構わないで!


私は基本的にうるさい人物が苦手だ。しかし『うるさい』というものにも様々な種類が存在すると思っている。顔がうるさい、行動がうるさい、声がうるさいエトセトラ。私の近くにはそれら全てを兼ね揃えたびっくり人間がいる。嘘でしょう?って私自身も思ったけれど存在してしまっているならば仕方がない。

「おはようございます!名前さん、あなたの日々樹渉です!!」
「……おはようございます」

その相手は先輩なので扱いにくい。うるさいです!ともなんとなく言いにくいのだ。だってこんなに盛大な挨拶をしてくれてるし……。
三奇人と謳われるこの人は何故か私に目をかけてくれているようでなんでもない時で急に現れる。迷惑……ごほん、恐れ多いのでそんなに構わなくて大丈夫ですよとやんわり拒否をしてみてもお構い無しなのであるから困ったものだ。

「名前さん、Amazing!な体験は日々に煌めきを与えます。なので!今日はあなたの為に手品をしようかと思います」
「それ、この間も言ってましたよね。人体切断ショーです!とか言って怖い思いをさせられた事、私は忘れてませんから」
「おやおや、意外と根に持つタイプでしたか。まあ、現在こうして五体満足で存在しているのだからいいじゃないですか。今回は制限時間に脱出しないとドカン!危機一髪脱出マジックに挑戦しましょうね」

思わず悲鳴を上げた。首を真横にふると踵を返して走り出す。先輩のそばにいると命がいくつあったって足りない!血の気が引くとはこのことだろう。
日々樹先輩と私は朝の挨拶から始まりさようならの時間までの間に何度も会ってしまうことがある。その度にこんな風に絡まれるのは身が持たない。余談だが同じ境遇の真白くんとは被害者の会を設立した。まあ、被害者の会とは大袈裟な名前だけで内容は先輩に関係ない近況報告のような感じなのでやっていることは紅茶部と変わらない。お茶とお菓子の値段が劣るだけだ。

「名前さん。何を考えていますか?」
「別に何も」
「ふふふ、何もって顔ではなかったと思いますが、まあいいでしょう!」
「………え!」

気がついたら横に並んでいる日々樹先輩の姿に思わず足が止まる。はあはあと息が乱れているし喉がカラカラで苦しい。ちょっと油断したら餌付いてしまいそうだ。先輩は数歩先で立ち止まるとくるっとこちらに向き直った。

「名前さんを追いかけるなんて朝飯の前の夕飯の更にその前の昼飯前ですよ」
「い、意味がわからない」

ぜえぜえと息を整えている私を尻目にどんどんと話をしていく先輩は楽しそうだった。何が楽しいのだか分からないがきっと私を困らせて楽しんでいるのだ。私がどうこの場を逃げ切ろうかと悩んでいる間も先輩の口は止まらない。
しばらく喋り続けたあと先輩は「行きましょうか!」と私の首根っこを掴んだ。え、と声を漏らした私は先輩を見上げる。ばっちり私と目を合わせた先輩はウインクをくれた。星が舞うような綺麗なウインクだった。

「脱出マジックですよ、名前さん」

その数十分後、私の悲鳴が学校中に響き渡った。
これが日々樹先輩を苦手になったまず最初のきっかけである。

「も、もう構わないでください!」

私の言葉は今日も先輩には届かない。