烈國王
 華蛇の本貫、医療大国瑞雨。国家の方針で内医院には医術に只管打ち込める研究所が組み込まれ、医女大長琴もそこで大成したと言われている。更には、神医華蛇も若い内に研究所で熱意を注いだと記録されている。
 瑞雨の王は代々政事に医術を念頭に置いており、主上華道椿も同じだった。主上は若干一二歳で内禅され、上王の死後大妃の垂簾聴政を受けながらも、これ以上はないと謳われる程の善政を敷いていた。大妃の傀儡となるのではなく、自分の意見は貫いていた。
 が、誰が知るだろう。王の孤独を。大妃に捨てられ、息子と認められていないなどと。
 そして今日まで孤独に耐え抜いた王は、とうとう「余は結婚せぬ」と、宣言した。
 勿論、大妃を始め臣下一同座り込みをした。「主上殿下。どうぞお考え直し下さい」と、何時までも似たり寄ったりな言葉を延々と朝から大殿の前で続けられた王は、昨夜から宮殿を空けていた。供も付けず、一人ふらりと消えた王を内官が宮殿の隅から隅まで慌ただしく探し回っていた。
 度々、王が宮殿を空けることはあったが、今はマズかった。非常にマズい。大妃には剣呑と睨まれるし、座り込みを完全無視して意思を貫くと、民には独裁政治と批判されかねない。
 そうなれば、王の治世に支障を来す。マズいことになった。こりゃ、出世街道外れる。今年で宮仕え七年になる新米内官丁定宇は思った。
 主上付きではあるが、まさかその主上に出世を邪魔されるとは露ほども予想してなかった。なんてこったい。死体でもいいから連れてこなければ。
 丁内官は尚膳判内侍府事を見つけると猛ダッシュで駆け寄り、顔を近付けると、
「主上探しに、宮殿を出ていいですかぁぁぁぁあぁ!?」
 と、涙と鼻水と汗で顔を汚くしながら頼み込んだ。勿論、尚膳判内侍府事康内官は、「あ、あぁ。好きにしろ」と、丁内官の汚い顔に引きながら許可した。その顔じゃあ、許可しなかったら何されるか分からないので、脅迫された気分になったのは秘密だ。
「今に見てろ。俺が絶対見付けてやるからな。ふはははははは!」



 彼は側室の息子だった。側室だから、将来は見えていて、母は自分を中殿になるための道具としか見ておらず。一度捨てた息子はどうでもいいと、生きているのか死んだのかも興味がなかった。
 先王が自分を息子と認め、中殿亡き後、母を中殿に据えなければ決して王になることはなかっただろう。母はそれでも一度捨てた息子を息子と認めず、垂簾聴政も先王の正室だからと言う理由だった。
 母は念願の王妃になっても、自分を息子ではなく、主上として扱った。それを寂しいとか、悲しいとか、苦しいとかは思えなかった。それが悲しかった。胸が詰まるように苦しくて、これが生母なのだと思ったら、自分がとても醜いものに思えた。
 王はその思念に耐えきれず、今日、結婚はしないと宣言した。それ即ち、子を生まないと言うことで。言うならば、王室の血筋を絶やし国滅ぼすと自ら宣言したのだ。
 母以外に先王の嫡子はおらず、先々代も、更にその前も血筋が絶えて久しい。もっと前に遡ると、先々代の前の王が王位継承権を持ち王位を脅かす恐れがあるものを殺して回ったから、誰一人としていない。
 これでいいのかと何度も自問自答の応酬をしたが、こんな思いをするのは自分で終わらせる。母親に捨てられ、だから母とも呼べなくなるような王座は無いほうがいい。自分で、最後。
 だが、彼には夢が無いわけではなかった。子供がいて、伴侶がいて、それだけでいいのにと何度も思った。が、玉座に座る内は恋だの愛だの連ねられない。王はそう言うことはしてはならない。
 人を愛せば、その人に隣にいてほしくなる。仮令、正室がいたとしても、だ。それは、張徽嬪、泉緑壽、張蘭貞のような妖婦を生むこととなるのだ。
 だけど、王座を離れたらでいいから。一度だけでも、人を愛してみたいのも、彼の中にはあった。

 彼は宮殿を抜け、ぷらぷらとただ気の赴くままに歩いていた。宮殿内のゴタゴタなど、知ったことではない。
 しかし、王の道を塞ぐ不届き者がいた。
「おら、金出せよ」
「持っていません」
 面倒なことに出会った。王は息吐いた。
 両班の身なりで、如何にも金持ってますよと言っているのに、持ってませんが通じる相手ではないだろう。心の内に留め、王は至極面倒そうに仲裁に入るか本気で迷った。
 男は理不尽なことに青筋を浮かべ、「あぁん?」と凄んで見せた。何処ぞのチンピラが、邪魔なんだよ。王は真っ黒いことを思いながら、危険な両班を見やる。一見して堅物、どうやら無いで済ます気か。ああ、折角骨休めのために外に出たのに。
 王がそんなことを考えていると、両班はだから、と語気を強めた。
「あなたに出す金は有りません」
「………」
 えぇぇえぇぇー。何凄いこと言ってくれちゃってんだ、この野郎。
 男は呆気にとられたような、是非とも画員に描かせて永久保存版にしたいアホ面を晒していたが、やがて意味を理解したのか青筋を立てて、テメエと両班の胸倉を掴んだ。
 やるな、あの両班。王は逆に感心してしまい、うっかり男に注意するのを忘れて、見付かると言う大失態を見事披露してしまった。今日は災難に違いないと、眉間を押さえた。
     
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