※聖川さんが若干病み気味です。ぬるめの性描写有り。




聖川がこんな風になったのは、いつからだっただろうか。明確には思い出せない。

数ヶ月前、それまでのただの寮の同室者は恋人という肩書きに変わり、けれど付き合う以前となんら変わりない関係のまま過ごしていた。世間一般の恋人のように特別甘い話をすることもなければ、人目を気にせず二人の世界に没頭することもなかった。その理由と言えば単に恥ずかしかったから、それだけだ。レディを大切にすることで名高いオレ―自分で言うのもなんだけど、事実だから仕方が無い―が、散々ライバル意識を持って噛み付いていたあの聖川相手にいかにも恋人のように接するなんて、レディだけでなく全校生徒に格好がつかないだろう。
それでも部屋で二人きりになる時間は恋人ならではの雰囲気を醸し出すこともあったし、唇も、身体だって幾度も重ねた。

オレはそんな執拗に依存しあわない今の関係のままで何も問題無い、どころかちょうど型に嵌るような落ち着ける距離感だと思っていたのだけれど、どうやら聖川は違うらしい。少し前から、聖川はやたらとオレに執着するようになった。

「……帰りが遅かったな、神宮寺」

オレが部屋に足を踏み入れて開口一番にそれだ。確認のため時計を見やればまだ八時前。最近は聖川の機嫌を損ねないよう以前は当たり前だったレディとの約束も入れず必要最低限のことを極力手短に済ませて帰ってきているというのに、それでも不機嫌になられたら一体どうすればいいのか。つい溜息が零れそうになるのを慌てて堪えた。そんなことをすれば余計に面倒なことになるのは目に見えている。

「今日は歌の練習があるって言っておいただろ。課題の提出が近いんだよ」
「誰と練習していたんだ」
「へえ、歌っていうのは誰かと一緒に練習するものなのか?それは初耳だな」
「お前が一人で真面目に練習などするものか」

聖川はオレが何を言っても素直に聞き入れやしないから、毎回押し問答になる。一体聖川がオレに何を求めているのかがさっぱり分からなかった。浮気を疑われているのだとしたら、まったくおこがましい話だ。聖川がオレを信頼していないために生じる不安をぶつけられているなんて堪ったものじゃない。酷く気分が悪いけれど、オレはただ黙っていた。
こういう時の聖川は物を言えば言うほど憮然とし始め、普段とは打って変わった凶暴な性格になることを身をもって知っているから。

「何も言わないのか、神宮寺。俺には言えないようなことを誰かとしていたからではないか?」
「………」

憶測で好き勝手なことを言われ憤懣やる方ない。今すぐにでもその身体を蹴飛ばして文句を浴びせてやりたかった。それでもオレに与えられた選択肢は、聖川の機嫌が直り元に戻るまでただ耐えることだけ。聖川がこうなったのには少なからずオレに責任があるのだから、オレが少しくらい我慢するのは必然的なことだ。

――と言っても、聖川の機嫌がそんなに簡単に直るものだったら苦労なんてしていない。仏頂面をした聖川にベッドの上へ突き飛ばされるのは、いつものこと。




「い、っ……た、い、聖川、」

碌に潤滑剤も塗られていない指で強引に抉じ開けられる痛みなんて、聖川には想像したところで四分の一も理解できないだろう、けど。相当苦しいってことは、余程の馬鹿でない限り伝わるはずだ。身体が侵入してくる異物を必死に追い出そうとする結果、聖川の指だって締め付けられて痛いはずなんだから。ただでさえ普段念入りに慣らしてたって痛いものは痛いのに、ああ、もう本当に、この時の聖川は苦手だ。抵抗も口答えも許されない中ただ迫り来る痛みに耐えるだなんて拷問じみたことを喜べるやつなんて、相当なマゾヒスト以外にきっといないだろう。そしてオレは生憎マゾヒストではないわけで。
ぜんぜん、きもちよくない。ただ痛くて、浮かぶ涙も汗も、鬱陶しい。

「足を閉じるな、神宮寺」
「や、だ、いたい、ほんとに、痛い、から……っ」
「先程まで誰かと同じことをしていたなら痛くなんてないだろう?」
「っ、し、てな……、そ、なこと、」

まずい。痛みと気持ち悪さでまともに思考が働かなくなって、麻痺してきている。言い返す度に聖川の苛立ちを募らせるなんてわかりきっているのに、それでも口が勝手に言葉を紡ぐ。事実聖川の言っていることはとんだ言い掛かりで、腹立たしいもの以外のなんでもないのだけど。こんな凶暴な恋人を持ってるのに浮気なんて、できるわけない。オレは、ちゃんと聖川が好きで、ほかの人間なんてどうだってよくて、こいつ以外に抱かれるなんて想像もできないくらい、なんだけど。

「誰といたんだ、正直に言え、神宮寺」
「だ、から、ひとり、だったって……――ッ!」
「嘘をつくな」

いきなり奥まで二本の指を捻じ込まれたせいで、身体が引き攣る。熱くてずきずきと痛みを訴えるそこに気が遠くなりそうだった。一体、オレにどうしろって言うんだ、こいつは。何を言っても嘘としか見做されない、かと言って有りもしない出来事を肯定するのはオレ自身が気に食わない。身体の痛みと精神的苦痛で泣き出しそうだ。泣いたらきっと、図星だから泣くのかとか言われるんだろうから、絶対に泣かないけど。
早く終わってほしい。聖川が正気に戻るのはいつだってほとんど暴行みたいなセックスが終わった後だ。ひたすら謝り続けて、俺はお前の恋人である資格が無いだのなんだのと、それはそれで面倒くさい。何度繰り返せばわかるんだか。まあそのせいでオレはどうにも聖川のことを憎みきれずにいる。ドメスティックバイオレンス、ってたぶん、こんな感じなんだろうな。
なんて、他人事のように考えてられたのは、この時までで。

「ッひ、……!?」

突然訪れたぬめりとした嫌な感触に、一気に身の毛がよだつ。恐る恐る下を見ると、抱えるように曲げさせられたオレの足の間に聖川が顔を埋めている。今しがた指を挿れられていたそこに舌が入っているのだと認識して、叫びだしそうになった。聖川はオレがこうされるのが嫌いだと知ってるはずで、今までこんなことをされたことはなかった、のに。なぜ嫌いなのかと問われてもそれは生理的にとしか答えようが無いくらい、とにかく苦手なのだ。気持ちが悪いし、汚いし、何よりぞわりとするあの感覚がどうしようもなく嫌い、なのに。これならよっぽど、痛いだけのほうがましだ。

「や、だ、いやだっ、いや、やめ、」
「……うるさいぞ」
「ッん、うううっ、ンン――!!」

いやだ、いやだ、気がおかしくなる。本当に嫌で必死に首を横に振って抗議したのに、聖川の手がオレの口を封じてしまったからには、もうどうしようもない。自由な手で聖川の頭を押し返そうとしてもぴくりとも動じず、不機嫌そうに下から睨まれるだけだった。だけどそんなことを気にしている余裕なんて、今のオレには少しもなくて。ぬるりとしたものが不規則に動くのが、堪らなく気持ち悪くて、怖い。くちゅりと水音が立てられてもオレを襲うのは羞恥なんかじゃなくて、この上ない嫌悪感だ。

「ふ、っ、う、うう、ンッ、」
「暴れるな、神宮寺」
「ン、ンンンッ!!」

これ以上続けられたら、本当に気が狂ってしまう。あまりの気持ち悪さに後のことを考えるまともな思考は既に飛んでしまっていて、咄嗟にオレの口を塞ぐ聖川の手に噛み付いた。

「っ!」
「は……ぁ、はぁ、っ……」

予想していなかったことに少なからず驚いたらしい聖川は咄嗟に手を引っ込め、目を見開いてオレの顔を見た。そのおかげで舌も抜き取られて、止まりかけていた呼吸を再開する。地獄のような行為から解放された安堵感に浸ったのは、ほんの数秒のことで。
まずいと思ったときには当然、もう遅かった。

「あ……、ご、め……」
「………」

今まで見てきた中で一番と言って良いであろう物凄い見幕をした聖川はいっそ殺気立っていて、本気で殺されるんじゃないかと思ったらぴくりとも身体が動かせなくなってしまった。謝ろうにも言葉が喉に引っかかってうまく音になってくれない。これまで聖川が暴走した時に数回オレが口答えをすることはあっても、言葉以外で歯向かう事はなかった。今回初めてのことにきっとオレに拒絶された気持ちになっていて、それが堪らなく気に食わないんだろう。聖川は黙ったままオレの足を抱え上げた。されることなんかひとつしかなくて、覚悟して歯を食いしばった、けれど。

「―――ッ!!!」

そんな覚悟はまるで無意味だった。激痛、なんてものじゃない。身体が引き裂かれそうな、叫ぼうにも言葉にすらならないような。あまりの痛みに意識が朦朧とする。僅かな隙間もなくぎっちりと埋まった聖川のものは、それでも無理に動こうとするものだから、悲鳴のような情けない声があがるのを抑えられなかった。

「ひ…っ、ァ、あ゛ッ、やだ、い、あ、ぁぁ――ッ!」
「く……」
「うあ…や、…うごか、な、……ッ、やめ、あ、あ、ア…っ」

視界がぼやける。泣いてたまるかと思っていたのに、その痛みはとても耐えられるものじゃなかった。挿れられただけでも痛いのに、抉るように腰を打ち付けられて、大袈裟ではなく死ぬんじゃないかと思ってしまう。仮にも恋人同士なのに、こんな強姦じみたセックス、あんまりだ。一度泣いたからだろうか、どんどん心が弱くなる。どうして聖川はこんなことを。オレのことを好きじゃないのは、浮気してるのは、聖川なんじゃないかって、考えたら止まらなかった。最初は生理的なものだった涙が悲しさから流すそれに変わり、次から次へと溢れて止まらない。

「も、いやだ…っ」

オレの苦労なんか、気持ちなんか、何一つ知らないくせに。不安ならそう言えば良いっていつも言ってるのに、聖川はオレに気ばっかり遣って、結局こうやっておかしくなって。こんなのお互い苦しいだけだ。オレが聖川に辛い思いをさせるから聖川は暴走して、後に自分を責める羽目になって、オレもまた聖川に苦痛を貰ってる。それでも別れたくないなんて思うのは、オレの我侭、なんだろうか。だってオレは聖川が好きだ。どんなに酷いことをされても、死ぬほど痛くても、それで嫌いになれるんだったら、とっくに恋人同士なんてやめていた。好きであればあるほどに、今の行為が、辛い。

「ひっ…ぅ、……っく、」

子供みたいに泣きじゃくって、うまく息が吸えない。見っとも無い姿を晒しているのがわかっていても、痛みのせいか、悲しいからか、もうどうでも良く思えた。馬鹿みたいだ。聖川を嫌いになれない自分も、勝手に不安になってる聖川も、こんな関係をずるずる続けてることも。全部捨ててしまえたらどれほど楽だろう。お前なんか嫌いだって突き放せたら、もう終わりにしようって言えたら。そんなことも出来ない弱い自分が一番馬鹿げてる。聖川から離れたくない。

「すきだ……ひじりかわ…っ、すき…」

むかつくくらい、好きだ。酷い奴だけど、普段は優しくて、自分のことよりオレのことばっかり考えて一人で空回りするような、馬鹿な聖川が。だから、何をしても良いから、オレを嫌いにならないで。一人にしないで。昔どれだけ藻掻いても手に入らなかった愛情と呼ばれるものをくれた、ただ一人の。捨てられたく、ない。

「……神宮寺」

見苦しく泣きじゃくっていると、ぴたりと聖川の動きが止まって名前を呼ばれた。あんまり泣いている顔は見られたくないけど、無視をするわけにもいかない。仕方なく顔を上げると、泣きそうな表情をしてるくせにやさしく笑っている聖川がいた。それはオレがよく知る、いつもの聖川の顔で。内心安心したけれど、それを悟られるのが嫌で、そのまま顔を見られないように抱きついた。慌てた聖川の声が頭上から振ってくるけど聞こえないフリをする。

「すまなかった、神宮寺……」
「……謝罪は、いい、から、…気持ち良く、しろ……っ」
「ふ……、お望み通りに」

ああ、やっぱり幸せだなんて思うんだから、本当にむかつく。


◇◆◇


「で、全身痛いんだけど」
「その……ほ、本当にすまない…謝って済むとは思っていないが……」

後処理を済ませベッドの上に転がって腰の痛みをやり過ごす俺の前で、犬のようにしゅんと項垂れた聖川は地面に頭を擦り付ける勢いで謝罪をしてくる。さっきまでとはまるで別人で、二重人格なんじゃないかと疑うくらいだ。そんなに謝られたら逆にこっちが悪いことをしている気分になる。それにオレは、なにも酷いことをされたことに怒っているわけじゃない。

「不安になったら言えってあれ程言っただろ」
「……中々言い出しづらくてな……。お前は浮気なんてしていないとわかっているんだ。それでも心配になるのは、それほどお前のことを想っているからだろうな」
「……よくそんな恥ずかしいこと言えるな」

歯の浮くような台詞を男相手に何の恥じらいもなく真剣な顔をして言えるのは、聖川の一種の才能だと思う。オレのはレディに対するものだから問題ないけど、ね。まあ、嫉妬の激しい恋人がいるせいで今後しばらく口にすることはないだろうけど。
軽い軽蔑の視線を向けたオレに、それでも聖川は顔を綻ばせて幸せそうにしている。

「お前が俺に好きと言ってくれたからな。俺も何度でも言おう」
「あ、あれは言葉の綾ってやつで……!」
「嘘だったのか……?」
「っ!」

オレが弁明しようとすると、聖川は眉を下げて心底悲しそうな表情を浮かべた。もしかしたらこいつはわざとやってるんじゃないのか、とさえ思える。嘘か本当かなんてちょっとくらい考えればすぐにわかるだろ、この馬鹿。ああ、わからないから馬鹿なのか。
――本当に、つくづく手の掛かる奴だ。こいつに振り回されている自分にも腹が立つ。

「……嫌ってたら許すわけないだろ」
「じ、神宮寺……!!愛してるぞ!!」
「は……、ちょ、っと、おい、聖川っ、離せ馬鹿、」

まだ全身痛いのに、本当に犬みたいに飛びついてくる聖川にそのまま押し倒された。謝罪の割にしっかり反省してないような気がするんだけど、思い違いだろうか。軽く腹を蹴ると、聖川は小さく呻いた後すぐに正座に直った。一応罪の意識はちゃんとあるらしい。

「すまない、お前のことになるといつも見境を失う」

そう言って照れくさそうに微笑まれると何も返せなくなるのだから、本当に、ずるい奴だ。


愛が重い (120228)






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