賢妃庚氏を漸う下がらせ、王は真っ向から安浪長公主と対峙した。母后廃妃閔氏に似た烈しい性格でよく王に小言を言いに参内する安浪長公主は、王が即位する前からのことをよく知っている。仲がよかったからなどという甘ったるい理由からではなく、間諜を使って弱味を握ろうと常日頃から画策していたのである。
 淑やかさとは縁遠い妖婦だ。王はしかし女傑と思わない。女傑なら真っ向勝負を仕掛けてくる故、安浪長公主のように狡猾に動きはしない。元は下働きが才人となり昭容となり徳妃、淑妃と着々と地位を固め地盤を築き、最後には王妃の栄誉を与えられたのが廃妃閔氏である。しかし義晋太子を呪詛した罪で廃位、後に賜薬を下され無念の死を遂げた。
 廃妃閔氏の娘が淑やかなはずがない。この権力と寵愛を争う後宮で、慎ましやかに生活出来るなら呪詛など起こりうるはずがない。事実、廃妃閔氏は呪詛など行っていないし濡れ衣を着せられたのだが、宮中は己のために他人をも平気で蹴落とす怖ろしい場所だ。母后に恨みを晴らせと言われているに決まっているし、安浪長公主は機会を窺っているのだ。
 油断ならない人物だと、王は常に安浪長公主の行動を間諜に監視させていた。長公主が謀反を起こし、王に取って代わろうとするなら。太子ではなく自らが女王として即位する気ならば、王も慈悲を施す気はなかった。
「助かりました、姉上。礼を言います」
「主上、何時から賢妃如きが大殿に入れるようになったのです」
「さあ。私にも分かりかねます。下働き如きが王妃になれた頃からじゃないですか」
「主上。我が母后を侮辱するのですか」
 目くじらを立てた安浪長公主は、王を威圧せんと身を乗り出して見据えた。安浪長公主に母后の悪口雑言は禁句だ。分かっていながら王は本性が出たかと、内心ほくそ笑んだ。
「廃妃ではなく、姉上は我らが生母弓明王后の娘のはず。何を怒る必要が?」
「主上。それ以上は許しませんよ」
「勘違いされぬように、姉上。私は王です。それ相応の態度を示して頂かねば」
 姉殺しの汚名を着たくありませんと肩を竦めると、長公主は白い肌を真っ赤に染まって怒りを露わにしてきた。
「どうしても私を怒らせたいのですか、主上」
「私も侮られたものです」
「主上」
「太子を操り、王位すらも手中に収めようとした。廃妃閔氏の復位と恨みを果たすために、ね」
「……何時からですか」
「最初からです。もう丸見え。間諜を使う必要もありませんでしたが、血判状は残念ながらこっちの手中に収めたいので」
 謀反の疑いがあると気付いた時は、とうとう頭角を現したかと哂笑した。氷山の一角でしかなかったから、大袈裟に騒いで裁くわけにもいかず、慎重に慎重を重ねて証拠を集めるのに苦労した。
「で、太子もいるのでしょう?私は廃位されたことに?」
「主上、悔しくないのですか」
「悔しい?」
「廃位されるのです。廃庶人となるのに、主上は悔しくはないのですか」
 何を戯けたことを。王は呆れて悔しいと思う気にすらならず、鼻で嘲笑した。
 想い人と引き離されてから心は宙を漂い、王政に熱を注がなくては生きていけなくなった。だが反比例して体は日々壊れていき、一日も気も心も休まる日がなくて不眠不休の日々が続き、夜伽をしてもしなくても眠れず不眠症になっていた。妃嬪は隙あらば何をしでかすか分からなかったし、側近なんていないから命を狙われても守ってくれる人はいなかった。妃嬪を愛しておらず、同じように愛しているとはお世辞にも言い難い子供達であったが、父親としての義務は果たしてきたし最後まで果たすつもりだ。
「姉上、下がって下さい」
「主上」
「逃げやしません」
 安浪長公主は逡巡して、房室から下がって入れ替わりで太子が部屋に入る。内官に命じて皆を下がらせ、房室には妙な沈黙が包み込んでいた。
 王は鎧を着けた太子に目を向けた。年は百と少しだったろうか。生まれた時からあまり見ていないので、どのくらい成長したか分からない。
「太子」
「はい、殿下」
 父とは呼ばない。王も名を呼ばなかった。
「王位に着いたら、どうするつもりだ」
「どう、とは…」
「自ら親政を行うのであろう。どうやってこの国を治めるのかと、余は尋ねているのだ」
 大体の予測はついていた。が、それを太子の口から聞かねば王位を渡すわけにはいかなかった。
「私は――」
 頷き、太子の行動を認める。考えた通りだ。
 王は一冊の本を出し、太子に渡した。題目は、ない。
 太子は本を手に取り中身に目を通すと、愕然と目を瞠いた。
「これは…」



 本堂二百年、王、崩御。太子、完宗の廟号を贈る。
 太子、即位。王、年号を険路と改める。
 同年、王、那珂公子を王太弟に冊立。
 険路百年、王、崩御。太弟、徳宗の廟号を贈る。
 太弟、即位。年号を新木と改める。太孫を太子に冊立し、太子、正室に沙氏を迎える。
 新木三百二年、太子、反正を起こす。王、廃位。太子、廃主の後宮を廃し、処刑。王、廃主を梨島に流す。
 太子、即位。
     
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