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何とか出来上がった団扇を眺める。す、すごい…!いつも先輩のライブで見かける団扇と一緒に見える…!実は工作系があまり得意ではない。図工の授業では想像して手をつけるも大抵が想像の数倍おかしなものが出来上がってしまうのだ。朔間先輩はただの団扇では勿体無いと規定の中に収まる内容でフリルをあしらってくれたり文字をキラキラしたマーカーで囲ってくれたりと手を尽くしてくれた。

「おや、凛月のお友達かえ?」

「うわ。」

突然の声に顔を向けると朔間先輩のお兄さんが立っていた。最後に見かけたのは中学生の頃だったように思う。私より二つ上の先輩はとても人気者で私の苦手な賑やかな人、だったはずだ。おかしいな、目の前の人からはチャラさはかけらも無く心なしか隠居後の老人を感じてしまう。失礼かしら、と頭の隅で考えていると朔間先輩はお兄さんを追い払うような仕草をした。

「誰ですか?今取り込み中なので消え失せてもらえませんか?」

「そんな冷たいことを言わんでおくれ…!我輩がいる日に凛月がいることは貴重じゃというのに…!」

「うっざ。」

言葉の割には朔間先輩はそこまで嫌そうでないように思うが仲が悪いのだろうか。おいおいと泣くお兄さんにどうしていいか分からず二人を見比べてみるが解決策はない。しばらくやり取りをした後にお兄さんは去っていた。

「…仲良いんですね。」

「はあ?そういう風に見えるなら一度眼科に行きな。」

何だか先輩も私のように上の兄弟に何か思うことがあるのかもしれないと少しだけ気持ちが身近に感じた。



* * *

チケットを握りしめて会場前に立っていた。ガヤガヤと騒がしい雰囲気に額に汗が滲むようだった。周りを見ても助けてくれる人は居ない。姉に選んでもらった洋服を再度眺める。変ではないだろうか。似合ってるか。姉は似合っていると言ってくれたがそんなのはあてにしてはいけないのではないか、などとぐるぐる考えている間に開場の時間になって人が流れていく。私もゆっくりと流れに沿ってチケットを受付の人に渡す。ばちりと視線が交わって思わず会釈する。あんずさんだ。

「楽しんで。」

すれ違いざまにぽつりと声をかけられて思わず大きく頷いてしまった。恥ずかしくてそそくさと席に着く。開演までに少し時間があったので改めて会場を見渡す。薄暗い会場に衣更くんたちのグループの曲だろうか、賑やかな楽曲が流れていてざわざわと人の話す声が混じりながら時間は経っていく。今まで朔間先輩のライブを見せてもらってきているからこういう場は初めてではないというのに緊張し始めていた。

「( 大きな会場ね。)」

中央のステージを周りを取り囲むように客席が設置されている。私はメインステージより少し外れた全体がよく見える場所に腰を下ろしている。
照明が完全に落ちてきゃあ、と会場が震えた。私はゆっくりと立ち上がると持参した団扇を握りしめてステージを見つめる。勢いよく飛び出してきた4人はきらきらと輝いていて眩しさに目がチカチカした。衣更くんに視線を絞ると丁度私の直線上で飛び跳ねていた。ふふ、と思わず笑ってしまう。
衣更くんはアイドルだ。

「( あ。)」

衣更くんと目が合った。え、何で。みたいな顔をしていたので慌てて朔間先輩と作った団扇を見せる。それをしげしげと眺めていた衣更くんは眉尻を下げて大きく丸印を作った。仲直りして、と書かれた文字に同意をくれたのだろうか。周りのファンの子達が何だ何だとキョロキョロし始めたので慌てて団扇を下げる。

「今の真緒何だったの?」

「どっかにKnightsの凛月がいるんでしょ。どうせまた喧嘩でもしたんじゃない?」

隣の子たちの会話を聞いてホッとする。ライブ中に余計な事をしてしまったな。静かに反省をした。





「まったね〜!」

明星くんが楽しそうに舞台を駆け回りながら先にはけていった3人を追いかけてステージから降りていく。アンコールが終わって人が退場するのを待ちながら今日の演目のことを考えていた。なんだかもうステージに立つ衣更くんに会いたくなっていた。人も疎らになって清掃の為かスタッフの生徒が入ってくる。私は名残惜しさを感じながらも会場を後にした。
もうほとんど人がいない通路をゆっくりと歩いていると腕をぐん、とひかれる。驚いて声を上げる前に柱の影に引き込まれ「しー!」と掌に口を覆われた。

「静かに…!」

「い、衣更くん。」

急いで着替えてきたのだろうか。額に滲んだ汗が伝うのを見ながらそう考えた。こっち、と再び手を引かれ建物の裏側に案内される。

「なんか今日、いつもと雰囲気違うな。」

「……、ええと、姉に選んでもらったの、変ではなくて、良かったです。」

しどろもどろと答える私に衣更くんは優しい顔を向けてくれる。そっか、と私の肩を叩いて「もしかしてこのライブの為だったりするのか?それだったら嬉しい、ありがとな。」と破顔した。しかしすぐに表情に影がさす。

「あのさ、この間はごめんな。情けないことにやっぱり理由は分からないんだけどさ、俺が名字に何かしたんだよな。本当にごめん…。できれば理由を教えてほしいし仲直りしたいのは俺のほうだよ。」

私は驚いてしまった。同時に自分に激しい嫌悪を感じた。自分の気持ちに向き合ってこなかった結果がこれである。何も悪くない優しい人に頭を下げさせている。

「ち、違うの。私が勝手にむしゃくしゃしてしまって…。衣更くんに当たってしまっただけなのよ。衣更くんは悪くないわ、仲直りして、だなんてよく考えたら図々しいわね。本当にごめんなさい。私のことを許してください…。」

深く頭を下げると衣更くんは慌てて私の肩を掴んで上体を押し上げた。

「な、仲直り!これは仲直りだ!……俺も悪いよ。だからこれでお互いさっぱりきっぱりおしまい!」

「…、ありがとう。」

よかった、と衣更くんは笑うと私に触れていた手を離した。

「あ、ご、めん…。勝手に触んなって感じだよな、はは、」

頭をかいて半歩下がる。私の気持ちは落ち着いてきていた。衣更くんは下から伺うようにして私に視線を戻す。

「あのさ、俺この間ピアノの聞かせてもらったんだけどさ。すごいな、感動したよ。」

「私、その時のこともお礼言えてないわね。…本当にその節はお世話になりました。衣更くんのお陰でリラックスできた。あの曲も完璧ではないけどなんとか断片でも解釈できた気がする。
ありがとう。私は衣更くんと出会ってから成長できたんだと感じることが多くて感謝しきれないの。その分気持ちの変化に追いつかなくて戸惑う事も多いけれど、でもそれに向き合う事も徐々にできてきてる、と思う。」

言葉の通り私は衣更くんに非常に感謝している。私の狭い世界を大きく広げて手を引いてくれた。それだけで私は幸せだった。衣更くんが大きく息を吐いてしゃがみこむのを見て少し慌てたが大丈夫、と手で制される。ライブで疲れ切っているだろうに私にわざわざ会いに来てくれた。本当に優しい人だな。


「私ね、衣更くんの事が好きです。」


時間が止まったように感じた。私は伝えるつもりはなかったのにな。なぜならアイドルである衣更くんに私の気持ちを伝えたところで何にもならないことは明白だったし彼とどうこうなりたいわけでもなかったからだ。衣更くんの旋毛を眺めていたらなんだか気持ちが溢れてくるようで気がついたら口を開いていた。
そんな夢を見ているみたいな行動をしてしまった事に自分でも驚いている。

「え。」

真っ赤になった衣更くんが私を見上げている。私もじわじわと現実に戻されていて冷や汗が止まらない。

「…名字のそんな顔、初めて見た。」

ふらふらと足元を崩した私は衣更くんと同じ目線になってしまう。地面に視線を固定し、この後どうしたものかと考えを巡らせるが余程混乱しているのだろう、残念ながら全く頭が働かない。

「あ〜。言われて初めて気がつくのもカッコ悪いな…!」

ぽん、と衣更くんの手が私の頭に乗る。

「実は俺も名字と再会してきちんと話して触れ合うことで知らない自分をたくさん知ったんだ。自分のこととなるとこういう事にちょっと鈍いみたいなんだよなあ。また何か嫌なこととか不安になることとか名字が何かを感じる事があったら俺に教えてくれないか?」

「えっ、あ、はい…。」

衣更くんの真意が分からず顔を上げる。にかっと笑った衣更くんは私の頭上にあった手を頬に移した。

「俺も名字のことが好きです。付き合ってください!」

元気な衣更くんの声が鼓膜を震わせる。
私達の頭の上を雲が形を変えながら流れていった。