、重たい口を開いた。
言われた台詞に医師は目を丸くする。
「は?」
意味が分からない、とでも言いたげな表情。
当然だ。
でも、ダメだ。
「……この子とは、ここでお別れだ」
つ、と目から零れたものが頬を伝う。
そんな資格もないのに、と責める声が聞こえた。
知ってる。だけど………でも……だからこそ、この子は抱けない。
だって、望まれない子にしてしまうのだから。
「聖」
「手術……いつなら空いてる」
「聖」
「出来るだけ、早くで……」
「聖!」
咎める声に、聖は俯いた。
きっと、いつかは。
マトモな家庭を築けると思ってた。誰かを愛し、愛されて、絵に描いたような家族を作れると。自分が男としてでも女としてでもどちらでもいい。子供がいてもいなくても。
それだけが、唯一の支えだった。
それも、今日までの話。
今日からは罪人だ。人一人殺して望みを叶えられるはずもない。
俯き、何も言わない聖に、医師は嘆息した。
「分かった。明日、ここに来い」
それは、まるで―――、
「……はい」
死刑宣告のように。





「申し訳ございません。本日、セイは休みでして……」
「休み?今日は出勤だろう?」
真行寺梓は、一つのクラブを訪れていた。
一年ほど前から通い続けているこのホストクラブは、そこらへんにあるようなもので、とてもではないが梓の来るような高級な場所ではない。庶民じみたところだ。
唯一違うのが、看板ホストであるセイである。このセイという男は、精悍で、男も女も虜にする魅惑的な人間だった。高級クラブから引き抜きの話もあるようだが、それらを全て蹴ってこの庶民じみたところで頂点に立ち続ける。
正直、梓はセイ以上の美しい男を見たことがない。それも、男らしい美しさなど出会ったことがない。
一目惚れし、通い続け、四ヶ月前。漸く体を手に入れた。
それからは、時間をかけ、徐々に心も手に入れている。
はずだったのだが、これは一体どういうことか。まさか逃げられたのだろうか。
疑心にかられたが、ボーイはその可能性を否定した。
「ここのところ体調が悪かったようなので、オーナーに病院に行けと言われて」
「体調が?」
ここ最近会社が思ったより忙しくなかなか来ることが出来なかった。三週間ぶりにやっと会えると思ったら具合を悪くしているなんて。
これは、お仕置きかな。
梓はほくそ笑んだ。
「真行寺様?」
「ああ、いや。気にしないでくれ。ところで、病院の方は分かるか?」
「あ、オーナーにきいてみます」
「頼む」
そして、この時、まさか愛した人が苦渋の決断をしていたとは知る由もなかった。
     
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