あいなし熱情を君に捧げる
あー……………どうしよう。
男鹿は困っていた。そりゃあもう、トイレに行く間も惜しむくらい困り果て、また、悩んでいた。
授業が終わり職員室に戻ると、机に突っ伏して悩んでいた。いや、授業中も洒落にならない程悩んでいた。お陰で毎回確認しなければ、各クラスの授業の進み具合もパーンしている。
それほどに、男鹿は困っていた。
こんなに困り悩むことがあっただろうか、いやない。多分。
繰り返そう。男鹿は、悩んでいた。
お陰でここ最近のプライベートは、一家に一匹のCMで話題の運を探すことに使い果たし、襖に飼おうとした(まだ諦めてはいない。多分………いや、絶対、きっと、いるはずだ)。隣に住む寺門先生には真鯛を貰うし(良いこと)、同期の稚内先生には栄養ドリンクを肩ポンポンされながら哀れんだ目で貰うし(良いこと)、何もない所で躓くし(小さいこと)、ボーッとし過ぎて言われるまで柱にぶつかっていることにも気付かなかったし(悪いこと)。
兎に角、ここ最近、調子が優れないのだ(悪いこと四分の一)。
それもこれも、会う機会もめっきり減ってしまって、すっかり(ちょっと)年をとってしまった恋人のせいだ。
何時だって、冷静でいられないのは自分の方。
先に好きになった方が負けとは良く言ったもので、恋人より遥かに年上なのに、年甲斐もなく恋人の一挙一動に一喜一憂して。剰え、恋人は、そんな自分に優しく笑うのだ。年上は、自分なのに。
「こうなったら、合コンとかお見合いとかコンパとか婚活してやろうか」
ヤケクソになって、男鹿はぼやいた。
偶に会っても、すぐに別れる。お互いにするべきことがあり、学園内では、規則に則って行動しなければ自分を守れない。
それが、辛い。
会いたい。会って、話して、ぎゅうっとしたり、バシバシ叩きながら笑ってみたり。時には、むくれたり、すねたり。
何でもいい。いや、良くないか。
二人きりの空間で、そうしたい。
それなのに、恋人は平然としていて。別れる時も、何時も何時も惜しむのは自分だけ。恋人は、さよならと手を振って行ってしまう。振り返りもせず、背中を向ける。男鹿が見詰めていても関係ないのだ。
俺は、もう駄目か、と何度も思った。
前はあんなに小さかったのに、何時の間にか年をとっていて、恋人は年を重ねるごとに大人びていく。ただでさえ、子供らしさが少ないのに。
自分が年上だから、年が十以上も離れているから、何時好きな人を見付けるかと思っていた。オマケに、先に惚れたのは男鹿だ。恋人は、男鹿に合わせてくれたようなものだった。
何時か、恋を理解してしまう時、男鹿が恋人の恋人でいられなくなる時が来る。その時は、当然だと別れると決めていた。追いすがることなく、一時のものであったかのように。それが、大人の義務だ。
だけど、今、それに直面するにあたり、義務を果たせなくなりそうな自分がいた。別れないで、と泣いて喚いて、みっともなくすがりついて。振り払われる手に情けなくも握り締めて、自分を見失ってしまいそうな、自分がいる。
怖いのは、恋人の目が冷たくなってしまうこと。その目に、男鹿がみっともない人に成り下がって映るかと思うと、恋人の顔も見れなくなた。
別れる。
そう切り出された時に、自分は、どうなってしまうのだろうか。
怖くて、最後くらい大人として映りたくて。最近、別れを切り出された時のために、予行演習をしている。頭の中で。
「別れる」「そうか」脳内では、スッキリ片付く。すがりつきもしない。
現実では………?
そう考え、また、予行演習をする。何度も何度も、失敗しないように。
恋人にとって、みっともない姿で残りたいと思う。
仮令、予行演習の度に胸を抉られようとも、それこそが男鹿の持てる矜持だ。
そして、別れを引き摺っても表に出さない。サクッと別れ、スパッと次を見付ける。
最近は、別れた後のことを考え、断っていた合コンにも参加するようになった。めぼしい女性を見付け、アドレスを交換し、時たま会ったりする。男鹿は声をかけられやすく、人見知りをするが表には出さないので、話しやすいらしく、女性に不自由はなかった。
後は、恋人との関係をサッパリと清算するだけ。
「それが難しいんだよなー」
独り言を耳聡く聞きつけた、同じ教科の宇喜多が、
「どうかしましたか、男鹿先生」
と、興味津々と言った体で尋ねた。
内心、地獄耳め、と毒づきながら適当にあしらった。突っ込むと、後が面倒だ。
宇喜多もそこまでは興味がないらしく、すぐに話を替えた。寧ろ、こっちが本題だろう。
「そう言えば、今日は空いていますか」
「はい」
「では、今日も宜しくお願いしますね」
「ええ、構いません」
宇喜多が了解すると取り繕った笑顔を消し、小さく嘆息。
今日も合コン決定。と、胸の内に書き留める。
そして、サクサク授業の準備を始めた。
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