March.14
 俺には二年に上がってから、ずっと好きなクラスメートがいる。相手は男で俺も男。しかも平々凡々な地味で、特徴は中身が非凡なことくらい。俺が恋をしなかったら一生縁がなかった相手。不本意ながら不良と呼ばれる俺には高嶺の花だった。
 そう。あくまでも、だった、のだ。
 半年前、告白をしたら拒否されるどころか友達宣言された。嬉しかったし、面白かったけれど。半年も経つのに何の進展もない。進展を望むのは人間なら当然。だが、帰り道を横に並んで帰るのも嬉しい。ちょっとずつ気持ちがこちらに向けばと考えるが、一気にこっちを向かせるにはどうしたらいいかとも考える。
 今日は学校は浮き足立っていた。ピンクのハートが目に煩わしく、眉を顰めたら菊池に大爆笑された。
「菊池」
 見咎め、睥睨すると待ったをかけられる。涙まで浮かべる勢いが鼻につく。コイツの存在自体がムカつく。
「ごめんごめん。いやー…ね?長い間片思いしてた植木ちゃんとのオトモダチをまだ続けてるから、これに混ざれなくてムカついてんのかなって思ってさ」
「蹴るぞ」
「だってこないだだってさ、眉間に皺寄せてさ―」
 チョコあげないの発言から一ヶ月。と、一日。要するに、ホワイトデーの次の日。早速カップルがこれ見よがしに見せびらかす日。落ち込んでブルーになっている奴もいるが、それもそれでウザい。
「結局貰えなかったんだね」
「うっせえ」
「ちょびっと期待してたでしょ」
「…………」
「図星かぁー」
 苦虫を噛み潰したような表情になっているのが自分でも分かるほど、俺は内心ガッカリしていた。バレンタインデーは女が男にあげる日だから、男が女にあげるホワイトデーならくれるかもしれない。この際、俺が女かっていう話は置いて。
 だが、俺達は恋人でなく友達。貰える対象に入れるわけもな。日を跨ぐまで起きていたなんて、コイツにだけは知られたくない。
「でもさ、本当に始める気、あんの?」
「は?」
「植木ちゃん、御領と違って一般ピーポーじゃん。言うなら、蛇に睨まれた蛙。御領がなんかやらかしそうだったんじゃない?」
「……菊池」
「本当は始める気なくて、御領が諦めるのを待ってるんじゃない?」
「菊池」
「いいの?馬鹿にされてるんだよ?」
「菊池!」
 廊下に響くくらいに声を荒げた。聞こえていた生徒は肩を震わせ、小心翼々と俺を見る。その視線さえも煩わしくて、俺は乱暴に舌を打ち俯く。
 分かっている。分かって、いるのだ。その目線が何時かアイツのものになる、と。
 だが、誰だって嫌なことは考えたくないじゃないか。出来るなら、今だけを見ていたい。それを望んで、何が悪い。
「……本当、困ったもんだよね。御領」
 溜息混じりに呟かれた言葉に、俺は何も言えなかった。



 気まずい空気が漂う。何時もはポツポツと会話があるのに、今日はさっぱりない。俺が喋らないからだ。何時も、コイツから喋ることはない。
 見慣れた帰り道がここ最近重いものがあったが、今日は一段と重い。沈黙に耐えきれず口を開けば状況は一変するだろうが、口下手でこんな時ばかり頭が追い付かなくて。何を話そうかと考えている内にタイムリミットは着々と迫る。
「………う」
 耳に何か聞こえた。多分、幻聴ではない。
「植木…?」
 勇気を出して立ち止まり、顔を覗く。と、その顔は意外なくらい赤く染まっていて。予想外のことに驚いて、俺はぐるぐるぐると考えてた事柄全部が頭から飛んでいってしまった。
 俺が呆然としている間に、植木は自分を取り戻していた。
「ご、御領!」
「!……な、何だ?」
 また吃驚して、反応が遅れた。今日はカッコ悪いところを見せてばかりだ。
「あ、あの……」
 あの勢いは何処へ行ったのか。今度は悄々と小さくなっていく植木を理解しきれなくて、でも植木が今から言わんとしていることを聞き逃したくはなくて。耳を澄まして目を見た。が、植木には赤い顔で逸らされる。ちょっと、………かなりショックなんだが。
「そ、その……」
 もごもごと口籠もる。
「だ、だから……あ、の…その……」
「……植木?」
 まごつく植木が心配で不安になって名を呼べば、怯えられる始末。やっぱり、友達も嫌で別れたいのか?そうなの、か…?
「御領!」
 俺の戸惑いを察したように、急に大きな声で呼ばれた。今度はキッと睨まれた。やっぱり、別れるのか。だから睨まれたのか。蜷局巻く気持ちに自分でも手を焼く。
 ズイッ。効果音をつけるとしたら、まさしくそうだろう。俺の不安を掻いて退かすかの如く、俺の前には植木の手が差し出された。その手の中には箱が握られている。小さくて、掌と同じくらいの大きさの。
「う、えき……」
 これは、何?問う声は植木にも聞こえてくれた。植木は恐る恐ると言ったていで顔を上げ、俺を見上げる。この身長差でさえ、今はもどかしい。
「ほ、…ホワイトデー!」
「あ、ああ」
「だから、チョコ…御領に!」
 チョコ?俺に?何で?嫌いじゃ、ないのか?
 何で何で何で。俺は聞いてばっかりだ。
「……まだ、好きか分かんない」
「植木」
「けど、嫌いじゃないから」
 夢なら覚めろ。このまっすぐ俺を見つめる視線が、夢だったなんて知りたくもない。
 夢じゃないなら教えてくれ。この天にも昇る喜びをどう表現したらいいか。
     
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