「てなわけですよー」
「分かった。……分かったが、何故お前はここにいる?」
 翠嵐大陸縹草大皇帝国皇都枝垂にある皇宮にて、皇帝河大蛇は呆れた体で髪をかきあげ額にかきあげた手を当て肘を着いた。対峙して座るのは胡蝶花帝国主上の王弟、先帝の第二王子錦昭大君魯柾。そして皇帝の隣には、ちょこんと控え目に座っている青年がいた。長い髪を後ろで緩く結い、尚宮が入れた茶を音も立てずに飲む姿はまさに高貴。
「皇后」
 皇帝が隣の青年を呼ぶ。皇后と呼ばれた高貴な御仁はじとりと睥睨すると、乱雑に茶器を置いて皇帝の顔を見上げた。そして、文句たらたらと言うように眉を上げると、漸く重たい口を開いた。
「何度言えば、皇配と呼んでくれるのですか。殿下」
 切れ長の細い瞳を皇帝に向け、鋭い視線を浴びた皇帝は分かったと肩を竦めた。どうやら常日頃からの癖らしく、皇帝は慣れた体で尚も言い募ろうと口を開きかけた皇配が声を発する前に、話の続きを促した。
 視線でさっさとしろ、折角の久し振りの夫婦の時間を邪魔しやがって、コノヤロウ。と言われた、錦昭大君は微苦笑しつつ話を続けることにした。馬に蹴られるのはごめんだ。
「瑞雨に寄る前に、寄りたかったからね。皇配媽媽にも、挨拶をしておきたかったし」
「有り難い、錦昭大君。歓迎する。幾らでも泊まっていかれよ」
「皇配媽媽のご温情に、御礼申し上げます」
 夫である皇帝には不満顔だったのに、客人である自分には笑顔を向けたことに驚き、更には今度は皇帝が不満たらたらと舌を打った。あからさまな言動に錦昭大君は完全に尻にしかれてると、思った。
 以前は大陸をその手中に治め、領土を二倍に広げた賢君ではあったが、絶対皇権のために婚姻はしないと宣言し、実弟であり世弟にすると言っていた皇子以外の皇位継承権を片っ端から殺して回り、更には皇権を脅かすものを処刑して皇権を高めた。あの恐れられていた皇帝が、まさかこんな風になるとは。人間とは、分からないものだ。
「殿下。客人に対して、あまりにも失礼ではありませんか」
 見かねた皇配が口を出す。ああ、何も言わなくてよかったのに。ほっとけば、勝手に自己完結してただろう。
「皇配は夫である余に対しての態度がなってないだろう」
「何のことですか」
 白々しいまでに、明後日の方向を見てかわした。だてに、長年皇帝の妻をやってない。
「だいたいですね、そんな風にしてると太子が真似をしますから。止めて下さい」
「あれは余の真似ばかりするな。皇配、どうやら側室を迎えることになりそうだ」
「何を言ってるんですか。私が許しません」
「それとも、月影の千秋太后みたいに皇配が情人を迎えることになるかな。あれは、母親好きだからな」
「殿下以外、夫にする気はありません」
 殿下の時でさえ、あんなに嫌だったのにと、少し拗ねてみせた。今はこんなに鴛鴦夫婦なのに、嫌な頃があったのか。錦昭大君は逆に感心する。人間って、分からない。
 とか何とか呑気なことを、そろそろいちゃこきだした皇帝夫妻の真正面で考えていると、バタバタと小さな子供達が駆け寄ってくる。父と母と皇帝夫妻を呼んでいることから、皇太子とその兄弟達だろう。
「太子。今日の経延は終わったのですか」
「はい、母上。錦昭大君媽媽を、私もお迎えしたかったのです」
「まあ、太子。もうお迎えが出来るのですか」
「はい。真心を込めることが、お迎えだと習いました」
 これは本当にあの皇帝の息子なのだろうか。あまりにもお利口すぎて、いっそ涙が出て来る。そんなバカな。母親が皇配だから、あんなに利発で英明、且つ皇帝の才覚溢れる子になったとすれば。母の血、侮れん。
「父上、私はお客様にお菓子を焼きました」
 幼い皇女が皇帝の膝に乗り、焼いたお菓子を褒めてと言わんばかりに見せた。皇帝は破顔一笑、そうかと先程までの不満たらたらが嘘のように笑う。あの皇帝を動かす皇女が将来小悪魔になりそうだと、内心心配でハラハラドキドキする錦昭大君だった。
 皇女はそんな錦昭大君の心配を余所に、皇帝の膝から下りると、とててっと可愛らしい擬音が付くような小走りで錦昭大君の隣にまで近寄ると、やはり可愛らしい笑顔で皇帝に見せた菓子をどうぞと差し出した。
「有難う御座います、礼貞皇女」
 皇女は大君の心配をものともせず、可愛らしく笑う。不覚にも、小悪魔になってもいいような気がしてしまった。
 何時の間にか、大君の周りにはわらわらと皇子が集まり、次々に質問を投げ掛けてくる。それに丁寧に答えながらも、慎昭大君が小さな頃はもっと眉間に皺を寄せていたなとか、故国の家族のことを考えていた。
「大君媽媽。何時まで滞在する予定なのですか」
「すぐに旅立とうと考えています」
「また旅に出るのですか?」
「いいえ。ある人に、会いたくて。今回はその序でと言っては何ですが、寄らせて頂きました」
「旅の話は聞かせてくれないのですか」
 しょんぼり肩を落とした太子に、時間が許す限りはお聞かせしましょうと微笑んだ。
     
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