先輩に連れられてやってきた場所はとにかく綺麗な事務所みたいな所だった。

「え、え、なんですかここ。」

「みっともないからキョロキョロしないの。ほら、そこ座んなよ。」

先輩に促され訳の分からないまま座る。心地の良さそうなソファーが全く心地よく感じない。なんだここ。働いてる人も綺麗な人が多い。場違いな気がしてしまいデザイン画を抱えながら俯いた。

「やあ、瀬名くん。お待たせ。」

「どうも。で、早速だけど、ちょっとこいつのデザイン見てくんない?」

「え、」

急にデザイン画を奪われると自然と視線が上がってしまう。私の描いたものが誰かに渡っていくのをぼんやり眺めた。

「あ、君が話の子ね。はじめまして、僕は瀬名くんと親しくさせてもらってる石田です。よく彼とは仕事をすることがあって、まあ、腐れ縁みたいなものだよ。」

「……あ!あの、名字名前です。ええと、夢ノ咲学院のプロデュース科です。瀬名先輩にはお世話になってます…?」

慌ててお辞儀をする。い、石田さん!誰だ…!石田さんは真剣な顔をして私のデザイン画を見ている。先輩を見ると携帯をいじっていた。

「………、」

頼れる人がいない、状況が分からない、だんだん胃がキリキリしてきた。

「…なるほどね!へえ〜、いいね。名前ちゃんだっけ。こういうのはどれぐらい前から描いてるの?」

「始めたのは、中学上がる前からで…、」

「うん、じゃあ実際作るようになったのは?」

「中学1年です。」

石田さんの鋭い目が私の答えを聞きながら優しくなっていく。充分だと笑うと瀬名先輩に向き直る。

「ねえ、なんで名前ちゃんのこと、もっと早く教えてくれないのさ。僕と瀬名くんの仲だよね?!」

「はあ?馴れ馴れしいんだけど。チョ〜うざい!」

言い合う二人に置いてきぼりを食らった私は窒息寸前だった。私の様子に石田さんが気がつくと私と先輩を見比べる。

「…あれ、もしかして名前ちゃん何も聞かされてないの?」

「ええと、その…」

「ここは僕が設立したデザイナー事務所。良かったらさ、ちょっとデザイナーの仕事を見ていかない?」

どうかな、と石田さんは提案をしてくれる。瀬名先輩の言っていた社会科見学とはこのことか…!とやっと理解する。せっかくだからと私は頷いた。

「じゃあこっちにおいで。」

石田さんが言うにはこの事務所は割合的にアイドルやアーティストからの衣装製作の依頼が多い会社らしい。石田さんは「勿論普段使いのできるお洋服のデザインも扱っているし手広くやっているよ。」と会社の人達が描いたデザイン画を見せてくれる。

「あ…!す、すごいです、この形とても好みです…!」

とても好みのスカートの形があって思わずはしゃいでしまう。どうやらこのデザインは石田さんの作品らしく実物も見せてもらえた。とても刺激になる…!

「よし、そしたらちょっと何か服描いてみる?」

「え?」

「ほら、このソフトを使ってるんだよ。うちはパソコンで作業するのが多いかも。勿論、名前ちゃんみたいに紙でデザイン起こす人もいるけどデータとか飛ばすにはデジタルが一番楽だし。」

「ええ…!お仕事道具なのに…!私なんかが触っちゃっていいんですか…?」

いいよいいよ、とこれまたふかふかした椅子に座らされるとペンを渡される。ペンを滑らせてみると思ってたより描きやすい。

「ここならアクセサリーも自分でデザインして作れる工房もあるし、どうかな、卒業後の就職先にさ!」

「………え?」

突然の言葉に固まる。卒業後の、就職先…?

「あ、驚かせちゃったかな。名前ちゃんが進学したいなら大学だとか、短大とか専門の卒業後でもいいよ。君のセンス、うちに是非欲しいって思ってる。考えてみてくれない?」

ドキドキと心臓が高鳴った。これは瀬名先輩を想っていた時のドキドキと違う。私にはこういった未来もあるのかと期待のドキドキだ。しかし、不安の方が大きい。自分の事なのに自分の未来が分からない。

「もし、ここに就職したら君の最初の仕事は瀬名くんのお洋服にしよう。」

こっそりと耳打ちされたそれに思わず石田さんを見る。

「うちは瀬名くんや月永くんの仕事で使う服の依頼もよく来るんだよ。僕、瀬名くんがキッズモデルやってた時代からの仲でさ。どう?考えてくれるよね?」

「……なんで瀬名先輩の服なんですか…?」

え?と石田さんがキョトンとする。

「二人付き合ってるんじゃないの?」

思わず悲鳴を上げた。なんだ?とこちらを見た瀬名先輩と目が合って動揺で椅子から転げ落ちる。

「え?大丈夫?やだなあ、誰にも言わないから!」

「違います…!私と先輩はそんな関係じゃないんです…!滅相もない…!」

「……え?そうなの?え?」

おかしいなあ、と顎に手を添えて何かを考えた石田さんはにんまりと口角を上げて座っている先輩に絡みに行く。げ、と先輩の口が動いたのが見えた。何かを言い合ってるのが微かに聞こえるが私には聞こえない。それにしても、付き合ってる…!石田さんは何故そう思ったのだろうか。自分の両頬を挟むと体温が上がっているのを感じる。石田さんが言ってる関係性に関しては夢のまた夢の更に夢で来世でも叶うか分からないものだが、その勘違いだけでもなんでか嬉しかった。

「何ぼさっと座ってんの、帰るよ!」

「え!え、あ、はい…!」

言い合いを終えたのだろうか先輩が私の前に立つ。未だ椅子から転がり落ちたままの私の腕を引っ張るとつかつかと出口へ向かった。石田さんがちょっと待ちなよ、と瀬名先輩を制すると私に名刺を渡した。

「いつでも連絡して。それともし必要なら今後、作業場も貸すし、良かったら個人的に食事でもしに行こうよ。……はは、そんな顔しないでくれないかな瀬名くん。」

「ほんといい加減しなよねぇ。」

「あ、あの、今日は貴重なお時間をありがとうございました。とても将来の参考になります!また連絡させてください…!」

私の言葉に石田さんはよろしくね、と手を振った。エレベーター中で先輩はイライラとしていて私の腕を離さない。、勿論、手を繋いでるとかじゃないからバランスを崩しそうだった。でも今声をかけてもっと怒らせちゃったら…。

「あいつともし、食事でも行くなんてことになったら絶対俺に連絡すること。いいね。」

「先輩に連絡…?わ、わかりました。」

なんでだろう、とエレベーターを降りながら思考を巡らせるが分からない。先輩が分からない。
私の腕を掴んだままなのを気がついた先輩はぱ、と離すと車の鍵を開ける。

「お昼、何食べたい?」

この言葉に私の頭は真っ白になる。
お昼?お昼って言った?解散じゃないの?何食べたいとか全くわからない。私が喋らなくなったのを見てはあ、とため息をつく先輩。

「俺が適当に決めるからついてきな。」

私のか細い返事に先輩はまた小さく息を吐いた。