March.14
『お、オトモダチから、で………お、お願い、しま……す………』
 誰に言ってんだっていうお友達宣言をしてから、大分時間は経った。大分と言わず、半年くらい。今、学校はキモいピンクに包まれている。
「なあ、牛深君よ」
「なんだい、植木君よ」
「俺は浦島太郎の気分だよ」
「また急にどうしたんだい」
「何時の間にホワイトデーになったんだい」
 竜宮城から沖に上がったら時が早く進んでいた浦島太郎の気持ちが、今国語の問題で出て来たら正確に答えられる気がする。本当、人間って時間や場所が一気に変わったら真っ白になるんだ。現状を理解するのに時間がかかって、これは夢かと思ってしまう。時の流れは早いって誰かが言っていたような気がするが、頷ける。超早い。
 俺の間の抜けた質問に牛深はぽかぁんと呆けて、間が空く。何だ。そんなに変なこと言ったっけ。少しして牛深はハッと我に返り、真剣な目で手を伸ばしてくる。手は俺の額に伸び、子供体温が温かいけど牛深だからキモくて眉間に皺が寄る。あ、駄目だ。アイツの癖が移ってる。アイツみたいに年がら年中眉間に皺寄せて、街中では老けて見えるし見た目不良だからお近付きになりたくない人間にはなりたくない。
 牛深は俺のデコに手を当てたまま、むうんと奇声を発して唸る。なんだなんだ。一体どうしたんだ。
 やがて伸ばした手を引っ込めた牛深にどうしたと尋ねた。が、またむうんと唸る。あんなことしておいて、何も言わない気か。
 しかし、それは杞憂だったと思い知る
「熱はないみたいだし…」
 これはねえよって突っ込むべきなのか、はたまたお馬鹿ちゃんって流すべきか。取り敢えず間を取って、おでこに渾身の頭突きをかましてやった。
「いってーっ!!」
「…痛ぅ……」
 だが忘れちゃいけないのが、ダメージは俺にも来るってこと。二人仲良く机と今日はして撃沈。何やってるんだろ、俺。
「いったいなあ!何すんだよ、植木っ」
「五月蝿い、響く」
「え、悪いの俺?明らか被害者だよね」
「石頭め」
 やったのは俺のはずなのに、何でこうも被害が大きいんだ。絶対頭は岩で出来ているに違いない。涙がちょちょぎれて、俺は喋るのも億劫になった。
「急にどうしたの。植木さんや」
「いやあー……」
 そう。ホワイトデーなんて俺には関係ないから、毎年キャッキャッピンク色を発する奴らを見ているだけだった。いいや。見てもいなかった。どうでもよくて頭の中に入らなかった。
 だが、今年だけは違った。事の発端は御領の幼なじみを自称する隣のクラスの菊池にあった。本当、余計なことをしてくれた。
『あれ、植木ちゃん。御領にチョコ無いの?』
 俺達がお友達関係だと知っている菊池はさも驚いたと言わんていで、バレンタインデー当日いけしゃあしゃあと吐いてくれなすった。勿論俺はワケ分からんと、は?と昼飯中だったにも関わらず菊池を見た。御領とまではいかないが、贔屓目で見ても御領よりちょっと下の顔。って、牛深に言ったら驚かれてしまったが。
 御領は菊池を咎める口調で目線を向け、しかし菊池には効かない。
『だってさ、バレンタインだよ?恋人気分うっきうき☆だよ?』
 今日チョコ渡さなくて何時渡すんだ。こうも堂々と言ってくれるとまるでこっちが悪いように聞こえ、暗示にかかるな自分と自分で励ます。この虚しさったら無い。
『付き合ってもいないのに、渡すわけないだろ』
 御領がフォローしてくれたが、それは意外なほどに冷たさを含んでいて。俺はその時の御領のひょうじょが忘れられず、今更渡すなんてことが出来ないままホワイトデーに突入。
 結果、俺は頭を抱えることになった。
「…まあ、色々あるんだよ」
 ふっとたそがれてみる。キモいけど、こうでもしなくちゃやってらんない。
「え、俺馬鹿にされた!?」
「…馬鹿を馬鹿にしてもねえ……」
「うわ、超ムカつく!」
 さて、どうしようか。あんなことがあってから今日、結局買ってしまった。朝、勢いに任せて。何を?チョコを。マシュマロは俺が嫌いだから、必然的に却下。
 コンビニに並んだお菓子を俺が買っても違和感無いくらいに、男が贈るのは普通だった。今日という日だけは。
 問題はこれを何時、どうやって渡すかということだけだ。
 いや、これが一番問題なんだってば。今まで家族や友人以外に貰ったことも渡したこともないから、どんな顔でどんな風に渡したらいいのか分からない。御領も友達だけど、一応告白されちゃっている関係なわけで。これからがあったらいいね、って関係なわけで。
 当然そうなると、俺はこれを渡してしまったら告白をOKしちゃうってことで。でも心はまだ決まってないし、かといってあの御領の顔が忘れられるはずなんかなくて。
「どうしよう……」
 厄介な人に告白されたもんだ。
     
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