30.December
「おや?」
「あ?」
「……」
「んん?」
クリスマスは定期試験の復習に追われて、おれは辛島の家に入り浸った。と言っても、おれは家を追い出されてるから、辛島の家に入り浸ったとしても心配する親も家族もいない。
でも、辛島の両親は……えっと…そう、多忙なだけであの家には帰るらしい。だからなのか、何故か辛島はおれの家に入り浸る気満々らしく、よく泊まっていこうとする。
「無理」
けど、それだけは無理。マジ無理、ちょー無理、ぜってえ無理。
「何で」
あぁぁぁぁぁっ!!絶対こんな風になるから、言いたくなかったんだよー!!
こんな思いを毎日するが、実は日に日に機嫌は悪くなる。いや、仮にもこ……こ……こ、恋人……だ、だから!!お泊まりもありだとは思う。つか、ありだろ。そう言う関係なら、無い方が有り得ないていうか…。
「い、いや…その……あの…」
「何だ。口ごもるようなことか」
「う、うーん……」
言えない。おれが辛島の家に入り浸っている理由も含めて、招待したくない理由。
詰め寄ってくる辛島から必死に目を逸らして、だけど追ってくる辛島に気まずい気持ちになりながら、目が合わせられないことを申し訳なく思う。かなり。
おれが目を逸らすことに、溜息をついた辛島は、腕を組んで目を追うことを止めた。ビクビクしながら、それを気配でしか確かめられないことが不甲斐なく思う。
「浮気か?」
「な…っ、ち、違う…!」
ちょっとだけ。悲しげに言うから、慌てて否定した。その勢いで顔を合わせてしまうと言う失態をしてしまい、辛島と真っ正面から視線が重なった。
しまった。そう思った時には、辛島の次の質問が降ってきた。
「じゃあ、何だ」
「ううっ…」
ああ、引っかかった。辛島のこーみょー(巧妙)なワナ(罠)に引っかかってしまった。これは、言うまでたいこう(追求)の手を止めない。
言うしかない。それは分かる。分かっているのだが、それを実行に移すにはおれのちっぽけなプライドと戦わなければならない。おれの精神的被害が、大きいのだ。
だけど、それを言えば、きっと辛島は呆れる。そんなことも出来ないのかって、きっと呆れてしまう。
「そう…」
「あ…」
とうとう辛島は諦めて、視線を逸らされた。
ダメだ。
このままにしたら、多分、ダメだ。
「辛島!」
「…笠間?」
決めたら、辛島の制服のそす(裾)をぐわしっとつかんで引っぱって呼び止めた。十分の九が勢いだったから、後で後悔するハメになるのは見え見えだ。
だけどこの時、おれはそんなこと全く考えてなくって。ただ、辛島をガッカリさせたらダメだって気持ちの方がデカかった。
「待って」
「笠間…?」
「お願い、待って。辛島」
辛島は、おれにいろいろ教えてくれた恩人で。おれの一番で。
「来て」
「…笠間」
「来て。辛島」
「だけど…」
「そのかわり!」
だから。
「ぜったい、嫌わないで」
辛島が嫌がることは出来ない。
やっぱり、連れてこなければ良かった。おれの家の惨状を見て固まった辛島の隣で、おれは思った。だから嫌だったんだ。
窓ガラスはその役目をはたしていないし、ところどころヒビが入ってたり、わられてたりしてすげえ寒い。オマケにゴミが床に散らかってて、虫がそこらへんをちょろちょろしてる。それだけならいいが、ゴミじゃないものもゴミに混ざってて、ハッキリ言って汚いとかのレベルじゃない。
においもスゴいし、このマンションに住んでるのがおれだけだからいいものの、もし人が住んでたら迷わず百当番されるくらいの――ゴミ屋敷。
「辛島…」
なんにも言わない辛島に怖くなって、おれはビクビクしながら顔色をうがかって(窺って)いた。けど、辛島はふむと顎に手を当てて何か考えていた。
そして、
「これだから、連れて来たくなかったんだね、笠間」
「……うー…」
ニッコリ笑顔で、そう言った。
おれは変な声をあげることしか出来なくて、その笑顔がなんだか怖くって、言葉一つ吐き出せなかった。そんなおれにお構いなく、辛島はさてと、と玄関を開けた。
「辛島!」
きっと、呆れられちゃった。呆れて、嫌われた。そう思ったらいてもたってもいられなくて、辛島を呼び止めていた。また後悔することになるかもしれないけど、今はそれよりもまず、辛島がおれを嫌ってしまうことの方が重要だ。
「何してるんだ、笠間」
「…あい?」
おれの気も知らず、辛島はおれの方を振り返って何でもないことみたいに言った。え、おれがバカなの?おれ、おかしい?え、今の流れだったらあきらか違うよね?
「掃除セット買わなくちゃダメだろ。これじゃ、俺も住めない」
「……辛島…!」
うんって大きく頷いて、おれは玄関から外に出た。
あ、鍵閉め忘れた。
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