「兄上」
 能面の弟が、珍しく唇を綻ばせて来た。久々にあい見えることが出来たことが嬉しく、前と変わらず兄と呼んでくれた弟に座るように言った。
「兄上。ご健勝であられ、誠に嬉しく思います」
「そんな堅苦しい挨拶はいい。慎昭…否、薺」
 名を呼ぶと能面が少し和らぎ、はいと素直に頷いて見せた。二百もあるバカデカい長身のくせに、中身がこんなに素直だからつい昔のように可愛がってしまう。
 長男である兄が一七〇、次男である自分が一八〇。この調子でいけば、普通一九〇なのに一気に二百なんて反則だ。これで中身が可愛くなかったら、弄ってなんてやらなかった。
 ………と言うか、全く関係ないけど、兄は小さいと思う。ちょっと背の高い女児になら抜かれてしまう。
「薺、私がいない間に奥方様を迎えられたようだね――眞凰国から」
「兄上」
「しかも私より先に、随分男前な」
「兄上…」
「噂に聞くと、中身は可愛らしいんだって?」
「……兄上。からかわないで下さい」
 能面の弟が拗ねて睥睨してくるので、肩を竦めておどけてみせた。羨ましがってるんだよ、と全然そんな風には見えないだろう体で。怪しんで眉を上げたが、意に介さず誤魔化すように笑う。
「私はもう二百になるからね。お嫁さんを貰える薺にちょっとくらい意地悪したいんだよ」
「……兄上」
「何だい?」
「実は一緒に来ているのですが…」
「それは本当かい?早く通しなさい」
 頷き、通させる。怪しんでいたが、元々会わせる気でいたのだろう。素直なところは憎めない。
 通された人物は金色の亡国特有の髪色を持っていて、伏せられた瞳は睫が長く細く切れ長とまではいかないものの、女の子のような柔らかさはなく、男前と言った言葉がこれほどピッタリなのは彼くらいだ。が、どちらかと言えば精悍より妖艶さがある美しさを兼ね備えており、細く短い眉が女性らしさを払う。
 こちらまで来ると、左手に右手を重ねた礼をする。本来なら女性の辞儀であるが、彼が弟の妻ならおかしくはない。
「お初にお目にかかります、大君媽媽。慎昭大君の妻となりました、王葎鬼と申します」
「君号は確か香慶君と言ったか…お初にお目にかかる。私は魯柾。先帝殿下の第二子であり、主上殿下の弟にあたる。君号は錦昭と申す――義弟殿」
「……大君、媽媽…」
 大君は三人。その内一人は世子となった兄、一人は自分、もう一人は弟。弟の嫁なんだから義妹かもしれないけど、あえて義弟と呼ぶ。まあ、義妹でもいいけど。
「会えて嬉しい。是非、兄と呼んでくれ」
「……はい、義兄様」
 控え目に義弟は礼をした。
 新しい弟には頻繁に訪ねるように伝えて、さて、と薺と再び会話を続ける。義弟は出て行こうか視線で薺に訴えるが、ここにいるように義弟の手に手を重ね止まらせる。
 それに苦笑して、目の前でノロケてくれるなよと制した。薺はそれを察してか、今までどちらにと質問を投げ掛けて来た。明らかに話を逸らしたなと思うも、乗ってやることにした。
「最後にいたのは、瑞雨。そこで怒られちゃってね…戻って来ざるを得なかったんだ」
「お、こられた…?兄上が…?」
「そ。うっかり本名名乗ってしまってね、正体バレちゃって」
 そりゃバレるわ。とでも言いたげに、呆れた素振りを見せた薺に、そうだよねバレるよねと今更ながらに自分で自分に呆れる。
「何故、王の弟でありながら、孤独な王を支えてやらないのかって。民の血税で生きてきたのだから、それは王室の人間としての責務だって」
「それはまた…」
「ねーえ」
 絶対、あれは王族だ。それも、正義感だけは無駄に強い、下手したら朝廷の重臣に煩わしい目で見られるような。
 だが、あの喝さえなければ戻る気にはなれなかった。
「孤独な王の心を患わせるのが、王族じゃない。王を支えることこそが、王族としての役目だって」
「誰ですか、それは…」
「分からない。だから、帰ってきた」
「は…?」
 意味が分からない。そんな目で、兄である自分を見て来る薺に微苦笑する。
「…そこにいる主上殿下の心を患わせるわけにはいかないので、安否を伝えることと、これからは定期的に連絡を入れることをお知らせに、ね?」
「へ?」
「え……」
 二人は何が何だか分からない模様で、それがおかしくて笑ってしまう。すると、バレてたかと突如としてヨンポを着た男――主上殿下が入って来る。白々しくはっはっと、やはり柾は気付いていたかと言って。
「バレバレですよ。尚宮がそわそわしていましたし」
「で、詳しいことを聞かせてもらおうか」
 席を譲り、その前に挨拶をする。久し振りに会った兄はどかりと腰深く座り、挨拶を受けた。
「お久しぶりで御座います、主上殿下。即位式以来でしょうか」
「ああ。帰ってきてくれて、嬉しいよと言いたいところだが…。どうやら、また旅立ってしまうようだね」
「ええ。…ですが、今度のは旅ではなく、使臣として…です」
「使臣、とな」
 旅をしていたのは、自分に役目がないと思ったまで。それなら、世界を見なくては勿体無いと思っていた。
「縹草の皇帝夫婦、瓊玉の国王夫婦、眞凰国の王室、新馬の国王、秦の王室…。兎に角、色んな国の色んな人達に会いました。それが、殿下の治世の手伝いとなれると思い…」
 だが、王の心までは計り知れなかった。王のためと言いながら、王の心を患わせてはならなかった。大君でありながら、王に気を遣わせるとは。
「私を使臣として、瑞雨にお送り下さい」
「理由はどうする?突然、前触れもなく――」
「前触れは出して下さい。名目は留学です」
「そこまでして…」
「私から、会いに行きます。王室の人間としての勤めを教えて下さった方に、私から会いに行くんです」
 決意に彩られた瞳に映るのは、炎か光か。何れにしろ、それは一国の王とは言えども、止められるようなものではなかった。
     
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