瑞雨は医療大国として、その名を大陸だけに留まらず世界に知らしめている。医療と言っても、新たな医術書や病の治療法など、その幅は広く、病にかかれば瑞雨に行けと言われるほどであった。
 しかし、何も瑞雨の特徴は医療だけに及ばず。桃李大陸と言う南の島にありながら、砂漠に囲まれているわけでもなく、寧ろ異常気象で雪に覆われた国としても有名なのは周知の事実だ。更に、国境は多少薄くななっているものの、雪が積もっており、隣国にその雪が降ったことが一度もないことも有名である。
 季節はあるが、北国以外の諸外国から見れば年中冬にしか見えない瑞雨の王は、今だ、大妃と文武百官に座り込みを続けられていた。王が結婚はしないと宣言したことから始まった、この先の見えない政争は、若しかしたら何れ来る大きな嵐の前兆かもしれないのだ。どちらも互いに譲れなく、互いに互いの言い分は認めても、己の意見を貫かねば党派が血の粛正にあう。そう考える臣下は、何としても王命を捻じ曲げる気でいた。仮令、命を賭けようとも、その姿勢で臨まねばならなかった。
 そんな政争真只中の頃、胡蝶花帝国から使臣が来た。使臣は議政府右議政と堂上官礼曹参議だった。
 それと、先帝第二王子錦昭大君。
 最初にこの報せが耳に入った時、王は真っ先に己の耳を疑った。確かにあの王子は国に帰ったはずで、それならば今頃は王を支えているはずだった。実際、王になれなかった王子の末路は決まっているので、生き残るとしたらそれくらいしか方法がないから、当然そうだと考えていた。
 が、突然の来訪に瑞雨王が目を丸くしないわけがない。しかも報せが来たのは、使臣が来る一週間前。明らかに、それ以前に報せがあった筈なのに、使臣を迎えるのに十分な時間があるとは到底思えない時期ときた。
 王は痛みを訴える頭を押さえ、今更報告して来る臣下にどう言えばいいのか思案するが、これも政争の内だと思い至った。「我々、臣下一同の意に逆らえば、次はこれで済まない」と、脅しているのだ。内政の内、外交と儀式礼儀を司る礼曹の報せは掌の中に握られている。他も握っているから、早く折れろと圧迫してくる臣下。
 そんなものを、本当に臣下と呼んでいいのだろうか。否、臣下と呼んでも、その中の姦臣に分類されるだろう。己の利権が重なった時だけ、国の根幹や規律、秩序を持ち出すのだから。
 しかし実際その裏では、目も当てられない惨状を生み出しているのだ。
 これは、何としてでも勝たなくてはならないなと王は息吐いた。
「主上殿下、大妃媽媽がお越しです」
 来た。
 息を吐いた瞬間に、噂をすれば影、親玉が来たと頭痛を催しそうな頭を押さえつつ、通せと命じた。ここで謁見を拒否しようと、どうせ座り込みを目と鼻の先で始めるに違いないと予想してのことだった。
 大殿にズカズカとまるで我が物顔で入って来た大妃は、とても生母とは思えない口調で、退いて下さいとまず願い出た。早速来たかと、ちょっとは長々しく前置きくらいしたらどうだとは思うものの、生母とは言え一度自分を捨てた大妃にとっては造作もないことだろう。
「大妃媽媽。お言葉を返すようですが、今の臣下達は民のことが頭に入っているとは到底思えません」
「だから何ですか」
「官吏や王が考えることは、民のこと。それが第一です。そうでないなら、滅びたところで、他国が領土を分割して、そっちの方が民のためになります。幸い、大陸には守護国家の本貫を治める秀峰がありますし、その隣国には瓊玉もあります」
 だから民が流民となることはないと、暗に言い含めた。
 それにしても、と王は溜息を吐きたくなる。幾らその地位のために息子を捨てようがどうしようが構わないが、まさか堂々と民のことを考えてないと公表するとは。流石の王も、呆れて二の句が継げなかった。
 だから、なのだ。民のことを考えない王室なんて、いっそ潰れてしまった方がいい。
「民のため?何故、私達が民のことを考えねばならないのです」
「大妃媽媽。お言葉が過ぎます」
「いいえ、主上。表向きは民のためと言えばいいのです。そのために官吏達はおり、又、重臣達が利権を握るのは至極当然のこと」
「いいえ、大妃媽媽。民は人間です。大妃媽媽の考えているような、家畜同然の存在ではありません」
「何を言っているのですか、主上。誰に毒されたのです?それに、彼らは当たり前のことを言っています。私達王室の人間が威厳と権利を保つために、重臣達にお零れを別ける。そうやって王室は成り立っているのです。そのためには、重臣の人質を受け取らねばなりません」
 元々、その存在こそが嫌悪の塊でしか無かったが、それでも生母であるからこそ、その感情が前に立った。だが、それなのに、とても王室の人間とは思えない発言をするこの人は。本当に、自分の生母なのかと疑う発言をいとも容易く連発してくれる。
 何を言っても無駄だと諦めた主上は、溜息を吐いて、下がる様に命じた。今回は下がるが、次は無いと、一国の主をしっかりきっちり脅してくれてから、やはり威風堂々威厳を保ちながら下がった。
 その威厳も、王にとってはみすぼらしく見えたが。
     
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