鳴上くんが連れてきてくれたスタジオの前で私はため息をついた。

「泉ちゃん地下の駐車場にいつも車を置いてるから待ってれば会えるわよ。」

「う、うん。」

警備員さんに追っかけの子と誤解されないようにと途中まで付いてきてくれた鳴上くんは帰っていった。あとは1人で頑張れとのことらしい。それはそうだよね。私と先輩の事だもん。鳴上くんがこんなにお世話を焼いてくれる事は当たり前ではなかった。肩からずり落ちそうになった鞄を抱え直すとエレベーター付近のベンチで待ってみる。出待ちみたいだ。ドキドキする。
暫くしてエレベーターから随分イライラした様子の先輩が出てきた。もしかして忙しい…?あんなにイライラしてるのに私が話しかけても大丈夫か…?と一瞬怯むがここまで連れてきてくれた鳴上くんを思うとそんなことも言ってられなかった。慌てて追いかけてみて気がついたけど瀬名先輩は足が速い。あのショッピングモールでお供した時随分私に気を使って歩いてくれていたんだなあと実感した。優しいなあ、先輩は。
ばん、と先輩が派手な音を立てて車に乗り込んだので更に慌てる。エンジンかけられたらおしまいだ…!!幸いなことにすぐにエンジンをかける様子はなくて携帯の画面をじっと見ている。仕事の連絡かもしれない。そばまで近寄ると息を整える。よし、と決心すると窓を軽く叩いた。はあ?と言いたげな顔をした先輩が私を目で捉えた後に鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をする。驚いているのだろう。こんな所まで来てしまって私だって驚いているのだから。

「……なに。」

先輩が窓を開けて一言そう言った。

「ごめんなさい。どうしてもお伝えしたいことがあってこんな所まで追いかけてきてしまいました。」

「…とりあえず乗れば。」

いえとんでもないと私は両手をブンブン振った。やっぱり忙しそうな先輩にそんなに時間を取らせたくなかったのだ。

「いえ、すぐに済みますので…!」

「……?」

「あの、先輩が私なんかの事を好きだと言ってくれたの、すごく光栄です。それで驚いてしまってあの日何も言えなくてすみませんでした。私は後悔をしてます。」

あっそう、と先輩はそっぽを向いた。

「それで、あの、あの時先輩は脈がないっておっしゃってたんですけど勝手に決めつけないで欲しかったです。……私だって先輩の事好きなのに。」

はいはいそれはごめんね、とイライラしながら返した先輩は ん?と私を見る。

「…は?え、なに?」

「…私も先輩が好きなのに、勝手に脈が無いとか決めつけないで欲しかったです。私、先輩のことがいつからかはもう分からないですけどずっと好きなんです。それだけを伝えたくて。お忙しいのに急に会いに来てしまってすみませんでした。それでは。」

言い終わったあとに羞恥が頬に集まる。ああ、なんだもう、先輩の目の前にいる事が恥ずかしい。慌てて踵を返して小走りでその場を去る。しかし、私の気持ちは晴れやかで満足で溢れていた。これが言いたかった。私は先輩に好きですと言いたかったんだ。
先輩が後ろで私を呼び止める声が聞こえたが私は止まらなかった。だって、これ以上話なんて出来る状態じゃなかった。

「待てって言ってるでしょうこのバカ!」

「わ、」

首根っこを捕まれ私は呆気なく捕まる。

「車に乗りな。」

「………は、はい。」

助手席に放り込まれた私はやっぱりいたたまれなくてどこかに逃げ道はないかと目で色々探してみたが何もなかった。

「早くシートベルト閉めてくんない?車出せないんだけど。」

「ひ、は、はい。」

無音に包まれた車内。瀬名先輩は今日はラジオも付けてくれなかった。途中ドライブスルーでドリンクを買うとそのまままた車を走らせる。薄暗くなった空に星がちらちらと瞬きはじめた頃にやっと先輩は車を止めた。夢ノ咲の近くの公園だった。

「降りて。」

私は恐る恐る返事をすると先輩の後に続いた。ベンチがあって眼下に広がる住宅や車の灯りやら海やら辺りを一望できるスペースだった。夕方と夜の間の時間なのだろう。海辺の方が切ないオレンジ色だった。上には一番星、下はまだ夕方。綺麗だなあ。……こんなところあったんだ。こういう所、企画で使えないかなと呑気に考えてからハッとする。今はそれどころじゃない。

「あんたさぁ…。あー、もう、ほんと。ムカつく。」

「……すみません…。」

「何で返事をしてさっさと帰ろうとするわけ!?なんかもっとあるでしょう。あんたと俺の今後の話とか!」

今後…、まあ、出来れば今後も会えたらだなんて思ったけど具体的に先輩に言われると恥ずかしい。

「今後だなんて…。先輩はこれからも活躍されるでしょうしまずはそちらを優先されるかなと。」

「両立すればいいでしょ。それは俺の問題だよねぇ?俺はこれからもあんたと会いたいの。だから俺は自分の気持ちを伝えたわけ。…まあそれはあんたが良ければの話になるけどさあ…。」

歯切れ悪くそう言う先輩に私も声を絞り出す。

「私だって、先輩と今後もお会いしたいしあわよくばお隣を歩かせて頂けたらって思ってますよ。」

「……問題ないじゃん。」

そうなんですけど…、と私は持っていたドリンクを横に置くと顔を覆った。

「とてもその、夢みたいで。そんなことが現実になってしまったら私はどうなってしまうのか不安です。」

「ば、ばっかじゃないの!?」

「だって先輩本当に私のこと嫌いだと思ってましたから。あんずちゃんは名前で呼ぶのに私のことはあんたとかちんちくりんとか約立たずとか言うし、先輩があんずちゃんに優しい顔する度にほんとに、つらくて…。」

ふう、と息を吐いて気持ちを整えると上体を起こす。

「だから私は先輩の衣装を作って先輩のお手伝いが出来ればそれで満足だったんです。それなのにもし先輩とこれからも一緒にいられるとしたらそれは幸せすぎて不安になるじゃないですか。」

「………。」

「そんなの私が贅沢過ぎませんか?」

先輩の方を見るのが恥ずかしくて私は広がる景色を眺めた。

「……それは謝るけどさあ。」

沈黙が痛い。

「……自覚はあったから脈はないって言ったの。まさかあれだけいびったのに好きになられてるなんて思わないでしょ。」

「……。」

「で、どうする?俺はこれからあんたに沢山贅沢な思いをして欲しいんだけど。」

思わず先輩を見ると少しだけむす、とした顔をして私を見ている。少しだけ分かったことがある。瀬名先輩のこういう態度はもしかしたら照れ隠しとかなのかもしれない。私はその態度をずっと嫌われていると勘違いしていたんだろう。なんだそれ。そう思うと笑えてきてしまう。

「んふふ、…っ、」

「はあ?何笑ってんの。」

「いえ、別に…。」

で、と催促してくる先輩に私はやっぱり笑いが堪えきれなくて体を折り曲げて笑った。お腹が痛い。

「あはは、先輩の事だんだんわかってきました。なんとなくですけど。」

「なにそれ、うざいんですけど。」

落ち着いた私はベンチから立ち上がって先輩に向き合う。

「…至らないところばかりできっとこれからも怒らせてしまうかもしれないんですけど、先輩のお隣に置いてもらってもいいでしょうか。」

私を見上げた先輩は少しだけ驚いた顔をした。私の手を取ると困ったように視線を落とした。

「もう離すつもりはないんだけどさあ。本当にいいの?あんたにまた酷い態度とるかも。」

「……それはもう先輩の性格がひねくれているってわかったので大丈夫です。」

「言うようになりやがってこのクソガキ!」

勢いよく立ち上がった先輩は私の顔を見て あー、と呻いた。

「名前は馬鹿だよねえ。俺なんかを選んじゃって。夢かと勘違いしてるのは俺の方。」

「………、」

「おいで。夢じゃないって確かめさせて。」

先輩が両腕を広げたのを見て私は思わず軽口を叩いてしまう。

「…誤解される行動はダメなんじゃなかったでしたっけ。」

「うるさい。」

あはは、と笑っていた私だがだんだんと鼻の奥がつーんとしてきてしまい、たまらず先輩の胸に飛び込んだ。そのままぎゅうと抱きしめられると感極まったのか涙がでてきてしまう。先輩の服につかないようにと顔を離すが頭を抱えられるようにして戻されてしまった。

「……ありがとうね。」

「え?」

先輩を見上げれば優しい目が私を見下ろしていた。

「俺を分かってくれてありがとう。」

きらりと反射した先輩の瞳が宝石みたいに綺麗だった。