神宮寺はその派手な見た目にそぐわない、案外初心で純情な人間だ。こう言ったら本人に失礼かもしれないがそれが事実なのだから仕方がない。女遊びが激しく肌の露出も多ければ数え切れないほどの人間を魅了し惚れ込ませている、そんな男がだ。上手く他人を口説く割に、自分が誰かから迫られることには滅法弱い。相手に主導権を握られるとどうして良いかわからなくなってしまうらしい。そのことを知った時は随分と驚かされたものだ。

「ちょっと、リューヤさん、まって」

初めて神宮寺を家に連れて来た日の夕暮れ時。恋人になって以来、教師と生徒であるという壁のせいでまともに触れることさえ叶わず、学校では事務的な話しか出来ない日々ばかり送っていたが、どうにかスケジュールを管理し二人きりになれる時間を作り出した。家に着いてしばらく他愛の無い話が続いていたがそれがふと途切れ、所謂、良い雰囲気ってやつになった時。後頭部に手を這わせて髪をくしゃりと撫でると神宮寺は少しだけびくりとして、困ったように笑った。少し疑問を抱きつつも今までの我慢から解放させてもらおうと、神宮寺をソファに押し倒し覆い被さった時だった。

まって、と言われて口に当てられるやたらと細い指をした神宮寺の手。驚いて目を見開いたまま固まっていると、神宮寺は気まずそうに視線を泳がせた。そのままなんだか言いづらそうに口をもごもごと動かしている。やがて神宮寺は観念したかのように、しっかり耳を傾けていないと聞き逃してしまうだろう声量で言葉を紡いだ。

「ごめん、その……ちょっと、緊張して」
「……緊張?お前が?」
「……うん、ごめんね、リューヤさん」
「一応聞いとくけどよ。経験、あるだろ?」

まさかな。あれだけ恋だの愛だのを誇らしげに語って、俺と付き合うまでほぼ毎日女子を取っ替え引っ替え夜遊びをしていたこいつに限って、経験が無いなんてことは有り得ない。わざわざ聞くことさえ馬鹿らしいと思いながら訊ねる俺に、神宮寺は黙ったまま少しいじけたような顔をして顔を背けた。
おいおい、まじかよ。聞いてねぇぞそんなこと。まあ聞かなかったのは俺の方だけど、そんなこと誰が想像するかって。

「……馬鹿にしてるでしょ」
「いや、別に馬鹿にはしてねぇけどよ……」
「嘘だ。普段あんなに大人ぶってるくせにとか思ってる」
「まあ、思ってないとは言えねぇな」
「……リューヤさん、むかつく」
「お前が言ったんだろーが!」

正直に言うとこの時、不貞って身体ごと横を向く神宮寺に結構、欲情した。飛びそうな理性を抑え込んだ自分を褒め称えたい。何しろこいつが初めてなんて思ってもみなかったことだ。寧ろ女だけじゃなくて男とだって経験あるんじゃねぇかって思ってたのに良い意味で期待を裏切られて、しかも本人は経験がないことをかなり気にしてる。そのくせ馬鹿にされるのが怖くて下手に大人ぶってギリギリまで言い出せなかったなんて、可愛いとしか思えないだろ。これで計算してないんだから恐ろしいやつだ。

そんなわけで、神宮寺には容易に手を出すべきじゃないとその日俺は悟った。別にキスだのセックスだのをしなくとも恋人であることには変わりないし、無理に強要するつもりはこれっぽっちもない。焦らなくてもこいつの覚悟が出来たときでいい。俺に女側の気持ちを理解することはできねぇが、怖いんだろうってことだけはわかるから。

「ね、リューヤさん」

絨毯の上に転がって気に入りの雑誌の最新号を読みながら、神宮寺は俺に呼びかける。こうやって家に呼んだ回数はもう覚えていない。どうやら居心地が良いらしく、特に用が無い日でも家にいれてくれと神宮寺から頼んでくる日が増えた。雑談して、飯食って、風呂入って、寝て。中学生かよって思うぐらいプラトニックな関係が続いてるが、それを嫌だと思うことは一度も無かった。臭い話、隣にいるだけで幸せってやつだろうな、多分。

「なんだ」
「しなくていいの」
「何を」
「だから、……」

自分から言ってきたくせに、恥ずかしそうに口篭る。こいつの恋愛レベルは表面上では年相応かそれ以上でも、多分実質小学生ぐらいのものだ。口にするのさえ恥ずかしいなんてやつ見たことねぇ。寧ろ小学生だって覚えたてで喜んで使うくらいの言葉一つに、こいつは躊躇い、赤面したり青くなったりと忙しい。その姿を見るだけで結構くるもんがある。何が、とは言わないが。

「そんなに急ぐことじゃねぇだろ。無理してやったところで良いことなんか何にもねぇんだから、お前がもう少し大人になるまではしねぇぞ」
「オレが子供だって言うの?」
「俺から見れば全員ガキなんだよ」
「でもリューヤさん、」
「あーあーうるせー。余計なこと考えなくて良いっての」

こいつの性格上、恐らく、っていうか絶対。俺が無理に我慢してると思って、嫌われることを怖がってる。こっちは歳も歳だし若いやつみたいに年中発情するわけじゃねぇんだぞ。するのだって怖いくせに、嫌われることの方が怖いからって自分の気持ちは無視して俺のことばっかり気にするこいつは本当に馬鹿だ。恋人としてというより教師として心配になる。必要以上に自分を卑下して周りに気ばっかり使ってたらいつかこいつ自身が壊れることなんて考えればすぐわかることなのに、その自覚さえないんだから困ったもんだ。

「……ごめんね」

いつもの小生意気な態度はどこへやら、神宮寺はしゅんと項垂れてしおらしくなった。謝られると逆に腹が立つ。俺は何にも気にしてなんかいないのに勝手に落ち込まれちゃ良い迷惑だ。恋人なんだからもっと頼れっての、馬鹿野郎。こいつは下手に背伸びをした中途半端な大人。一見大人びて見えても中身は多分他の誰よりも幼くて繊細だ。表に出さないからそれはすごく気付かれにくいけど。

「変に考え込むな。したいと思った時で良いだろ」

ぐしゃぐしゃに頭を撫でても子供扱いするなってお決まりの言葉が返ってこない。顔には出さないようにしてるけど、自分を責めてんだろうなってことはすぐにわかった。何も悪いことなんかしてねぇのに。それともちゃんとした行為をしないと恋人である意味がないとでも思ってんだろうか、こいつは。有り得ない話じゃない。今は恋人じゃなくたって、最悪気持ちなんてなくたって身体を繋げることがおかしくはないって時代だから。

「ね、やっぱりしようよ、リューヤさん」

そう言って、神宮寺は笑う。俺がその下手な作り笑いに気付かないとでも思ってるんだったら、舐められたもんだ。確かに俺が恋人じゃなかったら簡単に騙されてただろうけど。今まで何人もその笑顔に騙されてきた奴らと同じにされるなんて気に食わねぇし、こいつがやせ我慢してるのはもっと気に食わねぇ。怖いんだろ。手のひらに爪立てて震えるの抑えるくらい怖がってるくせに、何をそんな強がってんだよ。むかつく。

「あー、そうだな」

神宮寺が手にしていた雑誌を奪ってその辺に放り投げると、身体を反転させて押し倒した。むかつくから、ちょっとだけ意地悪してやろう。これに懲りてもう二度と軽率なことを言わなくなれば良い。生憎だが俺だって俳優の仕事は何本も受け持ったことがある。演技力はこいつに負ける気がしねぇ。
神宮寺の顔は見ないまま首筋に顔を埋めて軽く吸い付いた。大袈裟なくらい身体を跳ねさせたくせに、意地になってるのか一向に拒もうとしない。

「……っ、ぁ……」

小さく漏れた震える声が、怖いってことを物語ってる。早く拒絶しろよ、手も足も自由なんだから。俺に遠慮することなんか何一つねぇだろうが。ちゃんと抵抗しないとほんとに食っちまうぞ。
だけど神宮寺は口でも身体でも絶対に抵抗しなかった。震えてるくせに、手が俺を押し返そうとしてるくせに、何かに取り憑かれたみたいにそれ以上動かずされるがままになってる。なあ、ここで抵抗したって嫌いになんてならねぇんだぞ。いつになったら気付くんだよ、お前。
ああもう、本当に馬鹿な奴だ。だからこそ、大事にしてやらなきゃいけない。

「……リューヤさん……?」

首筋から顔を離して、黙って神宮寺を見下ろす。潤んだ目が不安そうに揺らいで小さく俺の名前を呼んだ。

「続き、するか?」

わざと意地悪く問い掛けると、神宮寺は唇をぎゅっと噛み締めて黙った。頷きたいのに頷けない葛藤を繰り広げているに違いない。いくら心では良いと思ってても身体が拒むんだろう。初めてってのは多分、そういうもんだ。別に拒むから愛がないってわけじゃねぇ。個人差ってもんがあるんだ、無理に行為を急ぐ必要なんか少しも無い。そのことを理解すれば良いんだけどな、こいつ。人に愛を与えるのは慣れてるくせに与えられることには慣れてないから、どうにも不器用になるらしい。

「馬鹿、冗談に決まってんだろ」
「え……」
「俺だって年がら年中勃つわけじゃねぇし。ましてやお前みたいなガキ相手に」
「……ガキじゃないってば」
「はいはい」

軽く宥めて神宮寺の身体を抱き起こす。見た目よりずっと軽い身体は俺の腕の中で小さく震えていた。そのくせ気丈に振舞って平気そうな顔をして、それどころか疎ましそうに俺を睨んでくる。ほんとにこいつは、無茶ばっかしやがって。俺が何を言ったとこでわかろうとしない。安心させようと思って好きだのなんだの言えば逆に不安にさせるし、かといって何も言わなくても勝手に不安になるし、とことん手のかかるお姫様だ。けど、そんなやつだからこそ。俺はこいつのこと、好きになったんだと思う。

「……リューヤさん」
「なん、……っ!?」

名前を呼ばれて返事をするよりも先に、身体が勢い良く前に持っていかれた。シャツの胸元を両手で強く捕まれて、そのまま重力に逆らえず引き寄せられる。目の前に神宮時の顔があるって認識したのと、自分がこれから何をされるのかがわかったのは、ほぼ同時だった。
唇に当たる柔らかい感触。神宮寺は自分から誘ったくせに思いっきり目閉じて顔真っ赤にしてる。目なんか閉じたらキスの意味ねぇだろうがよ、アホ。見詰め合ってこそのキスなんだって、いつかこいつに教えてやらねぇとな。

「ん、ふ……っ、ぅ……」

そのまま舌を入れてやると、思わず、と言った様に神宮寺は目を見開いて俺を見た。自分でもわかるくらい意地悪い笑みを浮かべると神宮寺の手首を掴んで暴れないようにする。多分ディープキスさえまともにしたことねぇんだろうなってのは、上手く呼吸ができなくて苦しそうにしている姿を見ればすぐにわかった。ほんっと、その見た目からは想像できねぇ姿だ。

「まずはキスが上手くできるようになれよ、レンちゃん」

唇を離してそう告げると、神宮寺は暫く苦しそうに咳き込んだ後、真っ赤な顔で俺を心底恨めしそうに睨んできた。俺から一枚取ろうとなんて甘いんだよ、お子様が。まあでも、慣れてないキスを自分から仕掛けてきたって事は一応評価してやっても良いかもしれねぇな。そうやって少しずつ、これから近付いていけば良い。俺はお前をそんなことで嫌いになったりしねぇから、お前のペースで距離を縮めて来い。お前が本当に大丈夫だって判断したら、いやだって言っても止めねぇくらい愛してやる。

「……リューヤさん、すきだよ」

――だから、下手に煽るの、やめろっての。


大人と子供 (120305)


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龍レンはどうしても甘くなりますね!(しろめ)

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