献峰三〇五年、王、崩御。公主玖珠、献宗の廟号、開山大豊安城封元大王の諡号を贈る。
 三年後、公主玖珠王位に着き、李万年と国婚。年号を天道と改める。
 天道一年、女王、大君出産。名を珠洲とする。
 天道一二年、大君珠洲を世子に冊封。

 天道四二四年、女王、世子珠洲に譲位。女王を上王とし、王婿を大婿とする。王、年号を改元と改め、上王の住まいを台州の完成宮とする。



 鍋の熱で額を伝う汗を拭い、手を前掛けで拭いた。味付けをして、満足感に溢れた息を吐いた。
 厨から赤と橙、それに黄色が混ざった夕焼けを眺めながら外へと出た。夕焼けに染まった愛しい人の姿に、瞬時に惚れ惚れと思わず見惚れてしまった。そんな自分におかしくなり、鍬を持って汗水流している彼が誇らしくもあった。
「旦那様」
 このままこうしてはいられないと、声をかける。彼はきっと、今日も鍬を持って耕して疲れて腹も空いているはずだ。
 声に応えて、彼が鍬を休めてこちらを窺う。
「お夕飯の準備が出来ました」
「そうか。今日は遅かったね」
「まあ。何時もと変わりません」
「腹が空きすぎたかな?」
「何時もそればかり」
「夕飯が毎日楽しみなんだよ」
 彼女を喜ばせるお世辞に、彼は作戦通りに喜ぶと成功したと言わんばかりに悪戯に笑ってみせた。どれだけ歳月が過ぎても胸をときめかせる笑顔に胸は踊って、躍動感に笑顔で答えて中に入ろうと勧めた。
 何時もならこのまま厨に行くのだが、今日は遮られてしまった。
「母上」
 懐かしい声に。
「世子…」
 感極まって、その声は何時かと同じく震えてしまった。彼に再会した時と同じように、会いたくてたまらなかった。
「母上、世子ではありません」
 我が子に責務を全て押し付け、のうのうと安穏と暮らしてしまっていることに罪悪感で押し潰されそうだった。産まれてきたことに何ら罪はないのに、産まれてきたことを彼女のせいで罪にしてしまった。
 それだけでなく、我が子に生きていることだけで重荷を背負わせてしまった。最後に与えられたことと言えば、望んだ人を国母の座に迎えてやることだけだった。それすら吉と出たのか凶と出たのか、良かったのか悪かったのか判別すら不可能だった。
「主上」
「いいえ、そうではありません。母上」
 再度違うと首を振った我が子に首を傾げ、間を空けてからもしやと思い至った。
「珠洲」
「はい、母上」
 嬉しかった。胸から沢山の何かが溢れてきて、嬉しいだけじゃ足りなかった。
「玖珠、この方は…」
 二人の間を遮り、夫が疑問を口にする。我に返って、しかし彼に言っていいかどうか迷った。
 あの子のことは、夫であった人の子だと思っているのだろう。夫であった人の子も確かにいるが、この子は違う。この子は愛した人の子で、それは他でもなく紛れもない――。
「父上」
「は……ち、ち…?」
「珠洲!」
「母上。やはり、仰っていないのですね」
 ダメだ。ダメなのだ。首をゆるゆると力無く振る。
 これは酷なのだ。彼にとって、それは最も言ってはいけないことになる。
「母上。私は、母上の子供であったことを、幾度も悔やみました」
 突きつけられた事実に、胸に何かが刺さる。知ってはいたものの、実際に口に出されることとはわけが違う。
「ですが、父上の子供であることを後悔もさせて頂けないのですか」
「珠洲…」
「父、だと…。玖珠、もしかして…」
「はい、父上。私は廃主嘉定君――那珂公子様の息子です」
「わた、しの…」
 ダメだと言ったのに。何度も言いかけたし、言うべきだと分かっていたからこそ、実際言わなければ彼は死んでも尚後悔しきれない責め苦に苛まれてしまう。そう分かっていても、これだけは言ってはならなかった。
「玖珠」
「旦那様…」
 彼の子を産みながら、幾人もの人の子を産んだ。無理矢理に引き離された彼にしてみれば、淫乱だと罵っても真っ当だと言えるし、優しい彼は自分を責めるかもしれない。
「君に重荷を背負わせてしまったね」
「いいえ、いいえ。貴方様のお子を抱きたいと願い叶えながらも、私は…」
「それを言うなら、私もだ。何人も、息子がいながら抱いたんだからね」
 こうなってしまうことを怖れていたのに、まさかこうなってしまったとは。
「珠洲、何てことを…」
「玖珠」
「旦那様…」
 叱ろうと身を乗り出した玖珠を制した彼は、口を出すなと暗に言った。制されては如何様にもしようもないので、玖珠は悄々と引き下がった。
「名は珠洲と言ったな」
「はい」
「有難う」
「え?」
 流石の珠洲にも予想だにしていなかったのだろう。予期せぬ礼に、今まで威風堂々としていた珠洲が小さく見える。
 珠洲は本当は怖かったのかもしれない。怖くて、けれど気丈を振るって。そうでもしないと、今まで苛んできたものと向き合えなかったのだ。
「だが、謝りはせぬ」
 キッパリと、彼はそう宣言した。
「私達のために、重荷を背負って…立つことすら心苦しかろうに」
「あ、あの…」
「珠洲」
「ち、ち上……」
「ああ、いいものだな。父と呼ばれるのは。これを、玖珠は独り占めしてたのだな」
 至極嬉しそうに笑った彼に、玖珠は涙ながらに頷き息子を抱き締めた。



 改元五二三年、大婿李氏、崩御。王、建貞雅宝厳観王配の諡号を贈る。
 改元七二三年、王、崩御。世子、王に高宗の廟号と秀源嘉貞丹誠本暁大王の諡号を贈る。
 翌年、世子須玖、即位。年号を全定と改める。
 全定三年、上王崩御。王、全宗の廟号との渓谷網羅明大法功女王の諡号を贈る。
     
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