廊下を進んでいるとなんだかお疲れ気味の衣更くんに出会った。どうやら卒業式の準備で忙しいらしい。

「良かったら手伝うよ!」

「……え、いいの…?」

いつもお世話になっている衣更くんのお役に立てるなら…!と申し出るとパチクリと生気のない目を瞬かせた。
これから椅子を並べに体育館に行くそうでお供することにした。体育館は本当に寒くて申し訳程度に業務用のストーブが付いている。あの周りしか温かくない。その前に朔間くんが寝転がっていて、……寝ている?

「さ、朔間くん風邪ひかないかな…。」

「え?…あ〜、ストーブの前だし大丈夫じゃないか?」

どうやら衣更くんについて回っていたらしく体育館で作業しているうちにあそこで寝ていたらしい。廊下で会ったのは遅めの昼食終わりで体育館に戻る途中だったとの事。

「椅子、どうやって並べればいい?」

私が聞けば図面を渡される。卒業生が緑で在校生が赤。

「クリスマスみたい。」

「……まあ、座っちまえば分からないだろ。」

相当疲れている様子の衣更くんを見ると大丈夫だという合図だろう。ぽんぼんと肩を叩かれた。

「名前〜!!」

どすん、と後から衝撃が走り目の前の衣更くんに支えられる。後ろを見ればピンクの髪の毛が見えた。

「ひ、姫宮くん?」

「えへへ、あったりー!ねえねえ、寒いからぎゅうってして温めてよ!いいでしょう?この僕がこんな場所でちゃあんと仕事してるんだから、ご褒美があるのが当然だよねっ?」

衣更くんが盛大にため息を着くと私と姫宮くんを引き剥がした。

「はいはい、後でな。」

「あ、ちょっと、このサル〜っ!」

二人のコントを見ながら私はそろそろと下がって作業に移る。パイプ椅子の場所には伏見くんが居てにこりと微笑まれた。この人は同じクラスだけどそこまで話す仲ではない。胡散臭そうな、というのは失礼かもだけど笑顔が少し怖い。引きつった笑いを返すと何個か椅子を引っ掴みフロアへ飛び出た。



卒業式の当日、やはり疲れきっている衣更くんが心配で何か手伝うことは無いかと生徒会室に顔を覗かせた。
助かる!と衣更くんは喜んでくれて大量の花をダンボールで渡される。これを3年の教室に持っていけとのこと。胸ポケットに挿すお花だろう。分かったとダンボールを抱えると3年の教室に走った。B組に入ると一気に視線がこちらを向く。思わずダンボールを落としそうになったが持ちこたえた。
ご卒業おめでとうございます、と一言添えながら渡していくとやはり寂しさが勝ってくる。どうやら今日は月永先輩も深海先輩もいるようだ。月永先輩はまだ教室に楽譜を書きまくっている。仁兎先輩に月永先輩のは預けることにした。
全て配り終わり隣のクラスに入ればがやがやと騒がしい。ぱぱぱと終わらせてまた生徒会に戻らないと、と花を配っていく。羽風先輩に絡まれたり守沢先輩にハグを要求されたりと中々忙しかったがなんとか最後の1人にたどり着く。そう、瀬名先輩だ。なんとなく気まずくて後回しにしていた瀬名先輩の前に立つとなんだか緊張してしまって上手く顔を見れない。

「……ご卒業、おめでとうございます。」

「…あんたの作る衣装、持ってくる企画、嫌いじゃなかったよ。……ありがとね。」

急に頬に張り手を食らわされたんじゃないかと思うぐらいに衝撃が走る。驚いて先輩を見るといつもの意地悪い顔じゃなくて、いつか家庭科室で見た優しい顔だった。遊木くんの言ってた優しい顔ってこれかな。なんにせよ、最後にこれはずるい。ずるいと唇が震えるのを感じた。深呼吸して気持ちを整える。

「わ、私も、先輩に沢山お世話になりました。とても感謝しています。先輩の事、これからもずっと尊敬してます。」

早口でそう言い切ると走って教室を出た。私の精一杯だった。気を抜いたら大声で泣いてしまいそうで抱えたダンボールを力いっぱいに抱きしめる。
生徒会実に帰れば衣更くんが怪訝そうか顔をして私を見る。どうしたんだ、と問われる前に次の仕事をねだった。



卒業式はトラブル無くスムーズに進み私は手伝いの関係で生徒会のメンバーと固まっていた。これじゃあ一員みたいだな、とちょっとだけ面白く感じる。1人1人名前が呼ばれていくのをステージ袖で見ながら拍手を送った。

「ねえ、名前。」

後から声をかけられ驚いて肩が跳ねる。この声は朔間くんだと振り返れば毛布の上でごろりと転がっている。どうやら邪魔だと移動させられたらしい。

「セッちゃんになんか言わなくていいの?言いたいことあるなら言った方がいいんじゃない?」

薄暗い場所から赤い目がこちらを見ている。少しだけ怖いな、と感じた。朔間くんはなんでもお見通しなのかもしれない。

「いいの。言わない。」

あっそう、と欠伸のまじった返事に私は正しい判断をしているはずと腕を押さえる。
先輩達は卒業してしまう。私はきっと卒業して行くこの人達ともう会うことはないんだろう。瀬名先輩なんて一番会わないと思う。だからさよなら私の青春、なんてね。瀬名先輩が名前を呼ばれ壇上にあがる。その姿を見てどうしてだか、少しだけ泣けた。
…先輩、大好きでした。届くことのない私の気持ちが唇から漏れて消えていった。