佐伯家の危機
 佐伯豊。旧姓印南野。豊と書いて「たかつき」。
 突然ですが、息子が反抗期です。



「燃!」
「っせえ!」
 帰ってきた息子に一声かけると、罵声が返ってきた。
 俺は、それ以上何も出来なくてその場に佇む。
 最近、元々茶色ぽかった髪を銀に染め、夜は帰ってこなくなった。最初は、流次も大丈夫に安心していたが、今は心配でならない。
 あんなに小さかったのに、今では立派な十七歳。子供扱いしてはいけないのは重々承知しているが、息子だからこそ心配でならない。
 何処で何しているのか。危ないことに首を突っ込んでいるんじゃないか。飯は食ってるのか。学校は大丈夫なのか。
 心配したらきりがない。でも、心配は止まらない。
「ただいま」
 玄関に佇んでいると、この家の主が帰宅した。
 佐伯流次。流次と書いて「すえつぐ」。
 俺と燃の戸籍上の義父。ってだけじゃなく、俺より十年上の旦那。
「あ、おかえり」
「………帰っているのか」
「………あ、うん」
 言いにくく詰まった俺に、流次は眉間の皺を深くした。
 一人息子の燃は、両親を早くに亡くし親戚の間を盥回しにされた挙げ句孤児院に押し込まれそうになったところを、どうしてもとお願いして引き取らせてもらった。
 俺ら二人の間に子供は出来るはずもなく、けど俺も流次も子供が好きで育てたくて、養子をとろうと話していたところに出会した。
 でも、俺らは男同士で学校や周りからは何と言われているのかは分からなかったし、料理が二人ともからっきしでずっと押し付けてしまっていたし、朝流次の寝起きが悪くてついうっかり昔の癖で言葉遣いが悪くなる時もあったし。
 燃が俺らを嫌ってしまう理由は、挙げ連ねたらきりがなかった。
「昔のお前みたいだな。………実は、実の息子とか言わないよな?」
「流次!」
「冗談だ」
「冗談って………」
 こんな時にそんなこと言っている場合じゃないだろ、と窘めようとしたが、それを流次に制される。
 不服に感じ見据えると、柔らかい笑みが返ってきた。
「ツキ。お前は、燃の『かあちゃん』だろ」
「流次?」
「『かあちゃん』がそんな顔してたら、余計に悪化する。嘘でもいいから、そんな顔は隠しとけ」
「でも………」
「不安は俺の前だけにしろ」
 くしゃ、と頭を撫でられる。大きな手の熱が、頭の熱を呼び起こす。
 畜生。朝が弱くてダメダメで、何時もワガママで自己中な俺様で、俺が起こさなくちゃダメなくせに。こんな時だけカッコつけやがって。ときめくんだよ、こん畜生!
 しかも、何時もはテメエなのにお前だし。恥ずかしいつーの!
「さて。俺は燃と話してくるから、ツキは腕によりをかけて晩飯作れ」
 ネクタイを緩め、流次は二階へ上がった。宿題を残して。
「って、ハァアアアアアアッ!?無理無理無理無理!俺、台所に立ったら爆発するから台所が!」
 なんってこと言いやがるんだ、流次。やっぱり俺様自己中ワガママだ!
 彼奴は知ってるはずだ。俺がどれだけ料理が出来ないか。玉葱なんてあの茶色い皮を切るのか叩くのか分からないし、フライパン?何それ茹でるもの?って感じなのに。
 腕によりをかけてって………て………。無理だ。絶対無理。
 俺が初めて料理と言うか、バレンタインにチョコをあげようとした時。こっそり自宅で作ろうと思ったのに、何がどうなったのか台所が爆発。親父とお袋に二度と台所に立ってくれるなと叱られた。
 お陰様でチョコは、やむなく市販の板チョコを適当に買ってやったが。流次も料理はからっきし、と言うか台所に入ったこともないので何も言わなかった。と言うか、お前も出来ないのかと同類相哀れむ感じだったが。
 それを、流次が知らないはずがないのに!
 今までは、燃が作ってくれていた。料理が全く出来なくて、飯の時だけ流次の部下にわざわざきてもらって作ってもらっていたが、それを見て覚えた燃がいきなり台所に立ったのだ。しかも、美味しい。燃の料理の才能を見込んだ燃の部下が、料理を叩き込んでくれてそれからずっと燃が作ってくれた。
 俺は、一度台所を爆発させた過去があるので立たなかった。
「ツキ」
「………何だよ」
 てっきりもう行ってしまったと思っていたのに、階段の上からひょいと顔を覗かせていた。
 無理難題の無茶振りをふっかけられたので、ぶっきらぼうに返事をする。
「晩飯、楽しみにしてる」
「なっ、………っ、」
 そう言って、行ってしまった。
 俺は、また立ち尽くしてしまう。今度は別の意味で。
 去り際にあんなこと言われたら、誰だってこうなるだろ。全く恥ずかしい奴だコノヤロウ。
 頑張っちゃおっかな。とか、思うじゃねえか。

 ああ、もう。俺様ワガママ自己中に完敗だ。



(………腕によりをかけろとは言ったけど、誰も腕によりをかけて爆発させろとは言ってねえよ?)
(五月蝿えな!じゃあテメエがしろよ)
(………本当に料理出来なかったんだ)
 お皿にのっていたのは、爆発後の黒こげでした。
     
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