6
 好きだ。好きで、好きで、好きで。教師としての本分を忘れてしまいたいくらいに。
「俺は神保を守ることが役目だ」
 だけど今、自分を逆上させるこの少年は、ムカつく。好きだけどイライラさせる。
「ですから先生。その役目を押し付けないでください」
「押し付ける?」
「嫌々やられても、迷惑です」
 ハッキリと異論を許さぬ口調で告げる神保だったが、男鹿はその言葉に苛立ったが、それ以上に苛立っていた。こんな時ばかり瞳に自分を認め、睥睨してくるなんて。
「ふざけんな!!」
 大人を舐めてる?上等だ、そんなことは構わない。中等部は大人ぶったクソガキが変に知識を身に付けているから、そういった類の巣だ。
 だが、男鹿は声を荒立てた。初等部は担当ではないとはいえ、生徒に舐められたから。なんてご大層なものだったら、胸張って自信満々に掲げる。そうじゃなく、神保の一挙手一投足が癇に障る。
「生徒にそんなこと思うわけないだろう」
 何より、
「他でもない神保なら、尚更だ…!」
 神保だからこそ逃げ出したくなるし、嬉しいと思うのだ。神保が頼れるのは自分しかいないということが、自分のあらゆる感情を高ぶらせ、怒りを煽る。
「俺、だから…?」
 しかし、男鹿はとんでもないことをしてしまったことに気付いていなかった。怒りが優先して、最早それどころではなかったのだ。
 フーッ、フーッ。と、まるで威嚇する猫のように毛を逆立て、真っ向から対峙する神保を睨み付けていた。その姿は男鹿が目指す理想の教師象とは程遠く懸け離れたもので、だからこそ自分が何を言ってしまったのかもてんで分かっていなかった。
 神保が訝り、言葉を紡ぐまで。
「……どういうことですか」
「……は?」
 予想していたものと違った反応に、一瞬出遅れた。どういうことと言われても、何を言ったかが頭にないのでそのまんまの意味だとしか言いようがなかった。
「何で、俺だからこそなんですか」
 無機質で、冷徹で、訊いているのに語尾すら上がっていなくて。理解するのには十分な時間が必要で、十分で。
「は?……は?」
 考えろと自分に暗示をかけ、自分が言った言葉に鍵があるのだというところまで行き着く。今度は会話を掘り起こし、思い出し、やがて一つのことにバッタリ行き当たる。
『他でもない神保なら、尚更だ…!』
 他でもない神保なら、尚更。
 他でもない、神保、なら、尚更。
 神保なら、尚更。
 神保、なら……?
「ああああぁ!」
 何てことだ。ここまで大分時間を要したが、思い出してしまったことで神保の言葉の意味を悟る。レベル五まで来てこれからだという時に、バッタリうっかりラスボスより桁違いに強い隠れボスに出逢ってしまい、あっさりべちゃんと叩き潰された勇者ご一行宛らだ。
「た、タンマ!タイムだタイム!いぃいいい今のは違うっ。いや、違わないけど……違う!」
 自覚した途端、さっきまで生徒を叱る教師だったのに生徒に困る教師に恋する乙女がプラスになってしまった。顔を真っ赤に染め、道を間違えた時の比ではないくらいである。
「いや、…………だから……………その、……そ、その………あの………」
 ぶんぶんと否定を示すように手を振る男鹿を、神保は初め目を瞠いて見ていたが、次第にその目つきを冷徹なものへと戻していった。しかし、そこには人外のものでも見るように蔑みが入っていた。
「ああああ、もうっ、違うから!俺は、いや、そうじゃなくて…っ、そう………でも、ないけど………好きなんだ!」
 蔑みを捕らえ、言い訳がましい言葉を並べ立てた。見苦しいと分かっていても、何か誤解を解いておかねばと、何に対しての誤解か分からない誤解を解くために五里霧中するが、結局は暗中模索なのである。
 挙げ句、勢いがつきすぎて余計なことを言ってしまった。
「好き……?」
「…………は?」
 口を滑らした自覚がない男鹿は神保が反復した言葉に固まり、何がどうなっているのかも考えられなくなる程頭が真っ白になった。一秒が一分に感じられるくらい時を経てから、漸く真っ白に色がつき始めた頭がギシギシと歪な音を立てて歯車が動き出す。
 重たくも長年使われてきた意地からか、回るのは早かった。回った頭で今度は自分の言葉を反復し、だが、男鹿は理解しきれなかった。自分が言った言葉とは思えなくて、何度も反復するが何がこれを招いたのか分からない。
 何がどうなっているのか理解に苦しみ、困って神保を見る。その目は蔑みは消え、心にはあるのだとしても、無機質なだけで。しかしその目が、男鹿に現実を突き付けた。
「あ、ああ……あああ、あ、あ…………あぁぁぁあああっ!!」
 その途端、蒼然としたり赤くしたりと忙しなく顔色を変えた。何を言ったのかを理解し、理解すれば俄かには信じがたかったが神保の目が答えで、何てことをしてしまったのだと自責と羞恥に苛まれた。
     
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