March.14
「植木ちゃーん」
 出た。
「何ですか」
 神出鬼没の御領の幼なじみ菊池。御領に告白されて数日もせず次の日に、俺と御領の逢瀬(?)の場所屋上に邪魔してくれた。それからずっと、お昼は三人だ。因みに、こないだ余計なことを言ってくれた張本人。
『チョコあげないの?』
 今でもうっかり思い出してしまう発言から、近付くなと菊池を牽制した。そして、極力近寄らないようにしたというのに。何でこうも空気読めないんだろうか。
 あの目は笑ってなかった。口は三日月なのに、目はちっとも笑ってなかった。思い出せば余計なことを考えてしまい、あの目のせいだと決め付けていたが。
「もう。そんな怒んなってー。大丈夫。御領の邪魔はしないから」
 バレてるし。って、そういう問題じゃない。半分不正解だから。
「違いますから」
「このこのー。照れちゃってぇ」
 うりうりと肘で胸を突かれ、苛立ちが募る。何なんだコイツは。
「用がないなら帰って下さい」
 自分のクラスと言わず、星へ帰れ。なんて御領と肩を並べる人気の持ち主に、そんな暴言吐けません。女子に殺される。
 これで帰るかという俺の希望もあっさり打ち砕かれ、不機嫌の元凶は軽やかな声音で「あ、そうだった」と、手を叩いた。だから思い出すな。
「植木ちゃんさ、御領に何かあげないの?」
「…は?」
「今日はホワイトデーだよ?恋人達にはウキウキ☆ドキワクな日だよ?」「付き合ってませんから」
 何じゃそりゃ。そう言いたいのを堪え、後ちょっとだから我慢と呪文の如く呟く。今なら早口言葉超上手かも。
「ふーん?りょーかいりょーかい。な・ら・さー…」
 ほら。菊池は何時も笑ってないんだ。
「御領で遊ぶの、止めてくんない?」



 何も言えなかったのはビンゴだったからじゃない。俺自身、いい加減御領との関係をどうにかしないとなって思ってるし。
 帰り道。菊池のせいで気まずい。何時か御領に告げ口して殴らせよう。蛸殴りだ。勿論自分ではしない。痛そうだし、女子に喧嘩売るも同然だ。
 何時もならゆっくりゆっくり会話するのに、それこそ聞き漏らすことも惜しむように。けれど今日はその一言すらなく、でも今日はこのままじゃ駄目なんだ。今日は、違う。
 頑張れ俺。やるんだ俺。ここで負けたらヘタレ勲章授与するぞ。それは嫌だ!
「御領」
 思ったより小さかった。蚊の鳴くような声で御領は気付かないだろう。
「植木?」
 そう高を括っていたのに。気付いた。気付いてくれた。嬉しい。
 だが、御領に顔を覗かれてしまった。これは予想外だ。顔を逸らしたが、御領の双眸は白黒している。ああ、やっぱりヘタレ勲章授与か?
「ご、御領!」
 それだけは嫌だって言ってんだろ!
「!……な、何だ?」
 御領はハッと我に返り、俺の呼びかけに驚く。が、俺はあのとか、そのとか。ワケ分かんない言葉をぐだぐだ連ねるだけで、挙げ句御領が目線を合わせるのを逸らしてしまうという体たらく。
 ……あ、駄目だ。
「御領!」
 御領の顔色が一気に落ち込みに変わった。わざとではないけれど、それでも自惚れかもしれないが好きな奴に目を逸らされたのだ。こんな顔をさせたのは俺、意気地なしも俺、何も出来ていないのも俺。そんなままでいいはずがない。
 勢いに任せ、御領を呼ぶ。睨む形になったのは、この際見逃してやってほしい。驚く御領を差し置いて、俺は学校を出る前からずっと持っていたコンビニのビニール袋から箱を取り出し、御領の胸板にズイッと差し出した。いや、押し付けた。
「う、えき……?」
 当然のことながら、御領には何が何だかさっぱり分かっていない。ここで俺が勇気を出さなくちゃ、御領を不安にさせたままだ。
「ほ、…ホワイトデー!」
「あ、ああ」
 御領は優しい。見た目からは予想もつかないくらい、優しい。それこそ真綿で圧迫して逆に息苦しくさせるくらいに、けど一方ではその心遣いが空気の澄んだ場所かと見紛うくらい息がしやすい。
 だから御領は告白以外に行動出来ない。俺がしなくちゃ、御領は不安に覆われたままなのだ。
「だから、チョコ…御領に!」
 同情だ。でも、同情してしまうくらいには俺の中で御領が大きくなった。なくてはならない必需品になった。
「……まだ、好きか分かんない」
「植木」
「けど、嫌いじゃないから」
 ほわり。一生懸命に言った言葉に稍あって、破顔一笑。迂闊にもドキリとしてしまった。
 御領は俺の手の中にあった箱だけでなく、俺の手ごと両手で包んだ。冷たい手がひんやりと神経を穿ち、ピクッとしてしまう。
「嬉しい」
 絶対俺を落とす気だ。そんな笑顔に、やられるな俺と暗示をかけた。チョコと俺の手、どちらも大切そうに扱われて。顔に熱が集中して火照ってしまう。
「有難う、植木」
「………どーいたしまして」
「嬉しい」
 言葉責めで辱められている気分になりながらも、耳を塞ぐことも出来ず。泣きそうになった俺に御領は笑って、また言葉で責められた。
「嬉しい、植木」
「ご、御領…」
「嬉しい」
 俺、寿命縮んだ。
     
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