リューヤさんは、案外、ってわけでもなく、当たり前のように人気がある。何と言っても現役アイドルだし、けれどそのことを無闇に自慢したり鼻に掛けたりしないで生徒を支えてくれる人の良さも持っているし、アクション映画に出演するくらい身体能力も高ければ、事務所の取締役をしているのだから多分頭だってそれなりに良い、と思う。
今も廊下を通りすがったリューヤさんを見て、レディ達がほとんど無意識に目で追っているのがわかった。

「リューヤさんのこと、気になる?」
「そんな!私たちはレン様がいれば十分です!」

笑いながら訊ねたオレに、レディは慌てたように首を横に振ってきっぱりとそう告げた。ちょっと意地悪なこと言っちゃったかな。オレがここにいるんだから、もし嘘だとしてもそう言うしかないのにね。ありがとってお礼を言って小さくウインクすると、レディは可愛らしく悲鳴をあげて幸せそうな顔をした。女性という生き物は、本当に素直で可愛らしいものだ。
でも、なんだろう。なんとなく気持ちが晴れない。気持ち悪いとまでいかないけれど、少しだけ気分が塞ぐような。折角素敵なレディ達と一緒にいるって言うのに、オレがこんな気分じゃ相手に失礼だ。リューヤさんのせいだって心の中で八つ当たりして、余計虚しくなる。

リューヤさんの人気は男女を問わない。同じ男であっても、格好良いからと彼に憧れている人は決して少なくなかった。現にオレの親しい友人であるおチビちゃんだって、ずっと前からリューヤさんを尊敬してやまない。クラスの担任になると聞いたとき一番喜んでいたのはきっとおチビちゃんで、そんな素直で可愛い生徒であるおチビちゃんを、リューヤさんもまた少し特別に見ているような気がした。勿論扱いは皆と一緒だけど、おチビちゃんを見るときのリューヤさんはちょっとだけ優しい顔をしてる。それがしっかり意識して見ていないと見逃してしまうような些細な変化でもなんとなくわかってしまうんだから、そういう時、自分の用心深さが嫌になる。

「レンさま?」
「……あ、ごめんね。なんでもないよ」

そんなことを思い耽っていると、レディに心配そうに下から顔を覗き込まれてしまった。そうだ、こんなこと、何も今考える必要ないだろう。今はレディと一緒にいるんだからリューヤさんなんて関係無い。どうだって良い、ってわけじゃないのはちょっと悔しいけど。とにかく今はレディを不安にさせないように普段通りでいるよう努める必要がある。リューヤさんのことはいつだって考えられるんだから。
そう自分に言い聞かせて、どうにか学校が終わるまでを乗り切った。


◇◆◇


「……で?なんで機嫌悪いんだ、お前は」

相変わらず小奇麗に片付けられたリューヤさんの部屋。真ん中にある白いソファに腰掛けたオレに、リューヤさんは怪訝そうに顔を顰めながらコーヒーを手渡してくれた。少し温めなのは多分、前に淹れたばかりのコーヒーで軽く舌を火傷したオレに対する配慮。こういうことさらっと出来るんだから、ほんとリューヤさんってずるい。大人の余裕っていうやつかな。オレが持っていないものをこの人はいっぱい持っていて、それにきっと彼自身気付いてない。そう思うと益々苛立ちが募った。

「リューヤさんはずるい」
「はあ?」
「モテるよね、リューヤさんって」
「……お前に言われると嫌味に聞こえるな」
「オレのは違うんだよ」

オレが好いてもらえるのは単なる憧れのような一時的な感情によるものだからほとんど割り切った関係だけど、リューヤさんには本気で惚れてるって子を何人も見てきた。直接聞かなくたってわかる。リューヤさんを見る目に熱が篭っているし、彼の一挙一動に胸を躍らせる表情はまさに恋をしている女の子で。そういうのを見る度に、羨ましい、と思う。リューヤさんがじゃなくて、リューヤさんを真っ直ぐに想える女の子が。だって、アイドルで教師だよ。しかもボスの部下。本気で好きになったところで思いが通じる可能性はほとんど無いし、仮に通じたところで付き合ったりなんかしたら次から次へと問題が発生するのはわかってるはず。けどそんなこと気にしないくらい夢中になれることが羨ましかった。

自分でも我侭なこと言ってるなって思う。だってオレはリューヤさんと付き合ってる、のに。最初から不安ばっかりで、どうしても素直に幸せだって思えなかった。オレなんかに、リューヤさんは勿体無いんじゃないかって。

「おら、言ってみろ。今度は何だ」
「……べつに」

オレってほんと、可愛くない。折角リューヤさんが言いやすいように聞いてくれてるのに。嫌われるのが怖いから、あんまり自分の思ってることは言わない。重いとか面倒だとか思われて、別れようって言われるのが、怖い。オレは笑えるくらい自分勝手だ。リューヤさんの気持ちを無視してる。オレが嫌われたくない、別れたくないから、逃げて逃げて、リューヤさんを困らせて。それでもリューヤさんがオレのこと見放さないのは、リューヤさんが優しいからって、それだけ?

「別にって顔じゃねーだろ。下手な嘘つくな、馬鹿」
「……リューヤさんは、ずるい」
「そればっかりじゃねぇか。何もずるいことなんかしてねーぞ」
「ずるいよ。いつもずるい」

こんなオレにでも優しくしてくれるから、好きだって言ってくれるから。困らせちゃいけないって思ってるのにもっと甘えたくなってしまう。リューヤさんの恋人であることに負い目を感じるのに、それでもずっと恋人でいたいなんて、綺麗に矛盾したことを考えてる。本当に卑怯なのはオレのほうだ。ごめんね、リューヤさん。

「レン」

普段は滅多に呼ばれることの無い下の名前。罪悪感から目が合わせられなくて俯けていた顔を思わず、ほとんど反射的にあげてしまった。その瞬間、にやって笑うリューヤさんの顔。やられた、って思った、けど、対策を取るのにはあまりに遅くて。

「愛してるぜ」

ほんの一瞬前までの笑みを消した、真剣な顔。耳に心地よく響いてくる低い声。もしオレが女の子だったら多分卒倒してたんじゃないかってくらいの、甘い響きを含んだ有り触れたその言葉。オレ自身もう何度も口にしてきている言葉なのに、言う人が違うとこんなに違うものなのかって、頭の中がくらくらした。そのままぐしゃりと髪を撫でられたらもう、平常心を保つなんてできるわけない。

ここに来るまでに抱えてたストレスとか不安とか、そういう心に積もる苦しいものを一気に吹き飛ばしてくれるリューヤさんは、本当にすごい人だ。普段ならさすが役者って思うんだけど、今だけは、それがリューヤさんの本心だって思いたかった。と言うよりも、実際、思わされた。
悔しい。こんなことで絆される単純な自分が情けなくて、恥ずかしくて、でも嬉しいって思うのも事実で。

「……うるさい、うれしくない」
「へえ。耳まで真っ赤だけどな」

そうやって嬉しそうにからかってくるからすごく腹が立つ。オレがこういうの弱いって知ってるくせに。いつだってリューヤさんはオレより何枚も上手だ。到底敵わないんだって、思い知らされる。いつまでたっても立場が逆転することは多分この先、一生ないんだろう。

それでもいいって思わせてくれるこの人は本当にずるいけど、そんなところが、堪らなく、好きだ。


すごくて、ずるい (120301)


……………………
爆発しろ

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -