その2
「ふふふ…」
「ふふ」
「……」
 男にとって彼女が自分のために手料理を振る舞ってくれると言うことは、男のロマンだろう。フリフリエプロンを着けて、一生懸命自分のためにしてくれているという優越感。
 だが、相手が女ではないのならば。男が恋人でも、はたして嬉しいものなのだろうか。
「お前、クソ不器用だな!分かってたけど」
「チカちゃん、次どうすんのー?」
「笠間、さっきも説明されてなかったか?」
「本当だ。お前、説明聞いてなかったのかよ」
「聞いてたけど、料理とかはじめてなんだもーん」
「うんわ、何このぷー太郎」
 答え、超嬉しい。今、料理初めてとか言っていた。嬉しさは倍増だ。
「ふふ。たぁちゃん、ニヤニヤしてるわよ?」
「兄さんもね」
「しないほうがおかしいわよぉ」
「してなかったらムッツリだね」
「そうねぇ。ね、ムッツリ」
「誰がムッツリだ」
 ムッツリと言われる覚えはない。二人の会話に不本意だが、口を挟む。
「だぁってそうじゃなーい」
「恋人が自分のために料理してくれるんだよ?無表情で見れるなんて、君ぐらいだよ」
 今にもにやけそうなのを堪えているのだが。どうやら気付いていないらしい。良かったと少しばかり安堵し、再び恋人に視線を送る。
「もういーい?」
「バカ!十秒も経ってねえじゃねえか」
 やっぱり料理している姿もバカぽくて可愛い。ほっぺたにチョコまで付けて、舐めたくなるのを僅かな理性で耐える。
 俺にチョコを買うために、わざわざスーパーに行って。しかも兄貴まで引っ張ってだ。友達と行きたかったのも事実だが、きっと内心不安もあったのだろう。俺以外とスーパーに行ったことがなければ、一人で行ったこともないのだから。
「何でお前は溶かして固めるだけなのに、それすらへたくそなんだ、このボケ!」
「一種の才能だ…」
「ご、ごめんなさい、チカちゃん」
「次やったらお仕置きだぞ」
「嫌ああぁ!」
 悲鳴をあげた笠間は兄貴に抱き付く。兄貴も流石に庇えないようで、鬼の形相で迫るチカさんに苦い顔をする。兄貴の背中に隠れた笠間は宛ら怯えた子猫だ。
 ん?今、お仕置きって言わなかったか…?
「チカちゃん…」
「ちゃんと躾して下さいよ」
「後でしとくわ……緊縛と目隠しは必須だな、こりゃ」
 眇めて見遣ると、自分には全く関係ないが不吉な言葉が聞こえたが聞こえないことにした。性格変わりすぎだろ。
 冷蔵庫にチョコを入れて固めて、やっと一息つく。チカさんなんか机に突っ伏している。笠間はこっちに走り寄り、腕を広げてやると抱き付いて来た。椅子に乗り上げ、得意の笑みを振り撒く。後ろの二人と違い、楽しそうだ。
「楽しかったか?」
「うん。チカちゃんとかあきとさんとか、ちょー料理うまいのな。おれも料理覚えよっかなあー」
 チョコを溶かして固めるだけでも楽しかったのか、そして興味でもわいたのか。何時も俺が飯を作る時は、手伝いもせずこっちを見ているだけのくせに。
 まあ、笠間にはいい刺激になったのだろう。でも、そうしたのは俺じゃないから、少し意地悪をする。
「料理出来る恋人って、いいな」
「あ、料理できないと捨てられちゃう?」
「ああ。兄貴とかチカさん料理出来るし」
 大人気ないが、笠間は気を悪くした素振りもない。寧ろ、ひひと笑ってみせた。
「辛島料理うまいからなぁ。おれ、辛島が料理してるの好きなんだよ」
「お世辞を覚えたか」
「おせじ?」
「褒めるのが上手ってことだ」
 俺の皮肉をさらっとかわしてしまうような、胸の靄が晴れることを言ってくれる。だから手放せないのだ。
「でも、辛島と料理してみたいから、教えてね」
「それはいい。今日、やるか?」
「うん」
 上気した笠間の頬を撫で、早速今日の献立を考える。なるべく長く一緒に台所に立ちたいから、手間も時間もかかるものにしよう。
「……何あれ」
「おえー」
「うわ…」
「ゲロあめえ」
 他の四人がこちらを見ながら、砂を吐きそうになっているなんて知ったことか。



「はい、辛島」
「有難う、笠間」
「おらよ」
「ありがとぉん、チカちゃん。私からもはいっ」
「…………ん」
「ありがと、秋音」
 時間が経ち、各がそれぞれの相手にチョコを渡した。笠間が料理経験がないことは予想していなかったが、見た目からして出来るとは到底思えなかったため、本当に溶かして固めただけだ。何時の間に用意していたのか、菊陽も渡している。
 中身は知っていたが、辛島達は緩む頬を止められなかった。辛島はさっきとは打って変わって、菊陽から貰ったチカでさえ顔を赤らめている。
「……ありがと、菊」
「……」
「菊?」
「……やっぱ、夜は寝かせねえわ」
「な……!毎年、何でだよ!」
「チカが悪い」
 毎年なんだ。聞いていた四人の内、笠間を除く三人は思った。
     
return
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -