『王であるあなたなんて、嫌いだ』



「あなたに、お会いしたかった」
 一度呟けば、後から後から仕舞っていた言葉が吐露された。
「私に王族としての務めを果たせと言ったあなたに」
 どうしても会わなければならなかった。
「なのに、何であなたはそうなんですか」
 王族であったなら。継承権もない、末端の王族と言う名の何をしても縛られることのない身分であったなら。
「会った時に、何故言ってくれなかったんですか」
 そしたら、この気持ちも片が付いたのに。
「王であるあなたなんて、嫌いだ」
 語らうことも困難を極める人なんて、雲の上の存在なんて、嫌い。あの瞬間がもう二度と帰らないことを知っているから、嫌い。
「主上殿下」
 私はただ、会ってまた話をして、夜を徹して語らい合って。国の在り方とかを論じて。
「殿下」
 だけど、違うんだ。
「殿下……殿下…」
 嘘じゃない。この気持ちを一両日経たない内に否定する気なんてない。
 だが、違うのだ。
「嫌いに、させてくれない殿下は……」



 声が、聞こえる。知っている声だ。だが、あまりにも切なくて手を差し伸べたくなる程弱かった。
 どうした。何があった。何がお前をそうさせた。
 その声が涙を流しているようで、涙を拭いたいと思うのに姿が見えず、誰かも分からず。
『あなたに、お会いしたかった』
 声が、そう言った。
 なら、会いに来ればいい。そう、思った。
『私に王族としての務めを果たせと言ったあなたに』
 そんなことを言ったか。真っ暗闇の中、考えた。言ったかもしれない。そう思って、声が会ったことのある人物のものかもしれないことに気付いた。
『なのに、何であなたはそうなんですか』
 何かしただろうか。責める言葉なのに、あまりにも悲嘆に暮れていたから、逆に何かしてしまったかと責めることを躊躇わせる。
『会った時に、何故言ってくれなかったんですか』
 何を。そう聞こうとして、口を開く前に声が聞こえて口を閉ざす。
『王であるあなたなんて、嫌いだ』
 ああ、お前もか。お前も、【俺】を嫌うのか。どうでもいい、嫌い、そんな負の感情を向けられて来て。
 たった一人でも、好きと言ってくれないことが悲しくて。
『主上殿下』
 声が、呼ぶ。
『殿下』
 俺を、呼ぶ。
『殿下……殿下…』
 弱々しく、名前ではなく俺を呼ぶ。
『嫌いに、させてくれない殿下は……』
 俺は?
『嫌いです』
 ああ、お前もか。
 勝手な期待だったが、落胆もそれなりに大きかった。嫌われることも、いない存在とされることも、どうでもいいような赤の他人の視線を向けられることも。
 だけどこの声には、勝手に変な期待をしてしまうんだ。



「嫌いです、殿下」
 ああ、あの声だ。
 王は開眼一番に、ぼんやりとした定まらない視界と思考の片隅でそう思った。どうしても、弱い声の顔が見たくて。寝起きで鈍った頭を、声の方へ動かした。
 ……驚いた。その相手は、顔を手で覆って声を殺し泣いていた。視界に入ったそれに戸惑い、やがて内官に誰も近寄らせるなと言ったことを思い出す。それなのに、入って来るなんて。しかも、何故か泣いている。正直、どうしたらいいか分からない。
 相手が、あの錦昭大君だとすれば、尚更だ。
「嫌い、嫌い嫌い嫌い嫌い!」
 嗚咽が煩わしくなく、逆に耳に心地良かった。大君は、王が起きたことに気付いていない。
 恐らく、夢にまで聞こえた声は大君のものだと見当が付いた。人が寝てる横で、散々ボロクソまくし立ててくれるもんだ。しかも、王の横で。
 状況から察するに、無理矢理押し入ったのだろう。内官達の制止も聞かず、誰も入れるなと言い、自分のことを棚に上げて。
 そう考えると、自分の話を聞いていたのか怪しい。王族として行動を慎むかと思えば、なんとまあ大胆なことをしてくれたもんだ。
「でも……」
 嗚咽が、僅かに収まる。さっきよりかは幾分かマシになったので、奇妙に思って様子を伺う。
「王であるあなたを見た時、尊敬した」
「……は?」
 小さく小さく。大君の声より弱く、迫力のない声はどうやら聞こえなかったらしく安堵した。
 それに気付かず、大君は尚も吐露する。
「あなたは王で、嫌なのに。なのに、あなたは王だった。お慕いしているだけだったのに、敬慕してしまった……」
 まさか。
 まさかまさかまさか。
 王は瞠目したまま、内心期待が膨れ上がるのを感じていた。生母にも捨てられ、父にも愛されず、大妃となるためだけに王位に捧げられた供物となってから、忘れた期待が。
 結婚も、家庭も、子供も。幼い頃から描いていた夢を諦めてでも、この国の理不尽を絶やすために忘れた期待が。
 しかし、こちらの気など知らず、大君はその独り言を止めない。
「嫌いです。一番、嫌い。嫌いにさせてくれないなんて、意地悪です…」
 ああ、なんて。
「ちっ……」
「……え……」
 なんて、
「……こんの馬鹿野郎が」
 なんて、愛おしいのだろう。
「殿下……!?」
 あまりにも、期待を裏切る答えに抱き締めずにはいられなかった。いい意味で、忘れた期待を蘇らせる。
「俺は元々、側室の子だ」
「殿下」
「大妃媽媽を母とも呼べず、私は一度捨てられているから、大妃媽媽が正室となり息子と先王殿下に認められても、大妃媽媽は息子として扱わなかった」
 興味がなかったのだと思う。正室となれば、もう、必要無かったのだ。
 結局自分は大妃の野望のために生まれ、それが叶っても叶わなくても捨てられるのだ。そう思って、期待も望みも捨てた。
「だから、子に同じ思いをさせないために結婚しないと宣言した」
「殿下、それは…」
「分かってる。国を滅ぼすことだ」
 父が治めた国を滅ぼすことに抵抗はあった。それを、瓊玉や秀峰を理由にして正当化しようとした。
 だが、そんな自分にも夢はあるのだ。
「本当は、家庭を持って、家族と過ごしていたかった。だが、それは諦めなくてはならなかった」
「殿下」
「頼みがある」
 だけど、
「俺の王配になってくれ」
 彼となら、一度諦めた夢を叶えられると思うのだ。
 愛したいと言う、夢を。
     
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