02/14〜
 バレンタインデー。
 仏教を信仰する日本人には、あまり関連がないはずなのにあったりする日。ま、何時か彼奴が言っていたが、都合のいいものだけ参加する。それが日本人特有の慣習かもしれないと、ピンクピンクした街並みを眺めながらしらっとした目線を送る。
 昨日、いそいそとチョコレートを用意していた図体だけ無駄にでけえカマ野郎が、毎年この日にチョコレートを送ってくる。勿論俺も用意するのだが、毎年のことながらこの喧噪の中に入っていく勇敢な心は、残念なことに持っていない。
 女達がチョコレートを漁る中に入っていける男が、普通いるかっつーの。これが男でも怖いが。
「やっぱ止めるか…」
「あれ?チカちゃん」
 別に明日渡してもいっかと、今年こそは人混みに気圧され引き返そうとした。すると、俺の足を引き止めようと言うかのような声が聞こえた。
 足を止め、視線を送る。見たことのあるオレンジ頭と、隣には見覚えのない顔。
「晦馬…と、こっちは?」
「あ、おれの…友達…かな?」
「辛島秋音です」
「あー、そう」
 顔を赤らめながら嬉しそうに紹介する晦馬。その姿は以前の晦馬だったら考えられない、解れたものだったからちょっと驚く。
 店によく来る晦馬は彼奴のお気に入りで、彼奴の名前を呼んでも怒られないどころか喜ばれる数少ない内の一人だ。髪の色と同じで明るくて、かなりバカだけど実際はスプラッタな家庭事情があると聞いている。内容も知っているが、それだからか晦馬は彼奴が気にかけてもいた。
「チカちゃんもチョコ買いに来たの?」
「い、いや…」
 鋭い質問に思わず視線を逸らす。不自然すぎるが、とっさの判断だった。
 多分、辛島は気付いている。
「買いに来たのはお前だけだ。俺を無理矢理ここに連れてきたんだろうが」
「だってさ、スーパーに友達と来たかったんだってー!」
「何もこんな時に来なくても…」
「後でなんかおごるからーぁ。だから、ね、ね?」
 不満たらたらに愚痴を零す辛島を、女子みたいに手を合わせて頼む晦馬。まあ、気持ち悪くはないが、それが似合うのも考え物だな。
 チラチラと客もこちらを窺っているし、早くこの場を離れたい。晦馬は無駄に顔だけはいいから、見惚れてしまうのも分からないでもない。芸能人のような顔ではないが、筋肉質でも中性的でもないし。だけど、オレンジ頭が似合うのはコイツだけかもしれない。
「あ、じゃあ…俺…そろそろ……」
「ま、待って!」
 コイツらに関わったら、俺まで注目を浴びる。そろりと何事もなかったかのように逃げ出そうとしたのに、ぐわしっと辛島に腕を掴まれた。目がマジで怖い。
「な、な何だよ!」
「赤信号、みんなで渡れば怖くない!」
「お前は怖くなくても、俺を巻き込んで安心するな!」
「なーあぁ、あーきーとーさーんー!」
「ああぁああ、もう!うるせえ、分かったよ、行くよ!」
 何時までも腕に縋る晦馬に辛島は俺の腕も引っ張りながら、ずんずんスーパーの中に突き進む。ちょっと待て。何で俺まで。
「俺は行かねえってば!」
「うっせうっせ。こうなったら道連れだコノヤロー」
「ああぁあん!?どんな理不尽だ、年上を敬え、労れ、崇めろ!」
「一番年下はコイツだバカヤロー!」
 コイツと言って晦馬を見る。晦馬は何のことか分かっておらず、小首を傾げたが、取り敢えず視線が集まったことに何を思ったのかチョコ何にするかなんて聞いてきた。
「知るか、ボケ!」
「こうなったら、手作りしてやる!」
「あ、おれもしたい」「お前もう黙れ!」
 何で俺がスーパーでこんな赤っ恥をかかなくちゃならないんだ。



 その頃、菊陽の店では三人の恋人が集まっていた。笠間が兄貴と出かけると出て行ったので、辛島は無理矢理厚真を引き連れて菊陽の店に来ていた。
「まさか、チカさんもいないなんて…」
「そうなのよぅ〜。何時もチカちゃんふらーってチョコ買いに行くから、多分今度もそうだと思うんだけどね〜。でも、くぅちゃんと行く気配は無かったのよねぇ〜」
 相変わらずのカマ用語に表情を青ざめさせるとまではいかないものの、全身総毛立つ。辛島は視線をぎこちなく他へと向け、ここに来たことを今更ながらに後悔した。
「でも、秋音がわざわざチョコ買いに行くとは思えないし…」
「いや、笠間が絡めば…」
 絶対笠間は無理矢理連れて行く。兄貴にその気がなくとも、笠間の押しに押されて断りきれずにやけくそでズンズン買うに違いない。兄の性格からしてみても、確信出来る。
 辛島が絶対そうだと頷いた時、
「野郎ども、さっさと上がれ!」
「おうともよ!」
「分かったー」
 男臭さ溢れる声が店内に響いた。店内に入ってきた三人はこちらに気付くと足を止めて、
「あらぁ〜」
「あれ?」
「……」
「ゲ…ッ」
「あ?」
「あ、辛島だー」
 各、驚いた様子で凝視した。辛島に手を振った辛島の最愛の人だけ、反応は少々違ったが。
     
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