楽園
 私には、妻がいる。よく出来た妻だ。
 子供は、三人いる。皆、よい子だ。
 私は、太子だ。この国の未来を担う、太子だ。
 主上を父に持ち、第一皇后を母に持つ。兄弟はいない。種を同じくした兄弟なら五万といる。
 妻は、尹氏家門の深窓の姫君だった。大層な家柄に生まれ、教養も深く、太子の妻としては何ら遜色なく申し分ない。
 寧ろ、私の妻には勿体無いのかもしれない。
 私は、父譲りの色好みだ。
 父には、数多の女がいる。つい最近は、第二皇后に六百も年下の二十にも満たない少女を据えた。あまりにも幼い第二皇后は、身分が高くない。平凡な常民だが、柔らかさと愛らしい容姿に主上も虜にされている。
 母は、それはもう怒った。まだ存命中の母を蔑ろにしたと思ったのだろう。母は、女が増える度に怒り狂う。父を罵倒し、女達を力でねじ伏せる。身ごもろうものなら、腹の子まで殺す勢いで痛めつける。女の嫉妬は、主上をも焼き殺しかねない。
 しかし、第二皇后は子を産めなかった。身ごもれなかった。
 それだけが、唯一母を支えていた。
 それも、すぐに一転。第二皇后は、身ごもった。長年の悲願を、十年かけてはたした。生まれた子供は公主だったが、女王にすればいい、と言っていた。私は、ただ相槌を打った。
 父も公主を跡継ぎに推した。遅くに出来た、しかも寵姫の娘は可愛かったのかもしれない。
 但し、その子は私の子だ。
 正確には、私と第二皇后の間に出来た不義の子だ。
 皇室では、日常茶飯事。誰が誰の子か覚えきれない。妻と父も不義を働き二人の子をもうけた。姉公主と弟王子君だ。
 妻も、主上との子を王にしようと画策していた。自分が生んだ私との子である太孫を押し退けてでも。
 私は、興味がなかった。けれど、血の繋がりはあるからか、何故か太孫を哀れに思う。何時もどもって、陰鬱に下ばかり向く。母后には冷めた眼差しを向けられ、私には興味すら持たれない。それでもひたむきに頑張るのだから、子供とは分からない。外向きはいい家族も、蓋を開ければとんだ茶番劇の中で。
 父は、私と第二皇后の不義を知っている。母は卒倒したが、父は怒り心頭といったていで怒鳴った。それが愛情からではなく、単に年若い第二皇后に手を出されて矜持を傷つけられたからだ、と知っている。
 父は、第二皇后を貪ることで周囲に男として自慢していた。
 そんなことすらもどうでもよく、ただ只管に無為な日々を過ごしていた。
 妻とは、とてもではないが夫婦と呼べるような関係ではなく赤の他人同然。子供達は、尚宮が養育しているから関わりもない。
 太子として、の日々。
 だから、事実、太子であることもどうでもよかった。第二皇后の子が女王になろうと、父と妻の不義の子らが王になろうと。私が廃位されようとも。その結果、死が待ち受けていても。
 私は、どうでもよかった。
 父の怒声も右から左に聞き流していた。廃位、廃庶人、と次々に不吉な単語をぶつけられようが気にも留めなかった。
 第二皇后に手を出したのは、女だったからだ。丁度女が欲しい時に、具合の良さそうな女がそこにいたからだ。だから第二皇后がそれから何度も誘おうが、追い払っていた。貪ったら、飽きていた。
「太子、聞いているのか!」
「はい、殿下」
「父の妻は、そなたの母も同然。皇帝の権威を何と心得ているのか!」
「はい、殿下」
「全く、これだから第一皇后が喚くのだ」
「はい、殿下」
 父は、ただ怒りをぶつけて私の権威を失墜させたいだけだった。
 そうして、妻との不義の子を王に据えたいのだ。
 しかし、それは数日で叶わなくなる。
 百姓に皇室の不祥事が暴露された。私だけでなく、父と妻の不義まで。
 父は顔を土気色にして卒倒し、母は病床で気を失った。第二皇后は病に伏せた。妻は、名門の自尊心が許さず自ら縊死した。
 百姓は、大宮に押し寄せ石を投げ、鍬を武器にした。
 朝廷百官は、この史上最悪の不祥事に慌ただしくしている。
 それから数日後。
「父上」
 父は、自ら皇位を退いた。代わりに、私が推挙されたが辞退した。
 そして皇位に着いたのは、あれだけ妻に厭われていた太孫だった。
 私を呼ぶ幼い声は、やはり未だ頼りなげだ。
「父上」
 皇位を辞退したのは、要らなかったからだ。けど、太孫は違う。
 皇位に着かなければ、自身の母后に殺されていた。
 だから、太孫を推挙した。この子だけは、正統な後継者だったから。
 太孫に情はないが、気紛れに息子に手土産をやっただけ。
「如何致しましたか、主上」
「父上」
「はい、主上」
 太孫は、何も言わなかった。最後まで、父と呼んだだけだった。
 その翌日。妻は廃妃となり、父は遠地付処、第二皇后は賜薬を下された。
 そして。
 私は、一般市井として生きることを命じられた。
     
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