「上監媽媽、世子邸下がお見えです」
「通せ」
 愛情を一切注いでやれなかった世子は、あの人にそっくりの顔立ちをしていたから、懐かしいその顔を見るとあの人を思い出して悲しくなってしまう。だから極力会わないようにしたし、母としての愛情を注いでやることは出来なかった。
 黒いヨンポを着た嫡子と久方振りに対面し、また一段と成長したと感慨深くなる。会う度に成長する我が子は愛しい。あの人との唯一の子供だからこそ、愛しくて側に近付けたくなかった。
「母上、お話が。お人払いを」
 内官に視線を投じ下がらせた。二人だけになることに眉根を寄せていたが、王命には逆らえないのだろう。しずしずと静かに恭しく下がり、室内には二人だけになった。
 その沈黙が紛らわしくなり、誤魔化すように敢えて視線を合わせた。世子はそれが嫌だと顔を顰めたが、自分から視線を逸らすことはなく口を開いた。
「嬪宮を迎えたいと思います」
 ほう。初めての嘆願に女王は興味をそそらせた。
 他の大君含む王子や翁主は、それぞれ十前後で結婚させていた。翁主は降嫁するため宮殿から出て相手の屋敷に入り、王子君や大君は相手を娶り屋敷を与えた。婚期にないものは宮殿にいるが、特段目をかけることはなかった。だから子供達は自分を見てくれと自己顕示をあからさまに示してきたし、それを分かっていながらも視線を向けなかった。
「相手は」
 だけど愛した人の息子である世子には、せめて世子には同じ様にはなってほしくなくて結婚をさせなかった。臣下が薦めても、世子が首を振れば拒絶した。それが女王に出来る唯一で、その女王に出来ることまでしないことは母としての情が許さなかった。
 それが中途半端な情だと罵られようとも。
「奇蓬莱」
 世子はゆっくりと口を開いた。女王は時が止まったように感じ、瞠目して鼓膜を震わせた言葉の真偽が分からずにいた。
「……今、何と申した」
 震えながら吐き出された言葉も、女王には到底似つかわしくないものとなる。それを予め想定していたのか、世子はまた口を開く。
「奇、蓬、莱と」
「それは…」
 一語一語を区切って。
「はい。九十九諸島連合王国の公子です。母上が愛した父上が治めし、我が第二の祖国九十九の……我が叔父上です」
「世子!」
「何ですか。今の時世、血族が婚姻の妨げになるとでも?」
「世子」
「何かまずいことでも?母上」
 ギリリと歯軋りしたい衝動に駆られる。
 唯一愛した人は、隣国の世子だった。彼女は跡継ぎのいない先王の副君で、互いに互いを愛しながらも将来互いに王座に着くことが定められていた。月に一度の逢瀬は内心胸を弾ませながら、しかし少ししか会えないことに不満すら抱いていた。
 そんな時、先王が崩御された。逢瀬の最中に臣下に引き摺られ、二度と会うことが叶わなくなった。女王となって国を治め、周りを信じながらも疑う日々の中で婚姻を結び、初夜も過ぎた最後の逢瀬から三ヶ月。女王は身ごもった。それが世子だ。
 王婿の子と言うことにしてあるが、世子にも言ってある通り隣国の王の子だ。世子が言った奇蓬莱は何の当てつけか、それとも偶然の一致という馬鹿馬鹿しいものか。どちらにしろ、隣国の王となった世子の叔父にあたる人だった。
 他国の公子を王配に迎える。これは特段珍しいことでもないが、あまり例はない。この国が上国とする縹草大皇帝国の皇帝も、同じく大皇帝国を上国とする紗綾国の世子をしかも王妃として迎えたし。他には瑞雨王も胡蝶花帝国の大君を王配に迎えた。
 その例を考えれば、まだ許せる。
 しかし隣国の公子と言うだけでなく、嬪宮に迎えたいと言った相手は世子の叔父なのだ。姻族でも親族でもなく、血を分けた血族なのだ。血族――兄弟姉妹で婚姻を結ぶことは認められており、それがいけないとはあまり強くは言えない。
 しかし、隣国の公子である叔父を、四百も年の離れた叔父を嬪宮に迎えるなんて前例がない。更にまずいことに、王室に傷が付くために世子が王配の子でないことは公然にされていないのだ。
 どう転んでもまずく、女王は顔を蒼然とさせた。何時も全く表情が変わることがない女王の顔色が変わったことがおかしかったのか、世子はクツクツと笑って口の端を上げた。
「母上も父上を愛したからこそ、私を産んだのでしょう?」
「世子」
「私は世子を奉城大君に譲ってでも、あの方と婚姻を結びます。仮令、月影の献貞王后のように密通の汚名を着せられても」
「世子!」
「何がいけないのです。母上は私が父と思っていた方に対し罪を犯したのに…」
「……そうか」
 子は親に似てしまうのか。語気を落として、女王は頭痛を抑えるようにこめかみを親指で押した。
 今だ痛みを訴える頭を放って、腰を上げると背後に置いてあった護身の剣を取って抜いた。その先は世子に向けられ、世子は突然のことに双眸を瞠った。
「玉座をなめるなよ、小僧が」
「は、母上…」
「お前は王にならなければ生き残れぬ。お前が世子位を捨てるとほざくなら、今ここで斬り殺してやろう」
     
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