衣更くんが困ったような顔をして先輩に私の鞄を預ける。朔間くんめ、私が先輩と上手くいってないと知りながらこんな展開に持っていくなんて。一生恨んでも足りない…!!
小さくなってく衣更くん達の背中を諦めきれず見つめていると後ろから叩かれた。
「わ、」
「ほら、帰るよ。」
すたすたと歩いていってしまう先輩を慌てて追う。今日はバイクではないようだ。バイクの後ろはちょっと怖かったしなあ。でも歩きは会話をしないといけない気がする。
「さ、寒いですね、」
「そうだねえ。下らないこと言ってないでさっさと歩きな。」
気まずい〜!どうしよう。うーん。
「せ、先輩。私、一人でも帰れるので…。」
「………。」
無視である。そんな機嫌悪くなるぐらいなら送ってくれなくてもいいのに…。昨日送ってもらった道を今度は徒歩で辿っていく。先輩の髪が灯りに反射してキラキラしている。いいなあ、私も髪の毛があんなツヤツヤだったら天使の輪っかみたいなの出来たかもしれないのに。ちゃんと美容に気をつけているのがわかる。
「駅からだとどっち行くんだっけ。」
「あ、ここからならすぐなので…。先輩今日は電車、ですよね…?ここまでで大丈夫です。ありがとうございます。」
私は大きくお辞儀をすると鞄を受け取ろうと手を先輩に伸ばす。先輩は私の手を軽く払うとイライラとため息をつく。
「そう、そんなに俺と早く別れたいわけね。それならどうぞ。鞄返すよ。」
「え!いやええと、ちが……」
間違ってはいないがそんな正直に "そうなんです" なんて言えるわけない。慌てて弁解をしようと私は顔をあげた。
「なんてねぇ。」
そう言って自嘲気味に鼻を鳴らした先輩は私に鞄を押し付けた。じゃあね、と片手をあげた先輩にもう1度お礼を伝える。私があんまりにも一人で帰る一人で帰るなんてやったから気分を害してしまったのかもしれない。これ以上先輩との関係が悪化するのはやはり避けたいところである。ああ、怖い。家に帰ったらもう1度お礼の連絡を入れておこう…。
先輩に連絡は入れたが返事は帰ってこなかった。やっぱり怒ったのかな、と私はもやもやした気持ちのまま購買に居た。衣装作りに余裕の出た昼休み、甘いものが食べたくなったので調達にやってきたのだ。
「お姉様!」
後ろから聞き覚えのある声に私は我に返ると朱桜くんがこちらを見ていた。
「朱桜くん、こんにちは。」
デザートコーナーでいくつか甘いものをもっているので朱桜くんも甘味の調達かと考えてふと彼のお腹回りのサイズが増えていたのを思い出す。心を鬼にして一個一個取り上げ、戻してあげると困惑したように私とスイーツを見比べる。
「朱桜くん、あのね。ここだけの話なんだけど…。この間の採寸でお腹周りがその、少しづつ増えてまして…、筋肉かな、とは思ったんだけど流石に2センチ増とかだと…、どうかなって…。」
「……!その事は瀬名先輩には…、」
「墓場まで持っていくつもりだから安心して。」
ほ、と安心したように目を伏せる朱桜くん。しかし未練がましそうにスイーツを見つめる姿に私は心を痛めてしまった。
「朱桜くんどれ食べたい?私と半分にしようか。」
ぱあ、と表情が華やぐ朱桜くんを見て私は本当に甘いなあと肩を落とした。朱桜くんが選んだスイーツを半分こでお金を出し合いテラスに移動する。真ん中にスプーンで区切るとどうぞ、と真ん中に置いた。
「すみません、お姉様。私が食べたいものにして頂いて…。」
「いいのいいの、私は甘いのであれば何でもいいからさ!でもちゃんとダイエットはしようね!」
他愛の無いことを話しながらデザートをつつく。朱桜くんの反応は新鮮だ。少しのことで大きな反応を貰えると正直可愛い。あはは、だなんて笑ってる時だった。ばん!、と机に衝撃が走る。急な事に動きが固まる私たち。
「…あのさあ、かさくん。勝手に何を食べてるのかなあ?」
「せ、瀬名先輩…。」
反射的に体を震わせる。怖い。横を見れない。机を叩いたであろう先輩の手だけが見える。朱桜くんはどうしたらいいか分からないみたいでおろおろとしていた。元々私が半分こなんて甘い事を言ったのが原因なんだ。机の下で拳を握ると大きく息を吸った。
「すみません、私が半分こにしようって言ったんです。」
怖くて先輩の方は見れないので机をじっと見つめる。
「お、お姉様…、瀬名先輩、私が悪いんです。お姉様は提案をしてくださっただけですので…!」
「…………」
顔を見なくても分かる。先輩はすごく機嫌が悪い。大きなため息が聞こえると先輩は口を開いた。
「あんたさあ、プロデューサーなんだしアイドルの管理ぐらいちゃんとしてよね。ただでさえうちの末っ子、増えやすいって分かってるでしょ?あんま甘やかさないでよね。」
「はい、すみませんでした。以後気をつけます…。」
思わず肩を落とす。朱桜くんにも余計なことしちゃったなあ…。先輩は暫くお説教をされた後にどこかに行ってしまった。しん、と二人で落ち込んでいると朱桜くんが口を開いた。
「名前お姉様、申し訳ありません。私が自己管理をきちんとやっていれば…。」
「全然、平気だよ!私が悪かったし!」
両手を振ってへこたれてません!のアピールをする。朱桜くんはそれでもしょんぼりしてしまっているので彼のスプーンを奪うとひと口掬って口に突っ込んだ。
「はい、今日が最後だから!次から気をつけよう、ね!」
頑張って笑顔を作る。どうだ!と朱桜くんを見るとやっと笑い返してくれた。
「はい、お姉様。ありがとうございます。」
予鈴がなりそうだったので慌てて解散するとそれぞれ教室に戻る。昼休みサボってしまった分今日は泊まりでやろう!頑張ろう!と午後の授業に望んだ。