周りから見た、神宮寺レンという人間の恋愛に関するイメージと言えば。

本人がその気を出せば男だろうと女だろうと堕ちない者はいない。或いはその気を出さなくとも、勝手に好いて寄ってくる者だって少なくはない。それらの全てが本人にとってはただのお遊びで、決して本気で誰かを想うことはないけれど。容姿や歌、財力に恵まれているというだけではなく、圧倒的に人を惹きつける何かを持っている人間。それが神宮寺レンである。

彼を知る多くの人間は、きっとそう答えるだろう。そしてレン自身も自分がそんなイメージを持たれていることを認知していたし、またそれが事実であった為に否定も肯定もしないでいた。レンは確かにほんの数日前までは、周囲のイメージ通りの人間であったのだ。

それが一体、どう間違ってしまったのか。

「聖川っ」

部屋で正座をして半紙に向き合う同室者の名を呼びながら、ずかずかと彼の目の前まで迫って思い切り机を叩く。真斗は大きな音を立てたそれに特に動揺することもなく、露骨に顔を顰めて不満げにレンを見上げた。

いつもは笑みを顔に張り付けて、故意か否か周りを魅了しているレンの今の顔を、真斗以外の誰かが見ればきっと驚いただろう。しかしレンは普段から真斗の前でだけは冷静さを欠き、まるで子供のように喧嘩をふっかけてきたり、嫌悪感を露にしたりとやたら挑戦的だ。それでも最近は、なんだかんだで二人は仲が良い、というレンにとって腹立たしい以外の何でもない噂が学園内に回っているらしいが。

ともかく真斗は負の感情を素直にぶつけてくるレンの方が見慣れている為に、今更顔を赤くしながら自分を睨み付けてくるレンを見たところで全く動じない。顔色ひとつ変えないことが更に気に食わないのか、レンは一層不機嫌そうに顔を歪めひとつ舌を鳴らした。

「騒々しいぞ。なんだ、神宮寺」
「自分のしたこともわかってないのか、聖川……」
「お前はいつも俺に大して怒っているだろう。一々理由など気にしていられん」
「それじゃあまるでオレが悪いかのような言い方だな。気に食わないね」
「お前が悪くないと言うなら、何に怒っているのか説明しろ」
「っだから!!」

埒が明かないと判断したらしいレンは、首にかかった長い髪を鬱陶しそうに耳に掛け、反対の手でシャツの襟元を開き真斗に迫る。レンの首には小さくだがくっきりと鬱血した痕が浮かび上がっていた。確かに、覚えがある。それは紛れもなく、昨晩真斗がつけたものだ。

「なんだ、そんなことで怒っているのか」
「そんなこと……?オレはいつも痕が残るようなことはするなって言ってるだろ」
「そんなに肌を露出させているからいかんのだ。しっかり釦を留めれば誰にも見られないのだから困らないだろう」
「そういう問題じゃない!」
「ならば何がいけないと言うのだ?」

只管抗議するレンに対し、本当にわからない、と困ったように真斗は小首を傾げる。レンは言葉を詰まらせて唇を強く噛み締めると、もういい、と声を荒げながら真斗に背を向けて歩いていった。そのまま大きな音を立てて部屋の扉が閉められる。

真斗はぽかんとして数回目を瞬かせたが、どうせすぐに帰ってくるだろう、と再び半紙と向き合うのであった。

◇◆◇

「なあレン、どうしたんだよ。今日は偉く不機嫌だな」
「そのような感情を隠さないとはあなたらしくないですね。また同室の彼と喧嘩ですか?」
「……別になんでもないよ」

誰が見ても怒っているのがわかる、そんな表情とオーラを纏って寮内を歩いていたレンは、向こう側から歩いてきたトキヤと翔に遭遇した。レンとしては今は一人でいたい気分だったのだが、そんな姿で歩いていたらファンの女の子が泣くぞ、と必死に引き止められてしまったのだ。今の状態では、何も悪くない親切な友人二人に八つ当たりをしてしまいそうで怖かった。そうならないようにと、必要最低限のこと以外は話すまいとそっぽを向いて口を閉じる(そうすることで更に一層不機嫌そうに見えるのだが)。
トキヤと翔は顔を見合わせて首を傾げる。今まで何度か怒っているレンの姿を見かけたことはあるが、ここまで不機嫌になっているのはさすがに見たことがなかった。

「あー、ほら、話せるとこねぇの?全部じゃなくてもさ。言ったらスッキリするかもしんねーじゃん!」
「あなたが話したくないと言うのなら構いませんが、話して悪い方向に進むということはないと思いますよ」

いつレンの怒りが爆発してとばっちりを受けるかわからない状態であるにも関わらず暖かい言葉をかけてくれる二人に、レンの心は多少揺らいだ。確かに、名前と詳しい事情を伏せれば一部始終を話しても問題は無いかもしれない、と思う。話を聞いてもらうだけで気持ちが楽になる、というのは月並みな言葉ではあるが、確かに事実である。


真斗とレンは、つい最近、恋人という関係を始めた。自分たちでも未だに信じられないのだから、当人以外の誰かがそんなことを知れば卒倒物だろう。或いは何かの冗談だと流されるに違いない――それはそれで助かるのだが。何しろあんなにいがみ合っていた二人なのだ。運命というものは本当にわからない。男同士なだけでなく仲が悪いことで有名な自分達なのだから、付き合っているだなんて誰にも言えるはずがない。二人が所謂秘密の関係であるからには、あまり容易に口外しすることはできないのだ。

襤褸を出さないように、と頭の中で話す手順を考えながら、レンが口を開く。

「……キスマーク、ってやつをつけられたんだよ。痕は残さないっていう約束をしてたのに……しかもそれを少し咎めたのに、何も悪いなんて思ってない」

先程の真斗の態度を思い出してまた腹が立ったらしい、レンは話しながら端正な顔をぐしゃりと歪める。いっそ何が悪いのかわからないと惚けているのならまだ良かった。しかし彼は本気でわかっていないのだ。だから反省のしようもないし、きっとこれから先も痕をつけてくるだろう。

「キ、キスマークって……あ、でもこっからじゃわかんないぜ」
「そうですね。どこにあるのか見えません」

そのような話にあまり耐性の無い翔は恥ずかしそうに顔を赤らめるが、トキヤは極めて冷静に頷きながら対応する。

「隠してるからね。けどあんまり続くと隠しようがなくなるし、何よりオレの忠告を無視するって言うのが気に食わなくて」

レンは呆れとも怒りともつかない顔をして溜息を零した。それを横から不思議そうな顔でじっと見つめる翔を不審に思い、どうかしましたか、とトキヤが問いかけると、言っても良いことなのか迷ったらしい翔は少し言葉を濁らせた。

「あ、いや、レンさ、そいつのこと好きなのかなーって思って」
「――っ!?」
「どうしてそう思うんです?」
「だってこれからも続けるつもりなんだろ。いつも他の女の子とは一回きりの関係じゃんか。しかも自分の言ってること無視されるってわかってても続けるなら、それって好きってことじゃないのかなーって」

レンは思わず言葉を失くし、呆然として翔を見た。どうやら自分は、目の前にいる小さな彼の洞察力を大分見縊っていたらしい。普段自分がおチビちゃんと呼んでからかっている筈の彼がそんなに鋭いところを突いてくるだなんて少しも予想していなかった。言ってしまえば、翔やトキヤはそういうことには疎い方だろうと油断をしていたのだ。まさかそんな指摘をされるとは思っていなかった為に、それではいけないとわかっているのにタジタジになってしまう。

「えっと……だから、それはね、」
「どうやらそのようですね。顔が真っ赤ですよ、レン」
「へえー!良かったじゃん!もう付き合ってるのか?ってそりゃそうだよな、キスマークつけるくらいだし」
「いや、だから、そういうんじゃなくて……っ」

――面白い。
トキヤは正直に言えば、その時そう思ってしまった。

いつもは比較的冷静に周りを見ている立場である彼が、自分のことになるとこうも取り乱す。恋愛には慣れているはずの彼がこんなに動揺する姿は初めて見た。きっと本気の恋なのだろう。初めての本気の恋で、どうしたらいいのかわからないのだ。その不安が苛立ちになってしまって、些細なことで怒ってしまうだけ。実際はキスマークをつけられたこと自体が不快なわけではないのだろう。それはただの口実で、他にもっと何か理由があるに違いない。そのことに本人さえ気付いているのかどうか怪しいが。

いつもの彼らしさは何処へやら、顔を赤らめて落ち着きのないレンの様子に、トキヤと翔の口角が上がった。まるで面白い玩具を見つけたとでも言うように。

「レンってそんな顔もすんだな!いつも俺のこと可愛いって言うけど、今のレンの方がよっぽど可愛いぜ」
「そうですね。恥ずかしがることなんてありませんよ。他に悩みなどないんですか?恋というものは不安だらけらしいですからね、どうぞ吐き出してください」
「ちょっと……この手はなんだい、二人とも。腕を掴まないでもらえるかな」

しまった。逃げ出そうと思ったのに、それよりも早く両腕をがっしりと掴まれて身動きが取れなくなってしまう。自分を抑える二人の顔を見ると、なんとも意地の悪そうな笑みを浮かべていた。どうやら彼らはこの状況を心底楽しんでいるらしい。

(やっぱり話すんじゃなかった……)

そうは思っても、後悔先に立たず、という言葉もあるくらいで、言ってしまったからにはもうどうしようもないのだ。いっそ泣きたいくらいの気持ちに襲われるレンをお構いなしに、二人はそのまま質問責めをし続ける。

「なあなあ、どんな奴?背高いよな、レンの首に届くくらいだし」
「あなたを本気にさせるなんて相当ですよね。一度見てみたいものです」
「だからそういうんじゃないって……、二人は勘違いをしているだけだよ」
「おおー、髪どかしてシャツ捲ったらすげーくっきり見える!独占欲強い相手なんだな、きっと」
「ちょ、ちょっとおチビちゃん、そんなにまじまじと見なくていいってば」
「レンは人気がありますからね。こうでもしておかないと取られると思ってるんでしょう」
「イッチーも止めてくれても良いんじゃないかな?ねえ、聞いてるのかい?」

二人に腕を押さえられているために抵抗のしようがなく、好き放題されてしまう。どんなに口で抗おうとしたところで二人の耳には入らないか、仮に入っていたとしても聞こえないふりをされる。まるで拷問のようだとレンは顔を青褪めさせながら思った。

(こんなことになるなら、部屋を出てくるんじゃなかったかな……)
(でもあのまま聖川と一緒にいたら、もっと嫌な気持ちになっていたかもしれない)
(それもこれも全部、あいつのせいだ!帰ったら文句を言ってやる……!)

恥らったり青褪めたり怒ったりと、レンの表情はころころ変わる。ただでさえ彼が素直な感情を表に出すのは珍しいというのに。トキヤはその様子を見てくすくすと笑いながら、レンの腕を掴んでいた手を頭に持っていく。そのままぽんぽんとあやす様に撫でると拗ねたような表情をするレンがおかしくて、また笑みが零れた。

「少しからかいすぎましたね。すみません」
「お、おう、悪かった。レンが余裕ないとこ見るの初めてだったから、つい」
「……オレだって自分で変だと思ってるよ。恋愛に関しては何があっても対応できると思ってた」
「何事も初めてというのは不安が付き纏うものです。徐々に慣れていけば良いと思いますよ」
「そうだな。俺達も話ぐらい聞くし、わかんねーことあったら三人で悩めば良いじゃんか」

なっ、と言ってにかりと笑う翔に微笑んで頷くトキヤ。自分をからかいながらも気を遣ってくれているのだと感じて、いつの間にか先程までの苛立ちはなくなっていた。普段の穏やかさを取り戻したレンに安堵し、三人でしばらく談笑を繰り広げていたその時。


「神宮寺!」

苛立たしげに自分の名前を呼ぶ声が聞こえ、レンが振り返るのとほぼ同時に、強い力で腕を掴まれていた。それが誰であるのかということは顔を見なくてもわかっている。それでも、どうして目の前の男――真斗がこんなに苛立っているのかはわからなかった。驚いているのはレンだけでなく、トキヤと翔も目をぱちくりと瞬かせて真斗を見ている。

「……何しに来たんだ、聖川」

わざと表情を曇らせたレンが無愛想に問いかける。既に怒りは収まっていたものの、こちらから素直に折れるのは気に食わなかった。それに普段から二人は仲が悪いことで通っているのだ。事情を知らないトキヤと翔の前で下手なことはできない。

真斗はレンのそんな思考など知らない為に、レンの態度を見て更に怒りが増したらしい。眉間にきつく皺が寄り、整った顔がぐしゃりと歪められた。

「貴様が部屋を飛び出したっきり中々戻ってこないから探しに来たんだろう!」
「余計なお世話だよ。オレがどこで何してようと勝手だろ。聖川だって人の話聞かないんだから」
「子供のような屁理屈を言うな!それとこれとは話が違う」
「いいや、違わないね!」

そのまま口論を始める二人を見て、トキヤと翔は困ったように顔を見合わせる。止めに入るべきだろうか。いつもは放っておいているが、ここは沢山の生徒が利用している寮内だ。しかしいつものただの喧嘩とは少しだけ雰囲気が違うように思えて、下手に止めては更に険悪な自体を招いてしまうような気がした。

「そもそもお前は何が気に食わないと言うんだ?理由がわからなければやめる必要がないだろう」
「オレの言うことを聞かないこと自体が気に食わないと言ってるんだよ」
「それでは理由にはならない。とても納得できないな」
「……っ!だったらお前とはもう二度としない!」
「……なんだと……?」

――まずい。

真斗以外の三人は、即座にそう感じ取った。空気が凍り、黒い何かが真斗の周りを渦巻いている。それは那月が眼鏡を外した際に起こるものに近い現象で。ただ真斗は何か物を壊したり、叫びだしたりということはなく、ひたすら静かだった。だからこそ気味が悪いのだが。

トキヤと翔が慌てて止めに入ろうとするより先に、真斗はレンの腕を強引に引っ張り自室へと向かっていく。突然のことに驚いて足が縺れそうになったが、とても今の真斗は文句を言えるような状態ではなく、黙ってされるがままになるしかなかった。

「……大丈夫、なのか、あれ」
「……保障はできませんね」
「あとさ、レンの好きなやつって……」
「翔、知らなくても良いこともあります」
「……無事だと良いな、レン」
「そうですね」

◇◆◇

部屋に戻るなり、真斗によって壁に突き飛ばされたレンは背中を強く打ち付ける。真斗は痛みに顔を歪めるレンにはお構いなしに、そのまま胸倉を掴んだ。

「っ……い、た……」
「痛くしているのだから、そうだろうな」

どこまでも冷たい真斗の目にすっかり怯んでしまったレンは、抵抗をする気さえ起きなかった。こんなにも怒る彼を見たのは今までに一度もなく、どうしたら良いのか全くわからない。ただ逆らえばもっと痛い目を見るのだろうということだけは辛うじてわかっていた。

「俺とはもう二度としない……と言ったな。それは本当か、神宮寺」
「…………」

あれは怒りに任せてつい勢いで出てしまっただけで、決して真意ではない。真斗とする行為は決して嫌いではなかった。勿論気持ち良いだけでなく、痛みも不快感も付き纏うが、それでもまたしたいと思うほどの幸せを与えてくれる。今後しないだなんて自分のほうが耐えられないだろう。

そう思ってはいたけれど、それが言葉になることはなかった。うまく喋れないのだ。どう伝えたら良いのかわからない上に、何か言おうと思っても目の前の真斗が怖い。

「黙っているということは、本当なんだな」
「……っ」

真斗は突き刺すような視線でレンを見下す。

違う。そう伝えたいのに。どうしてそんな言葉ひとつ言えないのか。誤解をされることも、真斗を怒らせてしまうことも、素直になれない自分も。何もかもが悲しくて悔しくて、ぎゅっと唇を噛み締める。

(……どうして、違う、って言えないんだ)

無言のまま体を震わせるレンは、今にも泣き出しそうだった。涙だけは零すまいと必死に堪えた為に強く噛んだ口端が切れ、血が流れている。

それを目にした真斗はふと我に帰り、慌ててレンを掴んでいた手を離した。

「す……すまない!怒りに我を忘れるとは……情けないな……。悪いことをした、神宮寺……」

心底申し訳なさそうに、そして悲しそうに言いながら、真斗はレンの口元の血を親指でそっと拭う。いつもの様子に戻った真斗に安堵し力の抜けたレンは、そのまま床にへたり込んだ。

「……聖、川……」
「本当にすまなかった……。お前が本気で嫌だと言うなら、もうしない。だから……」
「違う!」

下から真斗の腕を掴んで自分のほうへ引き寄せると、レンは真斗に強引に口付けた。驚いて目を見開いた真斗には目もくれず、そのまま舌を絡め、歯列をなぞっていく。

言葉にできないのなら、ほかの何かで示せばいい。レンはそう思ったのだ。どうか真斗に伝わるようにと、気持ちを込めて必死にキスをする。レンは息苦しそうに顔を歪めながら、それでも口を離そうとしなかった。

「……っ」

その様子に最初は驚いていた真斗も、やがて目を細め、レンの頭の後ろにそっと片手を添える。そして一度口を離すと、頭を自分の方へ近付けさせ、今度は真斗から力強く口付けた。

レンは自分の想いがしっかり伝わったような気がして、嬉しそうにそれに応える。いつもは恥ずかしがってあまりキスをしたがらないレンの珍しい姿に、止まらなくなりそうだった。しかしこのまま流してはいけないと、どうにか理性を保ち、そっと唇を離す。

「神宮寺……」
「……違う。お前ともうしないなんて、嘘だ」
「そうか……。それを聞いて安心した。冷静になれば、それが嘘だなんてわかったはずなのにな。どうにも、あの二人と楽しそうにしているお前を見たときから腹が立ってしまって……。ただの八つ当たりだったな」
「嫉妬したのか?聖川」
「……そうだ。お前は痕を残されることを嫌がるし、本当は俺と好き合うのが嫌だったのではないかと思っていた……」
「馬鹿だな、聖川。オレは嫌なことは嫌だってちゃんと言うさ。それくらいわかってるだろ?」

レンはまるで叱られた子供のように項垂れる真斗に向き合い、困ったように笑いかける。真斗は真斗で、この関係を不安に思うことが多々あったようだ。やはり自分達はどうにも似た者同士らしい。好きになればなるほどに、どうしたら良いのかわからなくなる。その度に苛立ちが募り、どこかで突然爆発してしまうのだ。

互いに沢山の不安をぶつけあって、それは違う、これはこうすればいいと、解決策を話し合った。こんなにも簡単なことが、どうして出来なかったのだろう。素直に言葉にすれば、不安なんて吹き飛んでいくのに。嫌われることが怖くて、本音を奥に封じ込めてしまう。それは誰の為にもならないのだと、二人は初めて気が付いた。

「それでは、執拗に痕を残すことを嫌がるのは何故だ、神宮寺。責めているわけではない。ただ俺は、お前をほかの誰にも渡したくない。だからそれを示したいんだ……」
「……それは……」

今まで流暢に喋っていたレンが、その話題が出た途端になぜか口ごもった。恥ずかしそうに真斗から視線を逸らし、俯きがちに小声で何かを呟く。何一つ聞き漏らすまいと、真斗はレンの口元に耳を傾けて意識を集中した。

「……痕は、いつか消える……だろ。消えた時に、寂しくなる……。もう俺が、聖川のものじゃないみたいで……。それが怖い……。つけられるのが嫌なんじゃない。それが消えることが……嫌なんだよ……」
「っ!」

レンの言葉を聞き終えた途端、堪らなくなって、真斗は乱暴にレンを抱きしめた。

そんなことを考えていたなんて、全く想像もしていなかった。腕の中にいる恋人が、堪らなく愛しい。こんな気持ちは知らない。今まで他の誰にだって抱いたことのない感情が次から次へと溢れ出てくる。少し苦しそうに身じろぐレンの気配を感じたが、それでも腕を放すことは出来なかった。

「だったら、何度だってつけてやる……一秒も消えることがないように。だから恐れるな、レン……」
「……ああ、そうしてくれよ、真斗」

互いに顔を見合わせて、笑った。

不安も苛立ちも、目の前の恋人のせいで募っていくのに、目の前の恋人のおかげで消えていく。感情が上手く抑制できなくなる。それが恋というものなのだと、今まで自分たちは知らなかった。きっとまだ知らないことが沢山あって、その度に喧嘩をするのだろう。それでもきっと、どう足掻いたって相手を嫌いになることなんて出来やしない。

レンは愛しそうに自分の首元の痕に触れ、こっそりと微笑んだ。



きみのあと (120223)

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バカップル恥ずかしい!

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