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 その日は途中何度かぶっ倒れそうになりながら何とか堪えて、寮の部屋でぶっ倒れた。翌日、目覚ましのけたたましい音で目が覚め、慌てて準備をしたおかげで飯を抜き、先生達に謝罪を入れて。
 一週間後。
「………ハァ…」
 溜息吐く権利なんかないのは、分かってる。十二分に。だけど、思ってしまうのだ。
 最悪だ、と。
「男鹿先生。何もまた初等部で倒れなくてもいいじゃないですか。この前だって、後で聞きましたけどあの後帰らなかったらしいですし」
「……返す言葉もありません」
 諏訪先生に用事があり、初等部に足を運んだのだが。ここ最近忙しさにかまけた不摂生から、またもや倒れてしまった。しかもこの前と同じ初等部で。生徒に軟弱者とインプットされ、後ろ指を差されそうで嫌だ。
 今回は放課後と言うこともあって、すぐに五十鈴先生に叩き起こされ諏訪先生にも体を起こして謝罪した。寡黙な諏訪先生は一つ頷いただけで、また黙ってしまってこちらの様子をじっと窺っている。自分の不摂生が祟ったとは言え、こうも心配されるとそんなにか弱く見えるのかと本気で凹む。
「聞き分けの悪い子供ですか、貴方は。医者の診断に反発してまた倒れるなんて、今時の風邪になりたがる小中学生より質悪いですよ」
「……面目次第もありません」
 五十鈴先生も今回ばかりは呆れ果てて、毒ではなく正論を並べた。それが逆に痛くて、顔を上げられなかった。
「仕事にやりがいがあるのも、誇りを持つのもいいですけど、医者の診断に素直に従ってからにして下さい。ケチつけてるんですか」
「い、いえ…。す、みませ……ん」
 五十鈴先生がご立腹なんて珍しいこともあるもんだと感心することも出来なくて、今回ばかりは明らかに全面的に俺が悪いので頭を下げるに徹した。諏訪先生もじっと見ているから余計緊張感が漂って、自業自得だが居心地悪いことこの上ない。
 諏訪先生も仕事を中断して、わざわざこうして見舞ってくれているのだ。五十鈴先生は校医とは言え、中等部の、しかも教師なんて論外だし原因は俺自身にあるのに診てくれて。こんなポカをやった俺に、俺が呆れる。
「次また倒れたりしたら、診察料貰いますから」
「えっ。いえ、今回はちゃ…」
「嘘です。本気にされると反応しにくいですよ」
「………はい。……すみません」
 冗談だ、なんて笑える状況ではない。本当なら最初払ってもおかしくないのに。
「まったく。何でそうも仕事にがっつくんですか。性欲にがっつく若者を見習いなさい。仕事にがっつくなんてじじくさいですよ」
「は?」
「……よく貞操守ってこれましたね、それで」
「あの、五十鈴先生?」
「いえ、何でも…」
「先生、もう放課後?」
 シャッ、と、カーテンを引く音がして。聞き覚えのある声が五十鈴先生のお説教を止め、俺の体を熱く火照らせる声に瞠目した。
「はい、そうですよ。さっさと帰りなさい」
「……神保」
「諏訪先生、いたんですか?」
「いたのかじゃない。またサボリか」
「授業、簡単すぎてつまんないんです」
 大人になりきれていない子供らしい顔立ちとは反対に、寡黙で高いけれど抑揚が激しくない声色。熱くて、さっきまでは普通だったのに急激に熱くなって、うっとりとその声に聞き入ってしまう。
 初めて出逢った時は情けないところを見せてしまったけど、初めて聞いた声に感激もしていて。嬉しくなって、胸が抑えが効かなくて飛び出ようとした。
「五十鈴先生、神保を寮まで送ってくれませんか。生徒はとっくに下校して、夜に近いのに一人で帰すなんて危険ですし」
「あー……ごめんなさい。この後立て込んでいまして」
「そうですか。こちらこそ、すみません」
「いいえ。お役に立てなくて申し訳ないです」
「先生、一人でいいです」
「いや。中高は盛りついて、お前くらい襲うことは容易い。だからサボるなと言っているんだ」
 珍しく饒舌な諏訪先生にも、サボるなという理由がずれているところにも突っ込めなかった。話を聞いていたが、一方では聞いていなかった。
「どうしましょうか……」
「私もこの後仕事がありまして……」
「……あ」
 だから視線がこちらに向いた時、
「はい?」
 全く話の流れが掴めず、
「丁度いい。男鹿先生、お願いします」
「はい。……な…」
 頷いてしまったのだ。何を、と、後に続くはずだった言葉を遮り、五十鈴先生は目を輝かせて、
「有難う御座います!次回までは診察料はタダにしますから!」
 と、矢継ぎ早にまくし立てた。
「あの、何を…」
「え?神保君を寮まで送ってくれるんでしょう?」
「へ…?………は?………は、はいぃぃいいいいいいいい!?」
 キラキラと毒々しさの欠片もない笑顔で言ってくれた一言に、俺はまた倒れそうになった。今度はこの校医が原因で。あの笑顔は絶対分かってて言っている。俺が全く聞いていなかったって。
「すまん、男鹿先生」

     
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