「ええと、」

瀬名先輩に付いてきたが特に会話が始まるわけではない。そもそもなんでここにいるんだろうか。5月の暖かい風の所為で髪が暴れて一瞬先輩の姿を見失う。次に先輩を捉えた時、こちらを見ている海みたいな瞳と視線が絡んだ。
つかつかと私に近寄ると抱えていた紙を抜き取り、じろじろと眺める。

「進路表ね。あんたどうすんの?」

「進路のことでしょうか…。」

当たり前でしょうと言いたげに腕を組んだ先輩に私は項垂れる。

「……まだ決めてませんけど、多分進学かなって思ってます。」

大学に行きながら芸能活動をしている瀬名先輩にこんなとりあえず進学とか言いづらい。だからと言って誤魔化したところで先輩には通用しないだろう。

「ふうん。あっそう。」

「ところで先輩なぜいるんでしょうか…。」

「忘れ物。職員室で預かってもらってたのを取りに来たの。」

先輩が忘れ物。想像がつかないまま そうですか、ともう1度先輩を眺める。私服の先輩を初めて見たなあ。ううん、かっこいい。なんで立ってるだけで絵になるのか…!流石です。

「次の土曜日校門に集合ね。」

「え?」

「10時。あんたのデザイン画全部もってきな。いいね。それじゃあ。」

「えっ、なん、え?」

先輩は私に進路表を返すとため息を吐いた。

「社会科見学、連れてってあげる。」

社会科見学…?困惑する私を現実に引き戻すかのように昼休みが終わった鐘が響いた。



約束の土曜日。私は大量のデザイン画と共に校門前に立っていた。制服のリボンを直しながら先輩を待つ。

「( 社会科見学とは一体…。)」

未だに困惑している私は先輩との再開を夢なんじゃないかと考えていた。10時を過ぎても先輩は来ないんじゃないかな、とぼんやり空を眺めている所で目の前に車が停まった。車に詳しいわけではないがセダンタイプの車だと思う。家のと一緒の形…?もしそうならお父さんが前にそういう形の車だと教えてくれた…、気がする。窓が開くと声をかけられた。

「お待たせ。早く乗りな。」

「ひ、」

まさか瀬名先輩だと思ってなかった私は後ずさる。怪訝そうに眉を寄せた先輩が今度は助手席に身を乗り出してドアを開けた。

「( 助手席に乗っていいってこと…? )」

お邪魔しますと乗り込むとシートベルトをした。それを確認した先輩はペダルを踏む。静かに動き出した車が砂利を踏む音を聞いて本当に先輩が運転していると実感する。車が運転できるだけでなんだか凄く大人な人に見えてしまうなあ。ちらりと見た先輩の横顔は完璧に整っていた。

「あの、ええと、おはようございます。」

「…今更?はいはい、おはよう。」

「デザイン画持ってきたんですけど…すみません、どこに向かっているんでしょうか…。」

「着いてから教える。ホルダーに入ってるお茶、あんたのだから飲んでいいよ。」

私の目の前にあるお茶は私のだったらしい。え、本当に優しい。卒業式前からなんだか様子がおかしかったと思うけどなんでだろう。分からない。色々記憶を遡ってみても瀬名先輩の態度が和らいだ理由が思い浮かばないのだ。色々考えているうちに無意識に呻いてしまったようで横で先輩が 酔ったの?大丈夫?だなんて声をかけて来るものだから更に謎は深まる。私の知ってる先輩は「吐いたらころすからね。」ぐらいは言うはずだ。

「いえ、その、考え事をしてまして、大したことじゃないんです。すみません…。」

「体調悪いんじゃないなら別に謝らなくていいでしょ。何?悩み事?」

あなたの事ですよ、と心の中で呟いてから笑って誤魔化した。先輩は運転中、テレビではなくラジオを聞く派らしい。私はラジオは好きだった。視界がいらないので作業中には重宝している。
お互いに喋らない車内でパーソナリティーが好き勝手話しているというのは何だかシュールだった。外を眺めていると先輩の携帯が鳴る。

「誰から?見て。」

「…え?は、はい!…あ!月永先輩です!」

「れおくん?あー、あんた出てよ。運転中って言って。」

先輩に急にそんなことを言われて少しだけ焦りながら通話ボタンを押すとスピーカーにした。ナイス私。

「もしもし。」

「あれ?セナ?女の子だ?」

「月永先輩、名字です。お久しぶりです。今先輩運転中でスピーカーにしたのでご要件どうぞ。」

「なあんだ、お前ら一緒に居るの?なんでおれを呼ばないんだ!?あれ?もしかしてセナ、おれ邪魔しちゃった?」

「うるさい!さっさと要件言ってよねぇ。俺も暇じゃないわけ。」

わははと独特な笑い声を上げた先輩は要件を話し始める。どうやら次の曲ができた、お前が歌詞を書け!という内容らしい。先輩は運転しながら眉を寄せた。

「はいはい、後で詳しい事聞くから。じゃあね、れおくん。」

切ってと言われたので月永先輩に声をかける。

「先輩、切りますね。」

「セナだけじゃなくてたまにはおれにも構えよ〜?」

「え?は、はい。わかりました。」

早く切りなよ、と再び声をかけられたので今度こそ切る。構うとは。月永先輩もたまによく分からないことを言う。私みたいな凡人には理解できないので申し訳ないなあ、と落ち込んだ。

「構うって具体的にはどうすればいいんですかね。」

「あいつの言うこと間に受けなくていいから。」

はあ、と返事をするとお茶を手に取る。いただきますと声をかけてからキャップを開けた。なんだか理解できない状況に喉が渇く。
何か話題を探した方がいいんだろうか。

「この間一緒に居たあのガキ、何?アイドル科?」

「え?あ、武田くんはプロデュース科です。何だか懐いてくれているみたいで先輩、先輩ってかわいいんですよ。すごくやる気満々で教えがいがあります。最近は衣装の方にも興味があるらしくて今度布を見に行くんですよ。」

ちらり、と私の方を見てから先輩は口を開いた。

「あんた年下好きなの?前に流星隊のデカいのもかわいいって言ってたよね。かさくんにも馬鹿みたいに構うし、その武田も年下でしょ。」

「…………え?」

ぶわりと冷や汗が出る。なんだか分からないがトゲトゲと出てきた先輩の言葉に不穏なものを感じてしまう。なんだろう。

「いや、かわいいって言うのは弟的な要素というか…。そこに特別な感情は、なくて……ええと、」

「…わかったわかった。もういいよ。」

咳払いをして先輩は私の話を遮った。それにホッとすると再びお茶を口に含む。あんまり恋愛というものをしてこなかったから知らなかったけど好きな人と二人きりというのは緊張するなあ。

「ほら、着いたよ。」

車で30分程行った場所にあったのはおしゃれな建物だった。駐車場に車を停めると早く降りろと指示が出る。慣れたようにエレベーターに乗り込むとまだ状況を掴めてない私を手招く。私は小走りに先輩に続いた。