家庭科室に引きずり込まれた私は下を向いて何を怒られるのかと身構えていた。先輩は大きくため息を着くと私の両頬を潰して上に向けた。

「ぎゃ、」

「人の話聞く時はちゃんと目を見ろって教わってこなかったわけぇ?」

怯えが勝ってしまっている私は横に首を動かすので精一杯だった。じ、と私の目を見た先輩はぱっと手を離す。

「ほら、これ。」

「え?」

押し付けられた何かを見る。袋である。中を見ていいのか分からず先輩からの指示を待ってみるが一向に指示がこないのでゆっくり開ける。サンドイッチだった。キャンディの袋みたいにラップで包まれていてそれが手作りであることは容易に想像がついた。

「え、えと、これは。」

「どうせ昼も作業するだろうからって俺が食べやすいサイズで作ってきてやったの。有難く思いなよね。」

「………」

………先輩が私に。なんでだ…!?

「………わ、私何も出せないのですが……。」

先輩は少し黙ったあと私にデコピンを食らわせた。痛い!と私はおでこを押さえて意味が分からないまま目を白黒させる。

「別にそういうのをあんたからは期待してないから。」

私はしどろもどろお礼を伝えるが先輩が私になんでこんな手間をかけてくれるのか全く理解出来ずにもう1度中身を見る。

「可愛いですね、これ。食べるの勿体ない。」

「馬鹿じゃないの。俺がわざわざ作ったんだからさっさと食べな。……作りかけの衣装の上に零したらころす。」

「い、気をつけます…!!」

先輩こんなかわいいもの作ったりとかお料理できるんだ。すごいや。先輩は何でもできる。

「先輩、ありがとうございます。」

私が再びお礼を伝えると少しだけ呆れた顔をした後出ていってしまった。なんだったんだろう…。最近先輩が優しい… 気がする。怖いなあ。少しでも和解?が出来たのだろうか。いや、油断してならない。有難くサンドイッチを頂きながら衣装製作を進める。あともう少し、頑張ろう。意外と作業が進んだので明日また朝早くきて、昼作業して夕方に少しだけ居残りしたら完成できそうだ。Knightsのダンスは細かい動きが多くてしなやかだ。この衣装たちが少しでも皆のパフォーマンスの手伝いができるならそれはとても幸せな事だ。


今日は特に約束しているユニットがないのでそのまま放課後作業を進める。朱桜くんのお腹周りが少しだけ増えていた。先輩達には内緒だけどプロデューサーとして衣装合わせの時にこっそり伝えよう。成長期なのはいい事なんだけどなあ…。徐々に出来上がっていく衣装たちを見ると少しだけ誇らしい気持ちになる。アイドルの戦闘服。私が自信を持ってプロデュースできる唯一の作業。殆ど出来上がっている衣装を見て大きく伸びをした。きりのいい所まで出来上がると片付けを始める。これが終わったら流星隊の衣装だなあ、とスケジュールを組み立てながら家庭科室の扉を閉める。しかし夜は冷えるなあ。タイツとかにした方が良いかなと腿を摩った。

「先生、家庭科室の鍵お願いします。」

「おや、名字さん。遅くまでお疲れ様です。衣装の進み具合はどうですか?ほぼあなた一人で衣装制作しているみたいですし、あんまりにも大変ならちゃんと頼るんですよ。」

お説教なのか気を使ってるのかは微妙な所だが私は先生の眉尻の下がった困った笑顔にころっとやられてしまった。自分でも分かるぐらいには頬が温かかった。

「あ、ありがとうございます…、」

「気をつけて帰ってくださいね。」

先生の言葉にそそくさと職員室をあとにする。扉のところでばったりと衣更くんに出会った。

「あ、お疲れ様。」

「よ、お前も帰り?」

頷くとちょっと待ってろよと職員室に入ってすぐ飛び出してきた。

「送るよ。」

「え!いいよいいよ!そんな。家近いしあんずちゃん送ってあげて!」

「今日は北斗担当だから俺は凛月だけなんだわ。」

冗談めいた表情に思わず笑ってしまう。衣更くんは行こうぜ、とさりげなく私の鞄まで持ってくれる。優しい…!どうやら朔間くんは下駄箱に放置しているらしい。下駄箱にはたしかに朔間くんが膝を抱えて座っていた。

「りっちゃん、今日は名前送ってから帰るからな〜。」

「え〜?名前?」

「ど、どうも…。あ!で、でも朔間くんも大変だしやっぱりいいよ、大丈夫だよ…!」

遠慮がちに自分の鞄を引っ張る。衣更くんは決して離してはくれなくてほらほら、と朔間くんのお尻を叩いている。さっさと歩けという合図らしい。申し訳なさが勝った私は後ろをとぼとぼと歩く。すると私に影が落ちたので驚いて顔を上げると意地悪な顔をした朔間くんが私を見下ろしていた。

「な、なに。」

「送ってあげるんだから御褒美に血、頂戴?」

覆いかぶさるように抱きしめられるとマフラーをズラされ首筋を撫でられる。あんまりにも朔間くんの指が冷たくて悲鳴を上げた。衣更くんが怒ったような声で朔間くんを呼ぶのが聞こえる。

「なにやってんの。」

「ぐえ」

マフラーを後ろに引っ張られ自動的に私の首が締まる形で体がずれて、どん、と何かに背中をぶつけた。朔間くんは相変わらず意地悪な顔で私の背後を見ている。

「やっほー、セッちゃん。」

セッちゃん…。思い当たるのは瀬名先輩しか居ない。私の後ろに先輩がいる。

「げ、瀬名先輩。」

衣更くんがそう漏らしたのが微かに聞こえた。

「名前を送っていく御褒美でちょ〜っと血を貰おうとしてただけだよ。ダメだった?」

「………。」

瀬名先輩の沈黙に朔間くんは "ま、いいや" とにっこりと目を細めた。

「ま〜くんとの時間を大切にしたいので名前はセッちゃんに任せてもいいよねぇ?」

朔間くんの言葉に私は冷や汗がでた。そうなるぐらいならやっぱり一人で帰りたい。朔間くんに恨みを込めた視線を向ける。今日、絶対枕元に立ってやるからな…!

「………こいつの鞄、貸しな。」

ああ、衣更くんを振り切って帰ればよかった。