「鳴上くん。」

月曜日、隣のクラスを覗いて目的の人物を呼び出す。鳴上くんは私に向かって手を振ると近寄ってきた。

「おはよう、名前ちゃん。話したいことってなあに?」

「大変なことが起こった!理解ができない!」

「え…?」

鳴上くんの表情を見てしまった、と顔を顰める。土曜日からの動揺が収まらない。そもそも私は鳴上くんに私が先輩のことを好きだということを伝えてなかった。多分これからも伝えられないだろう。内緒だ。

「じ、実は。この間瀬名先輩が来てね。忘れ物を取りに来たらしいんだけど、」

「ああ、社会科見学したんですってね。どうだった?」

「え?知ってるの?」

勿論よ、と可愛く手を頬に当てるとはあ、と息を吐いた。

「あ〜、やっとって思ってたの。で?話したいことはその事?」

「いやそれはまた聞いて…。実は次の土曜日も先輩と会うことになってしまって…。」

「……え?」

表情を一変させ困惑する鳴上くん。私も困惑している。なんの要件で呼び出されるんだろうか。何かの力仕事とかだろうか。

「そもそもなんの要件で土曜に会うのか分からなくてちょっと困ってるんだよね…。」

「うーん、どういう流れで会うことになったの?」

「色々割愛すると今回の件のお礼は?っていわれて…。なんかないのって話だったんだけど私が出来ることならって返したらそういう話になっちゃって…。お礼が集合…?って。それに瀬名先輩が私なんかからお礼貰おうって思ったのもびっくりだったし…。こういうの話せるの鳴上くんしかいなくて…。」

「……焦ったのね。」

焦った?確かに私は今、かなり焦っている。その旨を伝えれば違うわよ、と言われる。なんだかこのやり取りをしたことがあるような気がした。鳴上くんはうーん、と口元に人差し指をあてて分かったわと頷いた。

「え?」

「それとなく泉ちゃんに聞いてみるわね。」

「え!いいの!?」

「泉ちゃん、モデルの方もやってるでしょ?意外と現場で会うのよ。実はアタシ午後から早退して泉ちゃんと一緒のお仕事だからその時にでも聞いてみるわね。」

助かる!神様仏様鳴上様!と心の中で盛大にお祈りをする。少しでもヒントがあれば何かこう、気持ちが楽になるかもしれない。

「名前先輩、」

鳴上くんを拝んでいると声をかけられそちらを見ると武田くんだった。

「あ、武田くん。どうしたの?」

「いえ、あの、この間の手芸屋の件で…。お邪魔でしたか…?」

「あ、そうそう。いつにしようか。今日は私は生徒会の手伝いがあるから行けないんだよね。やっぱり休日の方がいいかな。」

「休日、頂いちゃっていいんですか!?あの、そしたら次の…」

「あ、土曜日はもう約束…?があって。日曜でいいかな?」

ぱあ、と表情を明るくさせるとはい!と返事をしてくれる。よしよしと思わず撫でるとじゃあね、と手を振った。

「待って名前ちゃん、今の子って…?」

「え?プロデュース科の後輩。洋裁の方にも興味があるんだって!それで私に衣装に適した生地を見に行きたいって言ってくれて。へへへ、可愛い後輩なの。」

あらそう、と引きつったように笑う鳴上くん。

「名前ちゃんはもう少し自分に好意を持ってくれてる人に敏感になった方がいいわ。危なかっしくて見てられないもの。」

「え?うん、分かった。」

分かってないでしょ〜!と髪を乱されるので何事かと暴れてしまう。鳴上くんのことも時々わからない。
じゃあね、と別れたあとに鳴上くんの言葉の意味を考えてみたけどやっぱり分からなかった。



放課後になり、生徒会へ急ぐ。もうすぐあるドリフェス準備で慌ただしい。

「あ、名前〜っ!」

「あ、姫宮くん。こんにちは。衣更くんいる?手伝いに来たんだけど。」

「名前は僕と一緒のお仕事だから、このまま講堂いこ?」

そうなんだ、と手を引かれると後からがっしり掴まれる。

「まてまてまて、名前はこっちで書類って言ったよな、姫宮…?」

「え?そうだっけ?」

私の腕を離す姫宮くんにやけに大人しいな、と衣更くんが警戒をしている。私の腕を未だに掴んだままの衣更くんがしっしっと姫宮くんを追い払って私を生徒会室に入れた。

「あー、ごめんな手伝ってもらっちゃって…。」

「いいのいいの。時間ある時は手伝いぐらいさせてよ。」

「いやほんと助かる。じゃ、早速これお願いしていいか?」

判子押すだけだからとごっそり渡された書類にはは、と笑い声をあげた。すごい貯まりようである。一応書類に目を通しながら重要そうなものと分けていく。これをやると衣更くんはとても喜んでくれるのだ。

「ねえ、衣更くん。この間の企画のことなんだけどさ〜…。」

「予算はないぞ〜、」

「予算なんとかするからさぁ…。あの企画はやろうよ〜…。すごいよあの企画。お願い、もうちょっと考えようよ、損はないよ。ね、ね!」

「………、お前なんだか強くなったなあ…。」

え?と手を止めてそちらを見ると頬杖を付いてこちらを見る衣更君がいた。

「そうかな?」

「うーん、だいぶ逞しくなったわ。……まあそうだなあ。予算削っていいなら考えてみるわ。」

「衣更くん…!嬉しい!ありがとう。」

ん、と衣更くんはまた書類に目を落とす。

「……お茶飲む?」

「頼んだ。」

二人きりの生徒会室は何となく心地よくて忙しいはずなのに時間はゆっくりだった。お茶を入れたコップを目の前に置くとやっぱり疲れたようにありがとな、と笑った。あんまりにも大変そうで心配になった私は衣更くんの肩を叩く。

「え?なに?」

「肩たたき。待ってひどい、高校生の肩じゃないよ…!」

「介護されてんのか俺は…。」

介護されてんの!と返すとトントンと数回肩をほぐす。

「今ね、あんずちゃんとマッサージの勉強もしてるの。今度衣更くんにちゃんとしたのやってあげるね。」

「お、おう。」

衣更くんの返事を聞いてから自分の席に戻るとまた判子を押していく。生徒会って大変だなあ。書類処理を終わらせて次の仕事を聞くと今日はもう大丈夫とのこと。
帰りながら次の衣装のことを考える。学校にいる間はこうして衣装のことだけを考える事が多かった。それはすごく楽しかったし正直楽だった。しかし、そういった生活も、もう1年もないんだと思うと少しだけ怖いと感じている。

「次の衣装、レース素材使いたいなあ…」

うーん、と体を伸ばすと家庭科室に向かった。