噂を立てないで!


「最近、渉と仲が良いようだね」
「いった!」

斎宮先輩の横で裁縫をしていた時だった。いきなりの話題に針で指を勢いよく刺してしまった。こういう低俗そうな話題が嫌いそうな斎宮先輩が?本当に?今の斎宮先輩の声だった?
恐る恐る様子を伺っていると大きめの舌打ちをされてしまう。これは斎宮先輩だな。

「いきなりなんですか」
「よく一緒にいるのを見るのでね。それに僕の耳にまで君たちの噂が届いているよ」

噂?噂、ってなんの噂だろう。更に怖くなった。落ち着く為に一旦布を机に置くとゆっくり息を吐いた。動揺して刺繍をダメにしたくない。
影片くんが遠慮がちにこちらを見ているのが視界の端で見える。

「噂ってなに、なんですか……?まさかですけど話の流れ的に日々樹先輩と私に関する噂じゃないですよね」
「渉と君の噂に決まっているだろう。まあ、渉は珍妙なものに興味を惹かれるようだから僕は不思議には思わないよ」
「珍妙」

私を珍妙、と言ったが先輩達だって仲がいいんだから先輩達だって珍妙ってことじゃん。ブーメランブーメラン!斎宮先輩は絶対に珍妙タイプだもんね。
でも、こんなことを言うと斎宮先輩が怒り狂うのは勿論だが二次被害で影片くんの気分を害してしまうだろうから口にはしない。影片くんの反応が一番怖い。睨まれるのか、悲しまれるのか。

「確かに最近、日々樹先輩が気にかけてくれている見たいです。ぶっちゃけなんで気にかけてくれてるのかよくわからなくて。この間も急に拉致されて一緒にサボりましたよ」
「渉は愉快な男だね」
「愉快で片せる話題じゃないんですけど。結構被害大きくて困ってます」

先輩は私をちらりと見たあと涼しい顔をしてミシンを動かした。ダダダダ、という気持ちの良いリズムが机を揺らす。会話が消えたので私も特に話題を探すことなく静かに糸を進めた。影片くんは職員室に用があるとかで私と先輩だけが残されていた。それぞれが作業を進めるなんて穏やかな空間なのだろうか。ふ、と顔が綻んだところで急にミンミンと蝉が鳴き始めた。とんでもなくうるさい。随分近くに止まったなあ、と眉を寄せる。だんだん斎宮先輩がイライラしはじめたので仕方なく私は席を立ち蝉の居場所を確認して追い払えそうならば追い払ってやろう、とカーテンを開けてすぐに後悔した。

「斎宮先輩、お客さんですよ」

私の言葉に怪訝な顔で振り返った先輩はすぐに気を良くしたような顔をした。

「渉、君だったんだか」
「宗〜、名前さんっ!こんにちは。どうです?渾身の蝉の声帯模写をお届けしてみました!驚きました?」

私は顔が引きつっているのだろう。頬の筋肉が異常にひくついている。久々に穏やかな昼下がりだったのに。

「そんな目で見ないでください、照れます」
「斎宮先輩、さっさと追っ払ってください!!」

私の話なんて聞いていない先輩は呑気に窓際に寄って談笑をし始めた。キィ〜……!斎宮先輩なんて焼けてしまえ!まっちゃっちゃになって海の男みたいになってしまえ!!!普段引きこもりなんだから熱中症に気をつけろ〜!!!

(冗談はここまでにするとして……)

斎宮先輩と話している日々樹先輩はなんだか私と話す時と違ってやや落ち着いて見える、気がする。なんだか知らない人に感じてもや、と唇を噛んだ。
まあ、今は斎宮先輩に集中しているみたいだし私は私の作業をしよう。ちょっと期限があぶないのだ。

「小娘!何故その糸の色を赤にした!」

いつの間にか先輩が戻ってきていたようでいきなり落ちてきた雷に驚いて斎宮先輩を見るがそこに居たのはにこりと嫌な顔で笑った日々樹先輩だった。声帯模写に引っかかるのは本日二回目である。

「赤にしたのは正解です。とてもバランスが良いですね」
「はあ、どうもって、あれ?斎宮先輩は?」
「宗のこと、気になります?」
「そりゃさっきまで ここにいた人が居ないと気になりますが?」

あっはっは!と独特な笑い方をした先輩は帰りました!と一言放った。はあ?!と私は席を立つ。今日私が何故、この校舎の端にある離れ小島みたいな手芸部に来たと思っている!??斎宮先輩と約束したからなのだが!??刺繍の過程見てくれるって言ったのに〜!

「い、いつ、かえりました!?」

追いかければ間に合うか、せめて配色だけでも助言が欲しい!

「三十分ほど前に。随分集中されてましたねぇ、名前さん」

寂しかったですよ、とぱちん!と軽やかなウインクをされたのでそれを追い払う。慌てて斎宮先輩に電話をかけるが電源が入っていないか電波の届かないところにいるらしい。はあ!?このご時世に電波届かないようなことありますか!?

「まあ、斎宮先輩も忙しいところ時間割いてくれたんだもん……。今日仕上げて明日斎宮先輩に見せるかあ」
「代わりに私がアドバイスを!」

ええ〜、と私が微妙な顔をしたのを見て得意げに笑う先輩に嫌な予感がしてならない。

「私も演劇をしている身です。沢山の衣装を着てますし全くの役立たずではないと思うんですけど、ダメですか?」

急にしょげてしまったので流石に慌ててしまう。目の前で元気をなくすな!いじけてます!って顔をするな…!ううううう、と私は無意識に唸ってしまった。もう一押しと言わんばかりにうるうると目を潤ませて顔を近づけてくる。

「ぐううう。……お願いします」

配色が苦手なものでこの際誰でも良い!の気持ちで渋々返事を返した。
そして気がつく。めちゃくちゃ近い。影になっているからだろうか、いつもより濃い紫、紫苑色というのが近いのだろうか、とても目が綺麗、

「こんにちは〜!斎宮先輩、朔間先輩のお使いでやってきました!」
「おっ邪魔しま〜す!」

ばん!と扉の開く音がして私の思考が止まる。日々樹先輩は扉を背にしているし少し顔が近い。そう、扉の方から見たらなんというか、キスをしているような。

「あ〜」

ゆうたくんだろうか。気まずそうな声が聞こえた。その瞬間顔がどんどん熱くなっていくのが分かる。

「違う違う!ゆうたくん!違うから!」

言い訳が下手選手権202X。大優勝したのを確信した。こんなの何かありました!の人の言い訳である。バッチリ葵兄弟と目線がぶつかってひなたくんの方がニンマリと口角をあげた。

「名前さん、酷い……!俺とは遊びだったの!?」
「何!?ひなたくんと何かあった!?」
「アニキが弄ばれた!」

混乱している私は待って!待って!しか言えない。わあ〜ん!と葵兄弟が走り去っていくのを茫然と見送ってしまった。え?な、……え?

「明日、学院のトップニュースになってたらどうしましょう!?まあ、私は構いませんけども!」

先輩の声かけに力なく謝る。アイドルなのに変な噂立っちゃったらどうしよう。

「あっはっは!大丈夫ですよ。彼らも本当に私たちがどうこうなってるなんて思ってないですよ。それはそれで寂しいですが今はそれで良いので。さあ、ほらほら!気にせず続きをしましょう!」

そうかなあ、と呟きながら針を握り直す。


やっと出来上がった〜!と二人で喜んでいるところに斎宮先輩が帰ってきた。どうやら用事を済ませて帰ってきてくれたようだ。

「ふむ、渉のセンスはさすがだね。形は歪でも変でもないが、もう少しここを整えると良い」
「斎宮せんぱ〜い……。ありがとございます。一生ついていきます」

おいおいと泣く私に斎宮先輩はポンポンと背中をあやしてくれた、のだがさっと手を退けてしまう。え?と先輩を見上げると気まずそうに咳払いをした。

「渉のものに気安く触ってしまってすまないね」
「は?」

私がどういうことかと問い詰めるとどうやら朔間先輩とちょっとした約束があって軽音部に出向いていたそうだ。そこに朔間先輩が入れ違いでお使いに出した葵兄弟が戻ってきたらしい。二人から私と日々樹先輩が良い感じだったみたいな訳のわからない話を聞いたそうだ。

( あいつら!)

私がブチ切れそうになっている横で日々樹先輩がご機嫌に笑っているのが聞こえて具合が悪くなるのを感じた。