December25
コイツは、俺をなめてんのか?
終業式が終わって、ゆっくり帰る準備をする存在がたらしな男を振り返り、ツカツカと歩み寄った。クラスメートはそんな俺の奇行に慣れたらしく、最初は五月蝿かったのも、今では気にする素振りも見せない。
人の噂も七五日とはよく言ったもので、否、一週間も保たなかった気がする。まあ、俺にとって好都合だから歓迎されることである。
「おい」
だけど、未だにコイツの名前を呼ぶことには慣れない。クラスメートが俺の奇行に慣れても、当の本人が肝心なところで慣れないなんてダサい。ダサすぎる。だから、絶対言わないし、バレたくない。
俺の一体何様だと言う様な呼び掛けに気を悪くした素振りも見せず、コイツはたらしの笑い方で返事をした。コイツにその気が無くても、存在するだけでたらされる奴は腐る程いるって言うのに。コイツはそんなこと分からないから、へらへらと馬鹿の一つ覚えみたいに笑う。
何とか照れと言う大きな壁を乗り越えて、クリスマスの予定を聞いた。毎年家族と過ごすクリスマスは、兄が俺を馬鹿みたいに苛めてくるし、弟と兄弟の中で紅一点の小さな妹は五月蝿いと叩きたくなるくらい騒ぐし。家は仏教だっつーのに、ギャーギャーワーワー騒々しいし。
まあ、多分、それは普通一般の家庭なんだろう。
今年も思いもよらず、コイツと過ごせそうだから、俺はうっかり浮かれてしまっていた――コイツの答えを聞くまでは。
「ううん、一人だよ?」
「は……?」
耳を疑った。
が、俺は、もしかしたら聞き間違えたのかもしれない。コイツはいたって平然としているし、クリスマスに一人なんて、んなアホな。
そう思った。
けど、俺の淡い願望もコイツによって打ち崩されてしまった。
「お、お前、一人って…家族は……」
「アメリカ」
恐る恐る聞いた言葉も、さらりと、まるで明日の朝食うどんって言うみたいに流された。けれど、今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
待て待て待て。ここで一つ、混乱した頭を整理してみよう。
コイツと出来たらクリスマス一緒に過ごしたいな、なんて何処の少女漫画のヒロインだと言わんばかりの、今時少女漫画でもいない乙女を発揮した俺。だが、そこは敢えて表に出さず、努めて慎重にクリスマスの過ごし方をコイツに聞いた。
うん。今考えても、よくやった、俺。褒めどころしか見当たらない。
が、問題はここからである。
ところがどっこい。コイツは一人で過ごす予定だと言ったのである。一人?んなわけあるか、と笑い飛ばせなかったのは言った奴がコイツだからに他ならない。コイツがそんなクソつまんねえ、何の特にもなんねえ冗談を言う奴なら、とうの昔に股にぶら下がるブツを不能にしてから縁切ってる。
笑い飛ばすには相手が悪く、言葉に詰まってだが理由を聞くと返ったのはアメリカ。そう、あのアメリカ。自由の女神や国連の本拠地がある、ワシントン、ニューヨーク、ヴァージニア、フィラデルフィア、アラスカ、ボストン、ロサンゼルス等々がある。
あの、アメリカ。
俺は笑うに笑えなかった。またしても、笑うには相手が悪く、しかしコイツは今更異常に気付いたようで一人暮らしだとさらっと、否、ぺろっと白状しやがった。
「そんなことはさっさと言え!こんのボケナスが!」
と、俺がブチキレたのは仕方のない話だ。
…………うん。
あの後、すったもんだあったが、無理に押し掛け今日――クリスマス本番二五日。
隣ですうすう寝るコイツに、俺の眉間の皺は深く刻まれる。
隣で寝るのはいい。俺が隣で寝ればいいだろうがボケと、無理矢理押し込んだから。本当は一緒に寝たかっただけだが……ムカつくから、絶対言ってやんねえ。
だが、これはなんだ。コイツは、俺をなめてんのか。
普通、こういう場合、腕枕して先に起きておはようと言うのがお約束だろ。……乙女ではない。決して。
百歩譲って、寝ててもいい。だが、これはなんだ。
「俯せとか、シネ」
何で、顔あっちで俯せで寝てやがるコノヤロウ。腕枕も千歩譲ってしなくてもいいにしろ、顔くらいこっち向けろや、ゴルァア。離婚前の夫婦か。不吉だな、ええ?
あんまりにもムカついてムカついて、こんな気分で起きたのが俺だけなんてムカつくから、ベッドから下りてコイツの体を俺が寝ていた方に勢い良く引っ張った。見事、コイツは引っ張られたが、ぐっすり眠っていたのに妨げられ、まだ眠たげに瞼を擦りこちらを向く。が、構ってられるか。
俺は再びベッドに乗り上げ、コイツを乗り越えてコイツが寝ていた場所に寝た。顔を向けなかったのは、ほんの少しの仕返し。
朝の奇行に、コイツはよく分からないと言った顔をしていた。が、すぐにまたたらし笑顔を向けてくるのが分かる。
「メリークリスマス、秋音。おはよ。……ごめんね?」
俺の体がコイツに向けられ、またベッドに潜ったコイツの左腕に抱き込まれるのはすぐだった。
(……メリークリスマス…………。厚真)
ちゃんと、次に起きた時に言うから。
今は、このまま眠らせてくれ。
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