座ったまま寝るという行為は本当に良くない。起きた私とあんずちゃんの疲れは全く取れずボサボサの髪を二人で直しあった。ふと、以前瀬名先輩が髪を結いてくれたのを思い出す。あの時も家庭科室だったなあ。

「名前ちゃん、」

「え?」

「片付け行こう。」

あんずちゃんの声に我に返る。今日はとことん片付けちゃおう!とのことでステージの清掃やゴミ出しが終わったあと各ユニットの衣装も整理することになった。流石に1日では無理だろうから勿論日を分けてやる。
先に溜まったゴミをなんとかしないと後で一気には厳しいだろうなあ、と袋を抱えあげた。

「あ、名字ちゃん。」

「あれ?遊木くん。どうしたの?あんずちゃんなら講堂の方にいると思うよ。」

「え?違う違う。名字ちゃんに用があったんだよ〜…!」

私?ビデオの事かなと首を傾げる。

「ビデオなら家庭科室の棚に置いておいてくれると助かる…!今ちょっと手が離せなくて…。」

「いや、それもなんだけど、今回は手伝い!明星くんと氷鷹くんは講堂であんずちゃんの手伝いしてて、衣更くんは生徒会。」

な、なるほど!とても有難い…!Trickstarは3年生がいないユニットなので返礼祭が終われば比較的に手が空いているらしい。どうしてもTrickstarのメンバーから声をかけられるとあんずちゃんに用があるんじゃないかって思っちゃうんだよなあ…。

「そ、そういえば…、名字ちゃんとあんまり話したことないね。」

「そうだね。クラス違うしね。衣更くんにはよくお世話になるよ。」

そうなんだ、と談笑しながらゴミ置き場に急ぐ。私は特に気まずい思いはしていなかったが遊木くんがいたたまれなさそうなのだ。そうだよね、1人だけ貧乏くじ引いちゃったみたいなもんだよね…。ごめんね…、

「ゆ、遊木くん、ここまで来たら大丈夫だから先に講堂戻ってて平気だよ。ありがとうね。」

「え?なんで…?最後まで持っていくよ。」

困惑したようにわたわたと身振り手振りでそう訴えられるとこちらも強くは勧められずに そっか、と言う他はない。

「………名字ちゃんって、泉さんと仲いいの…?」

少しの沈黙のあと遊木くんの言葉に間を置いてから ぎょ、としてしまう。

「え?瀬名先輩と私…?仲いいわけないよ…!どっちかっていうと、瀬名先輩には嫌われてるの。私、あんずちゃんみたいに仕事できなくて、鈍臭いし、よく怒られちゃって。」

「え?そうなの?」

うーんとゴミをぶら下げながら不思議そうにする遊木くんにこちらも疑問が沸く。脈絡もない会話だ。

「なんでそう思ったの?」

「昨日の返礼祭でビデオお願いされたでしょう?あのあとビデオカメラもって歩いてたら泉さんに絡まれてさあ。僕の持ってるそれなに?って。名字ちゃんに頼まれたんですって説明したら見たことない顔をしたんだよね。」

「見たことない顔…?」

まさか遊木くんをパシリみたいに使ったのが癇に障ったのだろうか。ありえる。

「優しい顔?っていうのかな。だから、仲いいのかなって。」

私の名前が出て優しい顔?意味が分からなすぎる。…でもその顔は見てみたかった。

「それは遊木くんが優しいねって顔じゃなくて…?」

「いや僕に対してはそんな顔しないよ。なんかもっと違う顔する。」

キッパリと言われてしまえば余計に混乱する。遊木くんがぼんやりと「嫌われてるっていうより好かれてる気がするんだけどなあ、」と呟いた。私はそれを聞こえないフリをすることにした。ありえない期待をしたくない。
ごみ捨てを終えて講堂に戻れば大量のゴミが出ていて私と遊木くんは顔を見合わせた。

「これはリアカーもんですよ、遊木くん。」

「うーん、すごいね!」

あんずちゃんに声をかけて仲良く二人で用務室に走った。



講堂の清掃はあらかた終わってユニット衣装の整理を少しだけ始めようと言う話になった。あんずちゃんがくじ引きを作ってくれる。私の所にTrickstarが入ってしまっていたのであんずちゃんにどこかのユニットと交換するよ、と提案した。Trickstarとあんずちゃんはやっぱり切っても切れない関係で私が衣装整理なんて怖くてできない。あんずちゃんはKnightsと交換してくれた。
勝手に衣装を触るのはよくないなぁ、と鳴上くんに連絡を取ったところ どうやら学校には来てるらしい。衣装整理を一緒にやってくれないかとお願いしたところすぐ行くわね、と返事をくれた。
Knightsのスタジオに着くと借りてきた鍵でドアを開けようとして気がついた。開いている。そっとドアを開く。

「…誰。」

その声に口から心臓が出るんじゃないかと思ったぐらいには驚いた。瀬名先輩だ。なんでいるの。卒業式は明後日で学校にはもう来ないはずなのに。

「……こんにちは。」

「ああ、あんたね。なんか用?」

「衣装整理、しに来たんです。もうすぐ鳴上くんも来てくれて一緒にやろうかなって…。」

「…あんた、やたら なるくんと仲いいよね。」

お説教かと身構えるがそうではないらしい。返事をまっているようだ。

「……クラスが同じで…、」

「そんなの知ってるけど。」

「……お姉ちゃんみたいな感じで困ったことがあった時に相談しやすくて…。」

ふうん、と先輩は気のなさそうな返事をするとかかっていた衣装に手を伸ばす。

「まあそれより、ちょうど良かった。この間、あんた呼び止めた時の話なんだけどさ。俺の衣装1つもらってっていい?って聞きたかったんだよね。」

「…衣装ですか?どの衣装がいいですかね。」

「これ。」

瀬名先輩が迷いなく指さした衣装に息が止まった。私が、一番最初に作った衣装だ。鼻の奥がつんとする。

「……ええと、それでいいんですか?」

「なに、ダメなの?」

いえ、どうぞ、としどろもどろに伝えればハンガーから外して丁寧に畳んで鞄にしまい込んだ。
じゃあね、と私の頭を数回叩くと横をすり抜けていく。私は思わずそれを追いかけそうになったが両腕を抑えて堪える。
なんでその衣装を選んでくれたんですか、なんでちょっと優しいんですか、なんで最後まで私の名前を呼んでくれないんですか。色々思うところはあるけど私はそれを一生聞けないままなんだろう。
明後日、先輩は本当に居なくなってしまう。そうしたらもう会うこともないだろう。一層の事、好きですと言ってしまうか?いや、でも、

「( 学生生活最後の日に先輩に嫌な思いをしてほしくない。)」

やめておこうと気持ちを落ち着かせる。とりあえず仕分けをしようとラックに手を伸ばした所で鳴上くんが来てくれた。

「もう始めちゃってたの?ごめんなさいねぇ…。」

「あ、まだだよ。私が作ったのと外注の衣装でまず分けようかなって思って。外注は取っといた方がいいと思うし私が作ったのは使わなさそうなのは倉庫に入れちゃおうと思って。」

分ければいいのね。と鳴上くんが隣で服を触っている。

「あら?この衣装1着足らないんじゃない?」

「あ、それはええと。」

さっき先輩が持って帰ってしまったものが足りないんだろう。先程の事を説明すると鳴上くんが嬉しそうに笑った。

「名前ちゃんが作ったあの衣装が泉ちゃんにとって特別な衣装だったのかもしれないわね。」

「……そうかな、そうなら、すごく嬉しい。」

そう思うとそれはとても誇らしかった。私の作ったなんでもない衣装が先輩の思い入れのあるものになれただけでも幸せだ。
早く終わらせよう、鳴上くんに声をかける。彼も忙しいだろう。長く拘束したくない。卒業式の準備もある。しかし、流石Knights。1年でこなしたライブの数が凄いのが衣装の数で分かる。ついつい素敵な衣装は見入ってしまうのを鳴上くんに注意されながらやっとこさ終わらせると部屋の前で分かれる。倉庫に入れる分は今度朱桜くん達にも手伝ってもらう事にした。
人の気配のない廊下はなんだか少し寒かった。