「あぁぁあ、あぁっ、あ、ああああああああああああっ」
 悲鳴混じりの声が、内殿から聞こえる。それは、内殿の中央にある華祚殿からだった。
 華祚殿の前には、王と医官が不安げに右往左往しており、時折中から尚宮や内人、医女が出て来たりと慌ただしい光景を見せる。
「まだか!安御医、中殿は……中殿は、無事なのか!?」
「殿下。落ち着いて下さい。私共の見立てでは、母子共に健康でした」
「だが、何時間もこうしている!中殿は…中殿は…」
「予定日当日に来ました。安心して下さい」
「しかし…」
 その時、王の思考を遮るようにして再び大音声の悲鳴が聞こえた。それに王はビクリと肩を揺らし、不安げに華祚殿を振り返った。
 しかし、その直後に赤子の泣き声が聞こえた。王とその場にいた者達は顔を見合わせ、歓喜に表情を彩った。
「おめでとう御座います。公主媽媽です、中殿媽媽!」
「ハ、ァ……ハァ…」
 中殿は意識朦朧になりながら、医女の抱き上げた娘を見ていた。生まれて間もない娘は、老人のようにしわくちゃの顔をしていて、手も小さいし丸いししわくちゃで。可愛くなかった。
「可愛いな。お前に似ている」
 けれど、可愛かった。王がそう言うように、自分に似ているかは分からないが、こんなに不細工なのに可愛かった。
「名は藤の花が繁ると書いて繁藤、封号は梓が繁ると言う意味で隆を使い、梓隆とする」
「はい、殿下」
「よく頑張ったな、柾」



 とてとてとて。可愛らしい擬音が付きそうな足取りで走る幼子がいた。着物からして、男だろう。
 その前を歩くのは、少年より幾分か大きい少女だ。少年より二倍程、背丈はある。
「あねうえ、まってください」
「うっさいわね。早く来なさい」
 姉と呼ばれた少女は口調はお世辞にもいいと言えず、秀麗な美貌を誇るものの眉根を寄せており台無しだった。しかし、弟が可愛らしい足取りで走っていて転けたりすると、早くしろと言いながらも歩みを止めていた。「丞。とろとろしてると、置いていくわよ」
 そしてまた転んだ弟に、少女は厳しく言い放った。が、やはりその視線は弟に向いている。
「うぇ……あねうえぇ…」
「あーもう。うっさい、つーの」
 そう言いながら、ピーピー泣き出した弟の手を引っ張って無理矢理立たせた。そして、パンパンと土を払ってやると、額にデコピンをお見舞いした。
「アンタ、将来父上の跡を継ぐんでしょ?王になるんでしょ?それなのに、ピーピー泣いてみっともない。それでも男なの?」
「あねうえ…」
「全く……さっさと行くわよ」
 そう言って、今度は弟の手を引いた。
「今日は母上のお誕生日なんだから」



 瑞雨王が王配―中殿を迎えて一六〇年になる。今日は、中殿の誕生日であった。遙々他国から使臣は中殿の誕生日を祝い、中殿も王の隣でにこやかに応対した。
「まさか、て…いえ。中殿媽媽のお会いしたい方が、瑞雨王だったとは…」
「はい。私も吃驚しました」
 何せ初めて会った時は、見窄らしい格好だったのだ。
「ですが、こうしてお会い出来たことをお喜びでしょう?」
「ふふ。まあ…はい」
 実は、大胆にも王である王なんて嫌いだなんて言ったのだが、隣に座る王が途端不機嫌を隠そうともしなくなったので黙っていることにした。流したことで何か悟ったのか、使臣―郡夫人王氏香慶君はほくそ笑んだ。その隣には夫慎昭大君魯薺が、香慶君を愛おしいと言わんばかりの目で見ていた。
「兄上。会いたい人がおられると言って出て行ったあなたが、まさか他国の王配になるとは。帝王殿下も大層驚いておられましたよ」
「ふふ。だろうね。兄上の驚いた顔、見たかったな」
 冗談混じりに微笑む中殿に、大君と郡夫人は同様に笑った。中殿の隣の王も仕方ないといった顔で、大君に話し掛ける。
「義兄殿にも、宜しく伝えてくれるか、義弟」
「はい、上監媽媽」
「殿下。元子媽媽と公主媽媽がお越しです」
 談笑を中断するように、尚宮の声が入り、王は通すように伝えた。
 とてとてとて。と、可愛い足取りで元子は四人の前まで来るとペコリと頭を下げた。公主も同じ様に頭を下げると、二人のことが気にかかるのか王に視線を寄越す。
「ああ、元子、公主。紹介しよう。中殿の弟の慎昭大君と郡夫人香慶君だ」
「初めまして、元子媽媽、公主媽媽」
「初めまして」
 二人は一礼し、挨拶をする。元子もペコリと頭を下げ、公主も一礼した。
「お初にお目にかかります、大君媽媽、郡夫人媽媽。郡夫人媽媽は眞凰国のご出身だと伺いました」
「はい。そうですよ、公主媽媽」
「眞凰国は天と地を繋ぐための国だと聞きました」
「では後で、特別な御仁も招いて眞凰国について、お教えしましょう」
「特別な御仁…?」
「はい。特別な、御仁です」
 特別な、をやけに強調して言われた公主は首を傾げ、誰だか察しがついた王と中殿はバレない様に苦笑した。後に公主は、それが、世界の王である黄帝と黄后夫婦だと知ることになる。
「ギャー!!先に言いなさいよ、あのバカップル夫婦!!」
「あねうえ。どうされたのですか」



 晦源二一二年、中殿張氏崩御。王、明烈大彦顕懿王后の諡号を贈る。
 翌年、淑媛金氏中殿に迎える。勇夕君を王子君から大君へ追封。
 晦源三百年、勇夕大君を世子に冊封。
 晦源三八一年、王崩御。去年四二三歳。世子、温宗の廟号を贈り、三ヶ月喪に服し、同年即位する。年号を鳴朗と改め、中殿金氏を大妃とする。
 鳴朗百年、王、婚姻をしないと宣言。大妃、文武百官これに諫言するも王、耳に入れず。座り込みを始める。
 同年、留学生、胡蝶花帝国隆宗の第二帝子錦昭大君と夜を過ごす。同年、錦昭大君懐妊。国、これに喜び祝福し、錦昭大君を中殿に迎える。
 翌年、中殿魯氏公主出産。王、封号を梓隆とし、名を繁藤とする。

 鳴朗一六六年、大妃金氏崩御。王、定礼献徳安王后の諡号を贈る。

 鳴朗二五六年、中殿魯氏懐妊。翌年、大君出産。
 鳴朗二五九年、大君丞元子に冊封。
 鳴朗二六三年、元子を世子に冊封。

 鳴朗六八二年、王配魯氏崩御。王、相馬寛弘破明文漢王配の諡号を贈る。又、陵墓を水胡陵とする。

 鳴朗八五二年、王崩御。世子、荘宗の廟号を贈り、一年喪に服し、即位。年号を完楽と改める。
     
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