君が生きる強さに苦しむから、俺は弱さや苦しみごと君を抱き締めるよ
「・・・っ、」
突如覚めた夢から現実に引き戻され、一番に視界に入ったのは、
「大丈夫?」
優しげな細面の男の顔だった。










「こんなところで寝ていると、風邪ひくよ?」
優しい声。とても俺にかけられているものだとは思えない、声。
夢から覚めたばかりということもあってか、あまり働こうとしない頭は、予測していなかった事態に対応してくれない。
それなのに、目前の男は、俺のことを案じる眼差しで声を掛けるから余計に混乱が増す。
「どうしたの?何処か、痛い?」
俺は、そんな心配をされる人間ではないというのに。
俺の通う高校は、山奥の閉鎖的な男子校学院の高等部。中等部から大学院までのエスカレーター式で、中等部と高等部は全寮制で、大学からは希望者のみである。と言っても、山奥という辺鄙な立地に広大な敷地を有した学院のため、わざわざ麓から通うような奇特なやつはそういないから殆ど全寮制のようなものだ。
俺は、この学院に高等部から通っている。
桜も散り、青葉が目立って、そろそろ二年目の学院生活にも慣れ出して来た今の季節。校舎の屋上は絶好のサボリスポットで。太陽の光から遮る屋根もあることから、昼寝も出来る優れものだ。
俺は、一年の時から学校に通っていない。否、正確に言うならば、教室に行っていない、である。
一応学校の校舎内にはいるが、担任に登校したという旨だけ伝えて後はプリントを貰ってそれさえ終えれば自由にしていいことになっている。勿論、そのためには、試験で毎回上位二十番までに入ることが必須である。
これは、俺だけの特例である。
ここの理事長の一人と父親が懇意にしていて、頼み込んだのである。
言うならば、通信制のようなものだ。
普通なら許されるはずもないその条件は、しかしながら、この学院が国内でも有数の優秀な学校であるためである。その中で毎回二十位以内というのは難しいのだ。
だから、俺には友達と言えるようなやつも知り合いもこの学校の中にはいない。寮でさえ、親の力で一人部屋を確保したようなものなのだ。
けれど、それでよかったのかもしれない。
たまにすれ違う生徒は、俺を見つけると遠巻きにしてコソコソと嫌な顔をする。それは、俺の容姿が不良に分類されるようなものであることや、学校に行かずサボりまくっているという素行の悪さからでもある。
よって、この学院では、俺に近寄ろうとするなんて奇特なやつはいない。はずだった。
「どうしよう。大丈夫?ねぇ、具合悪いの?喋れない?」
なんで、と俺は漏らす。
この学院では、俺には話しかけようとするやつなんていなくて、だから俺は気儘に一人を満喫していて。
なのに、何故?
「ほ、保健室に行こう?具合悪いなら、早退させてもらえるかもしれないし・・・」
何故、この男は、こんなにも俺のことを案じるのだ。
何故、話しかける。何故、口をきく。何故、応えを求める。
唐突に、この男が怖くなった。
俺に優しく問いかけるこの男が、心の中では何を思っているかと思うと。
きっと、どす黒いものが渦巻いているに違いない。俺のことを嘲って、触ることさえも汚い、と嫌悪の眼差しでも向けているのだ。ならば、ここに来たのも罰ゲームか何かだ。
俺がいつもここにいることを知らないやつはいない。何せ、特例中の特例ばかりなのだから。
その俺に近付くということは、罰ゲームで、話しかけ応えられる、というものか、俺に触ればいい、という内容か。
そんなゲームに付き合え、というのか。
男の伸ばした手を振り払う。その際、当たってしまったのはもう気にもとめられなかった。
「触るな触るな触るな触るな!!」
「え・・・」
「俺に何をする気だ。触ることが罰ゲームとでも言われたか、俺の声を聞けばいい、とでも言われたか!!!」
何故、俺がこんな目に合わなきゃならない。俺が、何をした。誰とも関わっていないじゃないか。何一つ、おかしな行動も発言もしていないじゃないか。
普通じゃないかもしれない。だからこそ、関わろうとしなかったじゃないか。
「放っといてくれ!俺が何をした!?何故平穏を乱す!何故・・・っ、!!!!!」
その時、俺の頭を嫌な感覚が過った。何度も経験のある、嫌な感覚が。
それは、空虚で、突然のものだ。頭からじわりと嫌なもの、という感じを無意識に広げ、侵食して行く。
ダメだ。今は、ダメだ。
今、ここで来たら、晒してしまう。
必死に追い払うのに、そうおもえばおもうほど、それは俺の中に入り込んで来て、じわりじわりと嫌なもので侵していく。
咄嗟に、ポケットの中を探った。手の先に触れる感触に取り出そうとして、踏みとどまる。
まだだ。まだ、ここには、コイツがいる。ここで、これを出すわけにはいかない。
残り少ない理性が訴えた。しかし、本能はすぐにでもそれを取り出したかった。
「・・・いつまでそこにいる」
「え?」
「消えろ!早く、消えろ!!俺の前から、いなくなれ!!消えろ!消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ!!」
それでも男はいなくならなかった。
それどころか、俺の顔を不思議そうにまじまじと眺めるばかりだ。
容赦のない視線に胸が痛かった。
「消えろ!消えろ!消えろ!」
嫌なものは、俺を覆い隠していく。否、俺が覆っていたものを引き剥がしていく。ぺり、ぺり、とテープを引き剥がすみたいに、徐々に。
俺が必死に覆い隠してきたそれは、徐々に姿を現し、それが男に向かっていることには気付かなかった。
それは、もう覆い隠せなくなっていた。
「消えろぉおおお!消えろよ、嫌だ、い、や・・・っ!!なんで?嫌だ、来るな、嫌だ、あ、あ、・・・ああ!!!」
来る。
直感した。
間も無く、それは覆い隠されていたものから解放され、姿を現す。
「あ、・・・あ・・・・・・」
体に震えが走った。
指先から伝わって、肩、腰、と伝導していく。
殆ど意識のない、けれど微かに残されたマトモな意識で震える体をせめてもと抱き締めた。
怖い。怖い怖い怖い怖い怖い。
誰が?目の前の男が。
何が?現実が。
どうして?俺を、嫌うから。
怖い。
ダメだ。
もうこうなっては、変わらない。
俺は、辛うじて残っているマトモな意識で、ポケットの中のものを取り出した。二つとも二つの凹凸があり、一つには中身は無かったが、もうひとつには中身の入ったそれを取り出して口に投げ込む。ペットボトルの蓋を開け、勢い良く水で口の中のそれを流し込んだ。
喉を水が伝うことが響く。
やがて。
気持ちに余裕が出来て、震えが止まる。
マトモな意識が、嫌なものを覆い始め、俺はことと次第を理解していく。
晒してしまった。
ずっと、頑なに閉ざしていたものを。
男がどんな顔をしているかは分からない。見ようとも思わない。
ただ、男の仲間はいいものが見れたと喜んでいることだろう。
あの特例ばかりのやつがこんな醜態を晒したのだ、と。
同時に、終わったと思った。こんな山中だったら大丈夫だろうと甘く見ていたが、こうなっては何もかも終わりだ。
また、新たな学校を探さなければ。「大丈夫?」
俺が落ち着いた頃を見計らって、男は声をかけてきた。
正直なところ、大丈夫もクソもあるか、という感じだったが、応えるのも億劫で放っておいた。
しかし、何を勘違いしたのか、男は突然俺を横抱きにして持ち上げた。
「は・・・!!?」
「やっぱり、具合が悪かったんだね。ごめんね、気付かなくて。保健室に行こう」
予想していたものと全く違った反応に、束の間、俺は呆気にとられる。
男はその間にもズンズンと歩き始め、屋上から出てしまった。
「ま、待てよ!!はなっ、離せ!!」
「黙って。病人なんだから、大人しくしていて」
屋上は俺の校舎の中でも唯一の安息の地と言ってもいいもので、そこから離れてしまったことに途轍もない不安が襲う。
どうしよう。他人に見られたら。
けれど、俺の胸中なんて知ったことか、と男は迷いなく歩みを進めた。
     
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